31 龍の子の誕生
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悲鳴のような叫びをあげたり、ぐったりしたり。アシュリーンの様子を見ているディアミドは、出産がこれほどまで女性の体に負担を掛けるものだと思わなかった。大変なのだとは聞いていた。出産時に、あるいは産後の処置や肥立ちが悪くて母親が、あるいは母子もろとも命を落としたという話は、この王都にいても年に数回は聞く話だ。だが、ディアミドはその話をどこか遠い話としてしか認識できていなかった。誰かが子どもが10人もいて、食費だけでも大変だと笑っていたが、妻に10回もこんな思いをさせていると理解しているのだろうか、と問い詰めたい気持ちになった。
お産は命がけ。本当だ。馬車に跳ね飛ばされた怪我と出産で傷つく体の程度は同等だと言われてもピンと来なかった。ディアミドに馬車がぶつかったら、馬車の方が壊れるから自身にはあり得ないことでもあったからだが、今は滅んだ南の国との戦争の時、戦闘用の馬車に跳ね飛ばされて重症を負った部下がいたことを思いだした。確かに瀕死の重傷だった。
ディアミドはアシュリーンの手をぎゅっと握りしめた。普段のアシュリーンからは想像もできないような強い力で握り返される。いきむアシュリーンの目から涙がこぼれるのをみて、慌てて涙を拭いてやる。
「もうあと少しですよ!」
一方のアシュリーンは、医師の言葉に頷くと一際大きな叫び声を上げていきんだ。
(さあおいで、私たちのかわいい赤ちゃん! でも、私の最後の力まで持って行かないでね)
(うん、もう出るよ!)
アシュリーンの耳にそんな幻聴が聞こえた次の瞬間、自分を痛みで満たしていたものが抜け落ちるのを感じた……自分の生命力と一緒に。
(クリスタルを持たないと!)
クリスタルに手を伸ばそうとしたが、思うように体が動かせない。
(どうしよう!)
その時、ディアミドがアシュリーンの手を無理矢理クリスタルに触れさせた。ぱあっと金色の光が部屋に満ちる。子どもが産声を上げた。産声を上げると同時に、これまでの花嫁たちは絶命していたが、アシュリーンは乾いた砂に水がしみこむように、クリスタルからどくどく力が流れ込んで自分を満たしていくのを感じていた。
光が収まった時、アシュリーンは自分がまだ目を開き、息をしていることに気づいた。両手をディアミドの手でクリスタルにつけている。アシュリーンはディアミドを見た。ディアミドの喉仏が上下に動くのが見えた。
「ディー……」
「アシュリーン?」
「私、生きているわ」
「ああ、生きている! ありがとう、本当にありがとう!」
部屋に歓声が上がった。何事かと廊下から飛び込んできた使用人たちは、アシュリーンが生きているのを確認し、その場に泣き崩れた。
「花嫁様が」
「生きているわ」
「ああ、なんてこと!」
「なんてうれしい!」
「こんな奇跡が起きるなんて!」
「いや、奇跡じゃない、そのための準備をしたからだよ」
「誰か、ご当主様に知らせないと!」
「自分が行く!」
わんわん泣いている使用人たちの傍に、黒い影が差した。なんだか妙に空気が冷えた気がする。顔を上げた使用人たちの前に、エーファとサーシャが何とも言えない笑顔で腕組みして立っている。
「ひっ」
「仕事は?」
「戻ります、今すぐ戻りますから!」
使用人たちが逃げていった後、エーファは大きなため息をついた。
「心配なのは分かるんだけどね、仕事はしてもらわないと。ただでさえ、今は色々と危険なんだから」
「本当です!」
プリプリと怒りながらも、2人はアシュリーンの方を見た。医師が子どものへその緒の処理を終えたので、産湯で綺麗にしてやらねばならない。
「さあ、サーシャ。あんたも将来子どもを産んだ時、こうやってお風呂に入れてやるんだよ」
