23 アシュリーン、実験する
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精霊教会領は、かつてアシュリーンが囚われていたシアルのすぐ西側にある。トマスの元に誰があの「精霊の指輪」と「精霊の足輪」を持ち込んだのかは分からないが、盗み出してすぐに売れたのであれば、盗み出した人物にとっては都合がよかったに違いない。
シアルを通過する途中、ブドウ畑が見えた。このドレイギーツで精霊教会に納めるためのワインを作れるのは、アシュリーンの力を込めたフィーンヒールクリスタルの力を使ったシアルの土地だけだった。いつまでその力が土地を癒やし続けられるだろうか、とアシュリーンは思った。もし、あの「フィーンヒールクリスタル」の力が失われれば、再びシアルは農作物の育たぬ荒れた土地に戻り、ブドウ畑も消え、ようやく根付いたワイン醸造の技術も失われることになるだろう。
トマスたちが精霊を無理矢理捕らえ、使役したことは、許されることではない。農民を思う余りのことだったとしても、してはならないことをしたのだ。農民だって、あのクリスタルがアシュリーンの犠牲の上に作られたものだとは知らなかったのだ。このまままた貧しい生活に緩やかに戻っていくのは、緩慢な死刑のようではないかと思った。
アシュリーンは、これからディアミドの子を産むために、そしてその後も生き延びるために、かつてのフィーンヒールクリスタルと同じ物を作ることになる。できるだけ多くの力をためなければならない。とはいえ、1つ作るのも2つ作るのも同じだろう……トマスたちに捕らえられていた時には、腕ほどの柱状の水晶を1日に2本ペースで満たしていたのだから。
まあ、これはディアミドの知らないところでやった方がいいだろう。
遠くに王城が見えてきた。ドラガン家の邸からもよく見えた尖塔の先端に、ドレイギーツの国旗……黒龍と北極星をモチーフにした大きな旗が、風に靡いている。
その尖塔が近づいたところで、ディアミドはやや右に体を傾けた。都の南にあるドラガン家の邸に向かうのだ。
アシュリーンは、ここまで来てから罪悪感にかられ始めた。アシュリーンが家出したことで、エーファたち使用人たちは慌てて探したはずだ。あの時、邸を出なければ心が潰れてしまっただろうし、結果としてディアミドの子を産みながら生きながらえる可能性を持つ方法を持ち帰れたとはいえ、迷惑を掛けてしまったことに変わりはない。
ディアミドが邸の中にある広い草地に降下した。ふわりと着地すると、するすると人の姿に戻る。アシュリーンの手を握って、離そうとしない。
「花嫁様!」
エーファが庭に飛び出してきた。
「どこに行っていらしたんですか! みんなで探したんですよ!」
「ごめんなさい、あの時はもうこの邸にいられないと思ったの」
アシュリーンをぎゅっと抱きしめてぽろぽろ涙をこぼしていたエーファだったが、アシュリーンから離れると、その目をキッと厳しくした。
「家出なんて、みんなに迷惑を掛けて! 反省が必要です! さあ、おやつ抜き10日間か、おしりペンペンの刑、どちらかをお選びなさいませ」
「おやつ抜きと、お尻ペンペン?」
クツクツと隣から我慢しきれず腹筋を揺らしている男がいる。アシュリーンは信じられないものを見るような目でディアミドを見た。
「私が真剣に悩んでいるというのに、どうしてディアミドは笑うの?」
「いや、おやつとお尻ペンペンって……子どもじゃあるまいし」
「あら、若様、何を余裕かましていらっしゃいますの? 若様は花嫁様の心に寄り添わず、いえ、心を傷つけるようなことを言ったのですから、若様には使用人全員の前で花嫁様への愛を叫ぶ10日間か、お尻ペンペンの刑、お選びなさいませ」
「おい! 俺にまで罰があるのか?」
「当然です。今回のことは、若様がまずお悪うございます。花嫁様は、若様の心ない言葉さえなければ家出などなさらなかったのですよ?」
「ぐ……」
エーファが2人ににじり寄る。
「さあ、お選びなさいませ!」
「「ごめんなさ~い!!」」
龍の子と精霊の叫びが、ドラガン家に響き渡った。2人がどちらを選んだかは、読者のご想像にお任せしよう。
・・・・・・・・・・
アシュリーンがドラガン家の邸に帰ってきた日から、ディアミドはかつてのようにアシュリーンを甘やかし始めた。
