25 招かれざる客
読みに来てくださってありがとうございます。
今日から本編に戻ります。
また今日から17時投稿とします。
よろしくお願いいたします。
「ごきげんよう」
ディアミドが出勤した後、突然予定のない客が来た。後ろにずらずらと供のものを引き連れている。その服装も、馬車も、この女性がただ者ではないことがよく分かる代物だ。ドラガン家の使用人たちに緊張が走った。
「わたくし、奥様にお話があるの」
先触れもなくやって来ておいて当然のように面会を要求するとは何事かとモーガンは思ったが、この女性の服がこの国の物ではないことに気づくと、嫌な予感がした。
「奥様は現在大事なお体ですので、事前に若様がお許しにならないかぎり、面会謝絶でございます」
「あら、じゃあ彼の許可を取ればいいのね? キース、お城へ行ってきなさい」
「かしこまりました」
キースと呼ばれた男は身のこなし軽く出ていった。モーガンもまた、使用人の一人を呼び、ディアミドの元に報告に行かせた。
「私どもは、何人たりとも許可のないお客様を邸内にお入れするわけには参りません」
「後で叱責されても知らないわよ?」
「では、あなた様がどなた様か、教えてください。この国の貴族の方ではないとお見受けいたします」
「ドラガン家は貴族ではない。そうよね」
「左様でございます」
「ならば、名乗る必要などないわ」
「1つだけご忠告を。ドラガン家は確かに貴族ではありませんが、王家の目付役として特別な地位におります。ドラガン家が王にふさわしくないと判定すれば、王に退位を命じることができるのです。他国にはない立場ゆえご理解が難しいかと思われますが、平民扱いは承服しかねます」
「ええ、そうなの? それは悪かったわ。でも、だからこそ、彼には私が必要だと思うわよ」
女性は玄関扉の前で押し問答することに飽きたらしい。
「彼が帰ってきたら、私の所に来るようにお前からも伝えなさい」
「お名前を」
「グラディスよ」
「承知いたしました」
モーガンはご一行様が門から出て行くのを確認すると、女性について調べるために執務室に戻ろうとして、アシュリーンに呼び止められた。
「来客があったと聞いたのだけれど」
「どうやら、花嫁様の後釜を狙おうとする方のようです」
「私が死ぬと思っているのね」
「問題なのは国内貴族ではなさそうだということです」
「外国の方?」
「はい。服装は、北の国のものでした。最後の最後にようやく名前が分かりましたので、今から調べようと思います」
「モーガン、私も一緒に調べていいかしら?」
「花嫁様のお体に障るようなことがあれば大変です!」
「敵を知らねば、最も効果的な策をとれないわ。私の座は誰にも渡さない。私、そう決めているの」
「それでは……おそらくすぐに若様がお戻りになるでしょうが、それまで一緒に調べましょうか」
「はい!」
アシュリーンのお腹はかなり目立つ様になっている。もう少しで9ヶ月に入ろうという時期である。あまりアシュリーンに負担を掛けたくないが、何も知らされないほうがアシュリーンはショックを受けるだろう。
ドラガン家は領地を持たない。かつて黒龍とニーヴが出会った湖周辺はドラガン家が管轄しているが、それは龍としての訓練を行うための場所であって領地ではない。人も住まず、税収もない土地だ。
龍の騎士団を統率する国王の目付という職務は、他国であれば宮中伯と呼ばれる、いわゆる大臣のような立場が最も近いかもしれない。最大の違いは王の交代を宣言できるだけの力を持っているということであり、歴史的な観点から言えば王より上の立場なのである。
アシュリーンとモーガンは、北の国の王侯貴族の年鑑を開いた。取り寄せておくものだな、とモーガンは思いながら、ページをめくり始めた。
1枚目。国王。もちろん違う。
2枚目。王妃。これも違う。
3枚目。第1王子。絶対に違う。
4枚目からは、現国王の、第1王子以外の子女が乗せられている。その中程の段にある肖像画を見て、モーガンはため息をついた。
やはりそうか。
北の国唯一の王女で末子、グラディス王女。
北の国は、ドラガン家が管理するあの湖の北にある国だ。本来黒龍は北の守護であるはずなのだが、黒龍がこの国に来てしまったため、北の国の守護者といえない状況である。ディアミドを北の国に連れ帰って王女の夫という地位を与えれば、北の国に黒龍の守護を移すことができる、そんな安易な考えも透けて見える。
