21 世界樹と、ディアミドの誓約
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翌朝、アシュリーンは図書館に一番乗りした。そして、カウンターの前に立った。
「おはようございます。では行きましょうか」
「おはようございます、よろしくお願いします、ロイド館長」
ロイド館長と呼ばれた男はにこりと微笑むと、カウンターの奥にある司書室の扉を開けた。
「外部の者が入れないよう、こうして必ず複数の目がある司書室と、館長室を通らねば入れない仕組みなんですよ」
それは厳重だ。アシュリーンはロイドの歩みに合わせて、後ろを歩く。
館長室に入ると、ロイドは鍵を内側から掛けた。そして、レンガ積みになった壁の一部を押しながら何かつぶやくと、レンガだと思っていたものが1つずつ消えて通路が現れた。
「この先は、禁書庫まで明かりがない。これを持って行きなさい」
館長室に用意されていた燭台を1つずつ持って、ロイドとアシュリーンは通路に入った。ロイドが再び何かつぶやくと、レンガが1つずつ現れ、アシュリーンの周りは暗くなった。
「怖いかね?」
「はい」
「素直なのはよいことですよ」
ロイドが歩き出した。怖いが、ここまで来たら付いていくしかない。アシュリーンはロイドについて歩き出した。
どれほど歩いただろうか。真っ暗な洞窟のような道を進んできた突き当たりに、大きな扉が現れた。
「よくここまで我慢したな」
ロイドの声が全く違う物になったことに気づいたアシュリーンは、一歩後ずさった。
「心配しなくてよい。中に入れば分かることだ」
ロイドはそう言うと、その大きな扉の真ん中を一度押した。扉は左右に開かれる。開いた隙間から光が溢れ、アシュリーンは思わず目を閉じた。
「目を開けなさい」
ロイドの声に従わなければならないような気持ちになって、アシュリーンは無理矢理目を開いた。そして、あっと驚いた。
そこには、巨大な木があった。どこまでも上へとそびえ立ち、その幅はどれほどあるのか分からない。
「これが何か、分かるか?」
精霊界の知識も人間界の知識も不足しているアシュリーンでさえ、これが何かは本能が教えてくれる。
「世界樹……」
「そうだ。世界樹は世界のありとあらゆる場所を繋ぎ、異なる世界とこの世界をも繋ぐもの。世界樹の根が吸い込んだ水と共に、世界中のあらゆる情報がここに集まり、蓄積されていく」
「禁書庫って、それじゃ……」
「そうだよ。世界樹そのものが、世界の全てを知る書庫でもあるのさ」
アシュリーンはふらふらと世界樹の幹に近づいた。そして、引き寄せられるままに幹に抱きつこうとして幹に触れた瞬間、そのままするりと世界樹の中に入ってしまった。
「え?」
後ろを振り返ると、世界樹の外が透けて見える。ロイドが「そのまま進みなさい」と言った。
「世界樹は訪ねてきた者を拒まない。アシュリーンが知りたいと思っていることを知っていれば教えてくれるし、知らなければ教えられない、それだけだ」
アシュリーンは頷いた。どう進めばいいか分からない筈なのに、まるで行くべき場所が分かっているように体が歩き出す。アシュリーンは、体の向くままに進むことにした。ロイドは何者なのだろうかと考えながら。
・・・・・・・・・・
時は前日。国中飛び回って探したものの、ディアミドは時間までにアシュリーンを見つけられなかった。精霊との約束を破るわけにはいかない。ディアミドは意気消沈したまま、都の西の門を出たところにある、広い草原に降り立った。都の南と北には畑があり、東には都に入りきれなかった者たちが住み着いて村を作っている。西の草原は軍事演習や馬の訓練などに使うために、人の生活が制限されている。そのため、今日のように人々を集める時にはここが使われる。
人だかりができている所に向かえば、既にフィーンヒール家の者たちが連行されていた。囚人を乗せるために作られた、檻に囲まれた荷車の中で、小さくなっている。額や体に血が付いている者もいる。おそらく、ここまで来る途中、民衆から石でも投げられたのだろう。
前日、フィーンヒール家の者たちが精霊界に引き渡される様子を見に来るようにと、王都と周辺の人々にお触れが出されていた。元貴族の犯罪ということで、王都内にいる貴族、周辺の貴族からも一家で最低1人は結末を見に来るようにと厳命があった。精霊を見られる、それだけで、まるで楽しいイベントに来るような気持ちで来ている者もいるようだ。
トマスとオーエンは静かにしているが、夫人と下の息子たちは、ここから出せと喚いている。それを見た民衆から、「お貴族様でも悪いことをしたら罰せられるんだな」という声も聞こえてくる。