「アシュリーン、こっちへおいで」
邸にいる間はいつも手を繋いで歩くようになった2人の姿に、使用人たちは歓喜の涙をこっそりと流す。
「よかったね」
「一時はどうなることかと思った」
「本当だよね」
「まあ、まだこれからが重要なんだけどね」
「そうだよね」
「だってまだ、それ以上に進んでいないんでしょう?」
「準備があるらしいよ」
「何の準備?」
「作法?」
「体力作り?」
「何だろうね?」
使用人たちが盛り上がっていることも知らず、アシュリーンたちはあるものの準備をモーガンに頼んでいた。
「若様、御用意が整いました」
「分かった。アシュリーン、見に行こう」
「はい」
ディアミドの命令でモーガンが用意していたのは、柱状のクリスタルだ。大小様々なサイズのものが、りんご箱2つに入れられている。
「もっと大きいものも御用意できたのですが、余りにも大きいと運搬も大変でして……」
「どうだろう、アシュリーン?」
「トマスたちは、だいたいこのくらいのサイズのものを用意していたわね。もう一回り大きなものはあるかしら?」
「採掘場にはございました。ただ、人の手で運ぶのは少々……」
モーガンの言いたいことは分かる。アシュリーンはディアミドを見た。
「あの時、金色の龍のつがいとなった女性が使ったクリスタル。あの大きさのものがあれば安心だと思わない?」
「そうだな、そうすると……ああ、俺の出番か」
モーガンとアシュリーンが笑顔で頷く。人の手では難しくとも、龍なら運べる。
「分かった。明後日は休みなんだ。一緒に採掘場に行こう。モーガン、手配しておいてくれ」
「かしこまりました」
翌日、ディアミドが出勤すると、アシュリーンはクリスタルを置いてある部屋に行った。そしてじっくり選んでから1つ手に取った。一晩灯し続けられる蝋燭ほどの大きさのそれを両手で握るように持つと、足輪から力を吸い取られた時のように、今度は手から力が流れ出るイメージを作ってみる。
大丈夫、春の精霊が力を使うやり方は千差万別。私は、クリスタルに力を込めて、そのクリスタルを媒介として力を使うのよ!
トマスたちによって搾り取られていた時は、ひどい苦痛を伴っていた。だが、今は精霊の力が手に集まり、温かささえ感じる。
ああ、まるで春の日だまりの中にいるようね。
太陽のような暖かい色の光が収束すると、アシュリーンはそっと手を開いてクリスタルを見た。
光に透かせば光が分散して白い壁に虹のような模様が浮かび上がるが、見た目はただのガラスのようだったクリスタルの中に、アシュリーンの瞳のような鮮やかな黄色の光が舞っている。まるでスノードームのようだ。エーファと、キッチンメイドからアシュリーン付きの侍女に昇格したサーシャが、うっとりとクリスタルを見つめる。
「花嫁様、もしやそれが……」
「ええ、私の力を閉じ込めた、『フィーンヒールクリスタル』と呼ばれていたものよ。私も初めて見たの。できあがったものを持って行かれるだけで、どうなっているのか私には分からなかったから。ネイリウスに聞けば教えてくれるかもしれないわ」
『我を呼んだか』
突如現れた水の精霊ネイリウスに、エーファとサーシャが思わず悲鳴を上げる。
「大丈夫、ネイリウスは私をずっと守ってきてくれたから」
「ですが、花嫁様が誘拐された時、この精霊が!」
「あの時は、ネイリウスもまだ『精霊の指輪』の支配下にあったのよ。今は私同様、自由になったから問題ないわ」
「そうは言っても……」
「トマスのところで『精霊の足輪』をはめられて力を奪われていた時、私に寄り添ってくれたのはネイリウスだけなの。お願いだからネイリウスを悪く言わないで」
アシュリーンの言葉に、エーファとサーシャは口をつぐんだ。
『で、何があった?』
「あのね、私の力を閉じ込めていたクリスタルって、この状態と同じだった? これは完成品?」
『どうしてまたそんなことをしているのだ! 今度はそこの人間どもがお前を利用しているのか?』
ネイリウスの剣幕に、エーファとサーシャが顔を青くした。
「違うのよ、私が出産後も生き残るために、私の力を事前に取り分けておいて、ギリギリのところで環流させるの。そうやって、四龍が生まれたことが分かったの」