相手が王女であることに、アシュリーンは少なからず衝撃を受けていた。アシュリーンは人間ではない。従って、平民でもなければ貴族でもない、という何とも心許ない立場である。そこに王女という、人間の世界では力を持った存在が割り込もうとしてきたらどうなるのか。
「王女様は、ドラガン家の男がただ1人しか愛せないことを知っているのでしょうか?」
モーガンが困惑したように言った。
「ただ龍の子として、あるいは若様の美貌と力を欲しているのであれば、若様はお怒りになるでしょう。そもそも、王女様は若様に拒絶される可能性を考えたことはなかったのでしょうか」
アシュリーンはただじっと考え込んだ。その時、バタバタという大きな音と強い風が吹いてきた。ディアミドが龍化して急いで帰ってきたのだろう。
アシュリーンとモーガンはグラディス王女のページにしおりを挟み込むと、ディアミドを迎えに行った。
「誰だよ?!」
機嫌が悪いことを隠そうともしないディアミドの第一声に、アシュリーンはモーガンを見た。
「北の国の王女殿下でした」
「は?」
「まだ若様がお小さい頃に、1度北の王家から縁組みの打診があったという記録がございました」
「なんだそれは?」
「ご当主様と当時の陛下がドラガン家の花嫁は1年後には死ぬのだとお伝えしたところ、取り下げられたそうです」
「ならば、どうして今頃」
「花嫁様が龍の子を宿したことが伝わったのでしょう。後妻としてこの家に入るおつもりなのか、ドラガン家ごと北の国に連れて行く気なのかわかりませんが、いずれにせよ、また陛下の力をお借りするより他にないかと」
「全く、俺はアシュリーンさえいればいいんだから、放っておいてほしいものだ。それより」
ディアミドはアシュリーンを軽々と、だがそっと抱き上げた。
「大事な花嫁様のご機嫌が心配だ」
「とりあえず、対策会議です!」
「花嫁様の仰せのままに」
モーガンとエーファを加えた4人で執務室に入ると、しおりを挟んだページを開いた。
【グラディス・ブロディン・ゴグレーズ】
北の国今上国王と王妃の第4子、第一王女。漆黒の髪という珍しい髪色を持って生まれたことから黒龍の加護を受けたとされる。黒龍研究所副所長として黒龍研究に打ち込んでいる才媛である。御年21歳。
「なんだ、この黒龍研究所というのは」
「黒龍は本来北の守護として置かれたもの。あの湖一帯も元々は北の国に所属していたそうですが、ニーヴ様とのご縁以降、そして2代目様がこの国の立て直しに関わったことから、黒龍は精霊教会の北東にある我が国とのつながりが強くなりました。あちらからすれば、黒龍を奪われたようなものです。ですから、黒龍を取り戻すために研究が行われていると聞いたことがございます」
「くだらん。それに俺は龍の子だが、黒龍そのものではない」
「黒龍そのものでなくても、黒龍の力さえ取り込めればよい、そう考えたならば、どうでしょう?」
「結局、彼らが見ているのは黒龍であって、俺ではないわけだ」
「そのとおりです。若様の力と美貌に惹かれても、若様個人を見ているわけではないのです。これほど可愛いもの好きな面など、まったく想像していないことでしょう」
「可愛いもの好き……」
「何か間違っていますか?」
「可愛いもの……可愛いもの……」
すーっと横から手が伸びてきて、アシュリーンはディアミドにその手を捕まれた。
「確かに俺は可愛いもの好きだが、それはアシュリーン限定だ」
「うう」
真面目に言われたアシュリーンは、恥ずかしさの余り赤くなって俯いた。
(花嫁様が照れている)
(可愛い、いつ見ても可愛いわ)
(それにしても、これからどうするべきか)
(北の国の王女様には、花嫁様が生き残る所を見ていただくしかないのでは?)
(うまくいくだろうか)
(絶対に上手くいきますとも)
モーガンとエーファが目だけでそう会話している向こう側では、ディアミドがアシュリーンのお腹に手を当てて、こどもがポコポコとお腹を蹴っているのを微笑みながら見ている。アシュリーンも幸せそうだ。
(さて、ならば我々は仕事をしなければなりませんね)
(ええ、徹底的にやりましょう!)
2人は目を見合わせた。
((この若様と花嫁様の幸せは、我らが絶対に守る!))
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