やがて中空に揺らぎが生じた。人々が何事かとざわめく中、水の精霊ネイリウスともう1人、精霊が現れた。
「精霊だ!」
「精霊が本当にいた!」
人々が騒ぎ出したのを、国王が手で制した。
「みな、静かに。精霊王のお出ましである」
人々の目がネイリウスともう一人の精霊の間を泳ぐ。子どもが「青い人が水の精霊様?」と叫んだのが聞こえた。
「そうだ、水の色を纏っているのが水の精霊様、そしてその隣にいらっしゃる方こそが精霊王様だ」
人々は初めて見た精霊王の姿に、ただただ圧倒された。金髪とよくいうが、人間の金髪は本当の金髪ではないと断言できる。本当の金髪というのは、まさに金塊のあの力強さを持っていることを、まざまざと見せつけられる。そして、それと同じほどに光り輝く金色の瞳。アシュリーンの明るい黄色とは明らかに違う。その厳しい目つきに人々は畏怖し、誰に命じられたわけでもないのに自然と地面に膝をついていく。精霊王と一瞬だけ目が合ったような気がしたが、精霊王はそれ以上ディアミドに興味を示さなかった。
『それでは、精霊を捕らえ、虐待した罪人を引き渡せ』
ネイリウスの声に、国王が合図する。刑部の官吏が先導して、トマスたちが乗った檻付き車をネイリウスと精霊王の傍近くに寄せた。
『今日はわざわざ精霊王自らここにやってきた。その理由が分かるか?』
ネイリウスの言葉に、民衆が首を傾げた。
『精霊は、同胞を傷つけた者を許さない。精霊どうしであっても、認められた場・定められた形式に則らねば、傷を作るような戦いをすることが許されていない。それなのに、この者たちは盗み出された聖道具を使って精霊を捕らえ、幽閉し、その力を己のために使った。精霊の怒りに触れるようなことをすればどうなるか、お前たちの目で見、二度と精霊に近づこうと思わせぬためだ』
「普通の人間なら約束は守りますし、悪いこともしません。こやつらは極悪人。精霊界のルールで処断を」
『あいわかった』
国王の言葉に、精霊王が応えた。金色の髪を風にたなびかせながら、金色の瞳でじっと人の子たちを睥睨している、恐ろしいまでに美しい男。
『人の子よ、聞くがよい。この者たちの罪は次の通りだ。1つ。我が、悪しき精霊を捕らえるために神殿に貸し与えた精霊の指輪と足輪を神殿から盗み出した者から買い取り、使用した罪』
檻の中のフィーンヒール家の者たちが、叫びながら己の体から何かを払い落とそうとしているように見える。だが、何も見えない。
『今、彼らは幻覚を見ている。体中から虫が湧き出している幻覚を』
人々の中に、視線を逸らしてハンカチで口元を押さえている者がちらほら見える。
『1つ。精霊の指輪を使って水の精霊を捕らえ、その自由を奪った罪』
フィーンヒール家の者たちの周りに炎が上がった。熱い、助けてという叫び声が響き、嫌な臭いが風に乗って広がっていく。
『1つ。水の精霊が持つ隠蔽の力を使い、窃盗や破壊工作、誘拐などを繰り返した罪』
炎が消えて、水が檻の中に満ちる。息ができず、苦しみもがいている。
『1つ。水の精霊の力を使い、他領の雨を奪って他領を干ばつに苦しませたり、雨を多く降らせて水害を起こさせたりして天界の理を曲げた罪』
えっという声が上がった。近隣の領ではこの15年ほど、水害と干ばつを繰り返していたというが、それはフィーンヒール家が命じたことだったらしい。
「川に流されて人が死んだ!!」
「家を失った者もたくさんいるんだぞ!」
「干ばつで多くの動物たちが犠牲になった!」
貴族や人々の怨嗟の声が満ちた。水が消えた後、人々の声が何倍にも増幅されて、檻の中に響いている。中の者たちは耐えがたいその巨大な声に耳を塞いでいる。
『そして最後。多くのか弱い精霊を捕縛・監禁しただけでなく、春の妖精を誘拐し、監禁し、虐待し、その力を自分たちの利益とするために使った罪!』
フィーンヒール家の者たちが、怯えた様子で精霊王を見た。
『ここから先は、我自らの手で、精霊界に戻ってから罰しよう。我が思う存分に力を振るうには、この場所は狭い。それに、人間にはちと刺激が強かろう』
見ていた人々は、顔を青くしている。精霊王が本領を発揮したならば、彼らは一体どのような目に遭うことになるのか。想像もしたくない……みなの表情が無言でそう言っている。
檻の中からフィーンヒール家の者たちが何か叫んでいるのが見えるが、その声は全く聞こえない。精霊たちが遮断しているのだ。
『人の子たちよ。我らは人の子に協力することもある。だが、人の子と我ら精霊では、我らの方が圧倒的に力が強い。我らが人の子に力を貸すのはあくまで気まぐれであり、我らを使役できるとは思わぬことだ』
その場にいる人々は、これ以上の罰が与えられるのかと震え上がっている。精霊に害を加えようなどと思う者は、これで相当減るに違いない。
