28 父、帰る
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時間に間に合わせることを優先し、今日は校正チェックを掛けていないので、いつも以上に誤字脱字があるかもしれません。いつも報告してくださる方々、お手数をお掛けいたします。
よろしくお願いいたします。
ディアミドは一目散に北の湖へと向かって飛んだ。一刻も早く父をアシュリーンの音に連れて行かねば、そう思いながら、ひたすら飛んだ。
この湖にやってきたのは、この1年で2度目だ。アシュリーンが精霊王の力で世界樹を通じてこの湖にやってきた時、ディアミドは丁度この辺りでアシュリーンを探していた。突然出現した黒龍の紋を感じて飛ぶとアシュリーンに出会し、そのまま遙か昔にこの湖で起きたこと、世界樹の力で見聞きしたのだった。
あの時は、父親の力を借りようとも思わなかった。それほどに、ディアミドと父親は断絶している。
ディアミドはスピードを緩めると、湖から北側に流れていく川の流出点にふわりと降り立った。湖の南側には開けた土地があり、そこで龍化や力を制御する訓練を行う。北側には森がある。その中に、隠れるように立てられた家。そこが、湖で訓練するときの宿泊所であり、別荘であり、ディアミドの父、アルヴィン・ドラガンが引きこもっている場所である。
アルヴィンはその名の通り、妖精のような儚げな容姿を持つ龍の子だった。妖精と精霊は似ていると感じる人も居るだろうが、全く違う存在だ。精霊には肉体があり、強大な力を持つ者も存在する。だが、妖精は肉体を持つことができず、一時的に顕現してもそれを常態化させるだけの力がない。一時的に顕現した時には、まるで狐が人を化かすように、儚げで美しいその容姿で人を誘い出し、川や水路に落とすようないたずらをする。時には子どもを入れ替える「取り替え子」事件を起こすこともある。怒らせなければ恵みをもたらす精霊とは全く別物なのだ。
ディアミドはゆっくりと小屋のような家に近づいた。入り口の前で、一瞬だけ龍の子だと分かるように力を放出する。
「開いている。入れ」
久しぶりに聞く声。少し緊張しながら、ディアミドは扉を開けた。
「久しぶりです……父さん」
「ああ、元気でやっているようだな」
沈黙が降りる。父親と過ごした記憶と言えば、この湖で龍の力を目覚めさせ、制御するための訓練のことしかない。どうやって話そうかと思いながらディアミドはアルヴィンを見た。
その儚げな容貌は今も昔も変わらない。ただ、体が二回りほど小さくなった気がする。よく見ると、胸板も腕も、全体的に痩せている。
「痩せた、と思ったか? そうだな、団長と呼ばれていた時はそれでも体を動かさねばならなかったから筋肉もあったが、今はほとんど椅子に座っているからな、大分衰えたようだ」
「父さん……」
「で、何だ? 何か用があったんだろう?」
ディアミドはこの時になって初めて、まだアシュリーンのことを何一つ伝えていなかったことに気づいた。
「俺、花嫁をもらった」
「そうか」
「来月、産み月なんだ」
「……不安になったのか?」
「いや、精霊王の力を借りて世界樹の記憶を見せてもらったから、対策は取った」
「対策? 精霊王? どういうことだ?」
ディアミドはかいつまんで話をした。アルヴィンの拳が硬く握られ、血がにじみ出しているのに気づいたディアミドは、「父さん?」と一言声を掛けた。
「つまり、花嫁が死なずにすむ方法があると?」
「そもそもクリスタルに力を込められるのは今のところアシュリーンだけだし、人間にも応用可能なのかは分からない」
「人間にも?」
「アシュリーンは、精霊なんだ」
アルヴィンが信じられないという顔でディアミドを見た。
「精霊と? どこで知り合った?」
「精霊教会から盗み出された聖道具を追ったところ、その聖道具を悪用した人間に囚われていたんだ。聖道具を通じて力を搾り取られてボロボロだった所を、まあ、俺が助けた訳なんだが」
「どうして力をクリスタルに?」
「父さんはフィーンヒールクリスタルって、聞いたことないか?」
「ああ、シアルのフィーンヒール家が売っていた、あれか?」
「あれは、アシュリーンの力を閉じ込めていたものなんだ」
「何だって!」
「あのクリスタルのおかげで農地は改善した。だが、それはアシュリーンの犠牲の上に成り立っていた。もうアシュリーンには苦しい思いをさせたくなくて、いろいろすれ違ったんだ。でも、アシュリーンが行動して、助かるかも知れない方法を探してくれた。だから俺は、アシュリーンとできるだけのことをして備えたい」
アルヴィンが頷いた。
「それで、アシュリーンが父さんに会いたいって」
「なぜ?」
「父さんには辛いことだと思うんだが……出産のその時のこと、予習したいんだそうだ」
「……何があっても、生き残ろうとしているのだな」
「ああ、そうだ。子どもにも、アシュリーンの力を吸い過ぎるなと毎日話している。ちゃんと返事するんだ」
「お前は……胎児の時も、生まれてからも、儂が話しかけても反応しない子だった」
「だから、俺とあまり接点を持とうとしなかったのか?」
「それもある。だが、お前の目が……ティーガンにあまりにも似ていて、お前を見ると彼女を思い出し、泣きそうになったからだ」
「母さんは……ティーガンっていうのか」
「ああ、使用人たちはきっちり『掟』を守っているようだな」
「守っているさ。アシュリーンが名前で呼んで欲しいと言っても、花嫁様呼びのままだ」
「そうなんだな……」
「父さん。アシュリーンのために、王都の邸に一緒に行ってくれないか?」
アルヴィンはしばらく考えているようだった。
「父さんに来てもらいたいのには、もう1つ理由がある」
「ん?」
「北の国の王女が、アシュリーンの死後、後妻になると乗り込んできた。それだけじゃない、俺を北の国に連れて行くと言っているんだ。アシュリーンがたとえ出産に耐えても、今度は北の国の者がアシュリーンに手を出すかもしれない。今もアシュリーンは邸の者たちに守られているが、心配だ。だから、アシュリーンの体が落ち着くまで、父さんにも邸の守りをお願いしたいんだ」
アルヴィンは驚いたように目を見開いた。
「こんな体になった儂に、邸を守れと?」
「そうだ。筋肉が衰えたなら、今からでも鍛えればいい。ここで母さんの思い出に浸っているのを否定する気はないが、ドラガン家の花嫁が死なずに済む方法を確立できたならって思わないか、父さん」
ロッキングチェアに揺られていたアルヴィンが、椅子を止め、立ち上がった。
「行こう。お前の花嫁殿に会おう。そして、お前の花嫁様と孫を、お前の不在時に守ってやる」
「父さん。ありがとう。でも1つだけ確認させてほしい」
「なんだ」
「その体で飛べるのか?」
「……わからん」
アルヴィンは久しぶりに龍化した。翼をはためかせたが、どうやら筋肉の衰えは思った以上に著しかったらしい。「きゅうん」という音が聞こえてきそうな目でディアミドを見る。
「分かった。乗ってくれ」
人間に戻ったアルヴィンは龍化したディアミドの背に乗った。
「行くよ」
空高く飛び上がったディアミドに捕まりながら、アルヴィンはつぶやいた。
「負うた子に背負われるとはこういうことなのか」
嗚咽が聞こえる。ディアミドは聞こえなかったことにした。父親のプライドを守ってやるのも、息子の役割なのだ。
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