26 王城からの呼び出し
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その日の夜、国王からの手紙が来た。
「明日、花嫁殿を連れてこちらに来てほしい」
「登場を命ずる」ではなく「来てほしい」という表現に、王家とドラガン家の関係はやはり特別なものなのだとアシュリーンは思う。
「あまりアシュリーンを動かしたくないのだが」
「まだ9ヶ月に入っていませんのでギリギリ動いてもよいとは思いますが、馬車の振動は、妊婦と胎児によい影響を与えるとは言いがたいものですね」
エーファはディアミドの乳母でもあった。当然、出産経験もある。そのエーファの言葉を聞いたディアミドは即決した。
「俺が連れて行く」
「落ちたらどうするのです!」
「絶対に落とさないから安心しろ」
「しっかりつかまるから大丈夫よ、エーファ、心配しないでね」
「それにしても、花嫁様を呼び出すなんて、まったく困ったお方です」
アシュリーンは、みんなが自分のことを心配してくれる、その気遣いがうれしかった。
「明日はエーファも一緒に行けるの?」
「控え室で待機します。体調が悪くなったら、すぐに若様に伝えること。よろしいですね?」
「はい!」
エーファは侍女や使用人というよりも、みんなの「お母さん」のような存在だ。精霊には親はないが、いつも一緒にいて精霊としての技術や知識を教える、守り役のような存在はいる。アシュリーンが精霊界にいた時にいつも一緒にいた彼女とエーファを、なんとなく重ね合わせてしまう。
きっとそれが、人間のいう「お母さん」なのだろう。そしてアシュリーン自身も今、母親になるための準備をしている。もっと言えば母親になるために、生き残る準備をしている。
そんな所に降って湧いた、北の国の王女の一件。明日になれば、彼女の思惑が分かるだろう。
実はアシュリーン、グラディス王女がモーガンに遮られているところを見ていた。そして、グラディス王女の狙いは花嫁の「後釜」であろうと認識していた。だからこそ、自分が当事者としてグラディス王女と対峙すべきだと考えている。
そんなつもりはなかったが、アシュリーンの眉間には皺が寄っていたらしい。その夜、いつも以上に自分を抱きしめて離そうとしないディアミドの腕に悩まされながら、アシュリーンは寝苦しい夜を過ごすことになったのだった。
・・・・・・・・・・
「花嫁殿、よくいらっしゃった」
「お久しぶりでございます、陛下」
国王とアシュリーンが会うのは、これが2回目。1回目は国王に、ディアミドの花嫁になることを打診された時だった。あれから色々なことがあり、今、こうして龍の子を宿した姿を国王に見せている。国王は静かに頷いていた。
一方、国王が爵位を持たない人間に敬語を使うところを見て、グラディス王女は呆気にとられていた。ドラガン家のことは調べてあったし、特別な待遇を受ける家だとは知っていた。だが、本当に王家以上の敬意を向けられているのだと初めて理解した。同時に、昨日の高圧的な態度は失敗だったと気付き、顔色を青くした。
「それで用件なのだが……」
国王はチラリとグラディス王女を見た。ディアミドとアシュリーンの視線もグレディス王女に注がれる。グレディス王女は昨日とは別人クラスの代わりようで、ガタガタと震えている。
「北の国の王からの国書だ」
謁見の間ではなく、王族が使う会議室ということもあり、近衛騎士以外はみな近い場所にいる。ディアミドは国王から直接国書を受けとると、アシュリーンの前で広げた。一緒に見ようということらしい。
アシュリーンは、近づいたディアミドと頭をくっつけるような姿勢で一緒に手紙を読むことになった。チラリとグラディス王女を見ると、ぷるぷると顔を赤くして震えている。
とりあえず、読むことに集中しよう。
ディアミドが広げてくれた国書を、一字一句丁寧に読んでいく。読み進めるに従って、ディアミドの周辺の気温が下がっていくのが分かる。アシュリーンが最後まで読むのを待ってくれる間、その手には、いつこの国書をくしゃくしゃに丸めて破ってしまうだろうかとアシュリーンが心配するほどの力が入っている。
「ディー、落ち着いて」
「ん」
ディアミドは目を閉じて1つ呼吸すると、もう一度目を見開いた。冷静さは若干取り戻したものの、まだ怒っている。
「要するに、私がもうすぐ死ぬから、死んだらグラディス王女と一緒に北の国にディーを迎え入れたい、ということね」