『つまり、あのクリスタルがお前の命を救うというのか?』
「どうやらそうらしいの。不思議よね、私を苦しめていたものが、今度は私を救うのよ」
『痛みはなかったか?』
「それがね、全然なかったの。むしろ、ぽかぽかして温かかったわ」
『見せてみろ』
アシュリーンはネイリウスに、力を込めたクリスタルを差し出した。ネイリウスはちらとみて目を見張り、手に取って更に驚いた。
『アシュリーン。以前お前の力を閉じ込めていたクリスタルの中にも光の粉のようなものはあったが、色がもっと薄かった。色が付いているかどうかよく分からない、白い光に見えたこともあった。おそらく強い力が込められているのだろう。試してみるか』
「うん!」
アシュリーンはネイリウスとエーファとサーシャを連れて庭に出た。
「花嫁様、散歩ですか?」
庭師が慌てて走ってきた。
「違うわ、実験をするの。種を植えたばかりのところってないかしら?」
「ああ、先ほど福寿草の種を蒔きました。発芽はしますが、花が咲くまでに4年ほどかかりますので、あ……」
庭師がしまった、という顔をした。今までの花嫁は1年でいなくなっていたのだから、4年も先のことなど禁句であっただろう。だが、アシュリーンはニコニコしている。
「そこに連れて行ってください!」
庭師はビクビクしながら福寿草の種を蒔いた場所に案内した。
「こ、ここです」
『水は?』
「まままままだです、みみみみ水を取りに行こうとしたら、はははは花嫁様たちを見つけたので……」
アシュリーンがネイリウスににこりと微笑んだ。
『分かっている』
ネイリウスがそっと手を翳すと、水の塊が宙にできあがった。庭師もエーファもサーシャも、精霊が水を生み出すところを目撃して目玉が飛び出しそうなほど凝視している。ネイリウスが軽く手を振ると、水の塊は小さく分離して地面に吸い込まれていった。ちょうど如雨露で水をまいた時くらいの水の粒サイズだ。
「じゃ、やってみる」
アシュリーンは自分の力を込めたクリスタルを花壇に差しこんだ。
「おおきくなあれ」
アシュリーンのつぶやきと共に、福寿草の芽がポンポンと土の上に顔を出す。
「ひゃあああ」
庭師が腰を抜かした。だが、福寿草の生長は止まらない。双葉が出て、その後から細長い葉っぱが次々と成長し、やがて花芽が上がってきた。
「え、嘘」
サーシャが震える声でつぶやく。元々余り草丈も大きくはならない福寿草だが、そのまま蕾が膨らみ、色づき、ぱっと黄色い花を咲かせた。
「咲いたね!」
庭師とエーファとサーシャは、顔を紅潮させている。
『これは、シアルにいた時のものよりもかなり力が強いようだ。おそらく、込められる力の強さはアシュリーンの心の状態に影響されるのだろう』
「花嫁様、すごい! これが春の精霊の力なのですか?」
「これなら確かに、土地が痩せたところでも農業ができるでしょうね」
「だからといって、悪用してはいけないわ。言ってみれば花嫁様の分身なんだもの」
キャッキャと喜ぶアシュリーンに、ネイリウスが珍しく微笑んだ。
『お前の力を知っても、それを寄越せとは言わない人間もいるのだな』
「うん。ここの邸の人は、みんな親切だし、誰も嫌なことしないわ」
『ならば、我が見守らなくても、もうよいか』
「ネイリウス?」
『久しぶりに世界を巡ろうと思っているのだ』
「呼んだら、来てくれる?」
『それはどうかな。だが、もしお前が龍の子を産む時が来たなら、呼べ。何かできることがあるかもしれぬ』
「ネイリウス?」
『なんだ?』
「今までありがとう」
ネイリウスが目を細めてアシュリーンの髪に触れようとした時、バチッと弾く音がした。ネイリウスが驚いている。
「何が起きたの?」
『龍の紋に弾かれた。龍の子がどうやら腹を立てているようだ。我がアシュリーンの傍に居るのが、よほど嫌なのだな』
ネイリウスは浮かび上がった黒龍の紋に水の塊を押し当てて遮断すると、アシュリーンの頬にそっと口づけた。
『元気でな』
気づけばネイリウスの姿はなかった。頬に、水の冷たさが残っている。黒龍の紋は黒々と浮かび上がって、まるで既にいないネイリウスを威嚇しているようだった。
読んでくださってありがとうございました。
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