精霊王が手を翳すと、檻付きの荷車ごと空中に浮遊した。そして、空間が揺らめき始めた。めまいのような揺らめきの後、精霊王と荷車の姿がかき消えた。今、見たものの恐ろしさに、次第にざわめきが大きくなってゆく。
「鎮まれ。今、見た通りだ。この世に精霊は存在し、少しでも傷つければ我々には想像も付かない方法で報復される。我々は、精霊が自ら人間に力を貸したいと思えるような存在でなければならない。感謝はしても、決して自分の思い通りに動かそう等と考えてはいけない。よいな」
王の言葉に、民も貴族もうなだれていた。
これでまた一段階終わった。ディアミドがそう思った時、目の前にネイリウスが現れた。その瞬間にふわりと立ち上った香りに、ディアミドの心臓が大きくドクリ、と鼓動した。この香り……あのスイートピーのような香り……
「アシュリーンをどこへ隠した?」
ディアミドはネイリウスの胸ぐらを掴んだ。
『隠しただと? 龍の子、お前がアシュリーンを泣かせたのだろうが!』
「それとこれとは話が違う! 俺はアシュリーンと生きるために、ただ、アシュリーンを死なせたくないだけなんだよ……」
次第に尻すぼみになっていくディアミドの手を、ネイリウスは払いのけた。
『全く、アシュリーンはお前などにはもったいない娘だ。あれは自分で考え、結論を出すために、自分からお前と距離を置くと決めたのだ』
「どうして邸の中では駄目なんだ!」
『花嫁様』
「それがどうした」
『アシュリーンは、使用人たちに名前を呼んで欲しいと願ったそうだ。だが、それは却下された。アシュリーン個人ではなく、ただ次の龍の子を産む道具でしかない女の名など、記憶に残さぬためらしいな』
「……」
『アシュリーンはその言葉の裏にあるものに気づいたのだ。結局、龍の騎士団長の花嫁とは、誰でもいいのだと。使い捨ての道具ゆえ、名を覚える必要もない。何十年も添い遂げる覚悟も要らないし、一時的に可愛がればいいだけ。だからお前は、子を産むのは他の女でも構わないと思ったのだろう? 愛する者が他の女との間に子を作るのを、ただ眺めていろと? ならばお前にもできるのだな? アシュリーンが他の男との子を産んでもよいのだな?』
「違う違う、そうじゃない!」
『ならばどうしたいのだ? はっきり言え!』
「俺は、ただアシュリーンが笑っていてくれればいいんだよぉぉぉ!」
西の草原に、静寂が降りた。
「つまり、アシュリーン殿が龍に騎士団長殿と一緒にいたいというなら一緒にいる、愛でよというなら愛でる、来るなと言うなら近寄らない。そういうことじゃな」
「へ、陛下?」
「で、どうなのだ?」
「仰せの通りでございます」
「ということじゃ。水の精霊様もここにいた全員が証人じゃ」
ディアミドはガバッと後ろを振り返った。貴族も市民も、ニヤニヤとディアミドを見つめている。
「お母さ~ん、龍の騎士団長様は、花嫁様が大好きってこと?」
「そうよ。だから、なんでも言うことを聞いちゃうんだって」
「ええ? 何でも~? 僕もお願いを聞いてほしいなあ」
「お前の望みは、お菓子をくれとかお小遣いをくれとか、そんなことでしょうが!」
「ええ~ 駄目なの~?」
親子の会話が聞こえてきて、いたたまれない。ディアミドの顔が羞恥で赤くなる。
『アシュリーンがもう一度心を決めたならば、必ず迎えにこい』
「今からではどうしても駄目なのか?」
『お前の覚悟は? 死んでもいいからお前の子を産みたいというアシュリーンの願いを叶えると、それがアシュリーンの命と引き換えであったとしても絶対に叶えると、ここで誓えるのか?』
ディアミドはネイリウスの前に膝を突き、己の剣をネイリウスに渡した。ネイリウスはその剣を鞘から抜き、剣をディアミドの肩に乗せた。
『黒龍の子、ディアミド。そなたはアシュリーンの願いを全て叶えると誓うか』
「誓います」
柄にはめ込まれた黒龍の鱗が、太陽の光を反射してギラリと光った。
『誓約は為された。これは黒龍の剣とお前との誓約。我は立会人に過ぎぬ』
剣を鞘に戻したネイリウスは、剣をディアミドに返した。
『その時が来れば、呼ばれる。それまで待て』
ネイリウスの姿が中空に揺らぎながら消えた。数え切れないほどの生暖かい目から逃れるように、ディアミドは龍化して飛び去った。
「逃げたな」
「逃げましたね」
国王は一瞬にして豆粒になったディアミドを見ながら、ディアミドがここまでアシュリーンに執心するのは計算外だったが、大事な者を守る、失われまいと運命に抗う、その姿に、「冷たく恐ろしい龍」のイメージが変わればいいと心の底から思った。
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