「それも、感謝しろと言わんばかりの書きぶりだ。どうして俺がこの国から出て行く話になるのかさっぱり分からないが、そもそもアシュリーンが死ぬ前提というのが許しがたい」
2人で話をしていると、グラディス王女が叫んだ。
「だって、子どもを産んだらその女はすぐに死ぬのでしょう? ならば、そなたがそのようなこと心配する必要なぞないでしょう! 未婚適齢の王女が後添えになってつかわす、王女の夫君としての待遇を約束するとまでお父様が言っているのに、何が不満なのか!」
正直に言おう。グラディス王女の声に力はなかった。好条件の話を持ってきたつもりだったのだろうが、様子がおかしいことに気づくことだけはできた「才媛」らしい。
「まず、アシュリーンは死なない」
「そのようなこと、今までに一例とてないではないか!」
「だいたい、アシュリーンは人ではない」
「は?」
さすがのグラディス王女も、アシュリーンの身元まではたどれなかったようだ。
「アシュリーンは、精霊だ」
「精霊ですって?」
ディアミドの言葉に、グラディス王女が恐ろしいものを見るような目でアシュリーンを見た。
「そ、そなた、わたくしに報復するの?」
「報復?」
「だって、精霊は自分を攻撃した者に対して、報復するのでしょう?」
「王女様。あなたは私を攻撃したのですか?」
「え……」
「攻撃さえしていないと思うのですが」
「はっ、そんなことを言っていられるのも、今のうちよ!」
グラディス王女の言動が、あまりにも支離滅裂すぎる。ディアミドはアシュリーンの手を握ると、じっとグラディス王女を睨んだ。そして言った。
「今のうちに伝えておこう。俺はアシュリーンがどうやったらこの出産を乗り越えられるか、精霊教会を通じてその答えを得た。だから、アシュリーンは死なない」
「ええっ!」
「この申し出は前提条件から間違っている。それ故、受け入れられない」
「でも、出産は命がけなのよ? どんな健康な女性であっても、出産時には何が起こるか分からないわ!」
「ああ、そうだな。だが、最愛の女性の死を願うような女を、後添えであっても受け入れられると思うのか? そもそもドラガン家の男が一生に愛せるのは1人だけ。後添えに入った所で、放置され、2度と顔も会わせない。そんな生活であっても俺の妻の座を望むというのか?」
「ええ、そうよ! そなたがわたくしと一緒に北の国に来さえすればいいのよ!」
「なるほど、それは余をも侮辱しているのだと分かった上での発言だな、グラディス王女よ」
国王の言葉に、グラディス王女の顔がますます青くなる。
「殿下……」
昨日キースと呼ばれていた騎士が声を掛けると、グラディス王女は小さく頷いた。
「お父様の申し出の通り、わたくし、ドラガン家のご出産が済むまでこちらに滞在いたします。お話はまたそれ以降に」
「必要ありません」
「とにかく! わたくしは離宮に戻ります!」
北から連れてきたのであろうキースと、この国が用意した護衛騎士を引き攣れて、グラディス王女は滞在先の離宮へと帰ってしまった。
「あの、キースという男は?」
「宰相の第1補佐且つ護衛らしい」
「つまり、頭もよければ腕も立つと」
「だから、後は王女の身の回りの世話をする侍女が3人、合計5人で乗り込んできたのだよ」
陛下も扱いに困っているようだ。
「とにかく、花嫁殿の出産までには追い出したいと思っている」
「よろしく頼みますね?」
いつになくディアミドの圧が強い。
「どうしようもなくなったら、龍の騎士団長殿に、国境まで行って捨ててきてもらうとしよう」
「わかりました」
「おい、今すぐではないぞ!」
王女たちを追いかけようと席を立ったディアミドを、国王が慌てて引き留めた。
「一応、短期留学という形で申し出があってな。それを受け入れて、蓋を開けたらドラガン家絡みだったのだよ。真面目に勉強する気はあるらしく。我が国の歴史研究者から毎日講義を受ける手はずになっている」
「分かりました。ですが、アシュリーンに危害が及ぶようなことがあれば、容赦しません」
「それでいい。くれぐれも先制攻撃だけはしないでくれ」
「承知しました」
控え室に戻ると、エーファが心配そうに待っていた。そのエーファとアシュリーンを乗せて、ディアミドは空を飛ぶ。その姿を、遠くからグラディス王女がとろけるようなまなざしで見ていることも知らずに。
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