「はいっ!!」
エーファとサーシャが赤子を綺麗にしている間に、アシュリーンは後産も済んだ。後産があることを知らなかったディアミドは、再び軽い陣痛をアシュリーンが訴えたことであせり、胎盤が降りてきたのを大出血だと勘違いしてパニックを起こしかけた。
「これが降りてこないと子宮が収縮せず、出血が止まらないのです。だから、これが降りてきたことで、1つ安心できる要素を確認したことになるのですよ」
医師に言われてようやく落ち付いたディアミドが、なんだか子どものように感じられる。
「若様、花嫁様、お坊ちゃまですよ」
エーファが赤子を連れてきた。
「この子が……」
アシュリーンは左手をクリスタルにつけたまま、そっと右手を伸ばした。赤ん坊の手に触れると、赤ん坊はきゅっとアシュリーンの指を握った。
「かわいい」
「ああ、アシュリーン。かわいいな。俺たちの子どもだ」
子どもが目を見開いた。こんなにすぐに目を開くことなどあるのだろうかとアシュリーンは思った。それに、じっとアシュリーンとディアミドを見て、にこりと微笑んだように見える。きっと気のせいに違いない。
「これからは、4人家族なのね」
「3人だろう?」
「お義父様も入れてあげないと」
「あれはいい」
「だめよ」
「若様。花嫁様は今、すごーく疲れているんです。いくらクリスタルから力をもらったって回復しないほどに。ですから、今はつまらないことを言わず、大事なことを決めてください!」
サーシャの剣幕に、ディアミドがタジタジになっている。
「な、何だよ、大事なことって」
「ディー。名前よ。約束したでしょう? この子の名前は、顔を見てから決めるって」
「ああ、そうだったな」
ディアミドがじっと赤ん坊を見ている。アシュリーンは、ディアミドがこの子にどんな名前を付けるのだろうと、眠気に耐えながら待った。
「ブライアン。どうだろう」
「いい名前ね。ブライアン、これからよろしくね」
もう、アシュリーンは眠気に勝てなかった。ディアミドはアシュリーンの瞼が半分降りていることに気づいたようだ。
「お休み、アシュリーン。しっかり休息を取るんだ」
「うん、おやすみなさい、ディー」
ふっと瞼が降りた。ディアミドがアシュリーンの脈を計って生きていることを確認していたことも知らず、アシュリーンは深い眠りの底へと沈んでいった。
・・・・・・・・・・
「生まれました」
「そうか、ではすぐに行こう」
グラディス王女が立ち上がった。キースもその傍にピタリと付く。侍女たちも含め、今日は全員が軽装だ。離宮を守るために近衛兵が派遣されているが、その内の一人と出会した。
「どちらへ?」
近衛兵の問いかけに、キースが応じた。
「ドラガン家へ、出産のお祝いに」
「生まれたのですか?」
「ええ、そう聞いたのですよ」
「ですが、生まれてすぐに訪問するのはいかがなものでしょうか」
「我が国では、生まれたその日に高貴な者が祝福を授けると幸せになれるとされているのです。我らなりの祝いの気持ちなのですが」
「では、陛下に」
咎めた近衛兵が床に倒れ伏した。侍女の一人が短剣を布で拭っている。拭った布には、赤いものが付いている。
「行きましょう」
グラディス王女たちが走り出したのを、床に倒れた近衛兵はじっと見送った。そして、人の耳には聞こえない、緊急事態発生を知らせる笛を、力を振り絞って吹いた。この音に反応する鳥が、今頃は詰め所で「キンキュージタイ、キンキュージタイ!」と叫んでいるはずだ。
遠くから仲間の近衛兵が走ってくるのが見えた。
「王女が、ドラガン家に向かった! 急げ!」
近衛兵の意識はぷつりと切れた。彼が目を覚ましたのは、全てが終わった三日後のことである。
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