20 図書館長……秘密の香りがする男
読みに来てくださってありがとうございます。
今日は短めです。
よろしくお願いいたします。
たくさんの書物がある中から、自分が欲しいと思う情報を取り出すのがこれほど難しいことだとは知らなかったアシュリーンは、10冊目を閉じた時に思わず「ふぅ」と大きく息を吐き、目の周りを手で押さえた。ドラガン家の邸でも一日中本を読んでいた日もあったが、必要な情報がどこにあるのかと手探りで読むのとは大きく違う。背もたれに寄りかかると、心なしか背筋が伸びた気がした。よほど猫背で読んでいたのだろう。
「随分と熱心に読んでいらっしゃいますが、何か知りたいことでもあるのですか?」
声を掛けられていたことに気づいて閉じていた目を開くと、そこには見知らぬ顔があった。服は黒。ならば神官だろう。神官ならば、精霊についての知識も持ち合わせているカモしれない。アシュリーンはこの男に尋ねた。
「2つ、知りたいことがあるのです。
1つは、春の精霊について。できること、できないこと、なんでもいいのです。
2つ目は、異種間の婚姻についての記録です。人間と精霊については、様々な精霊との婚姻例を確認できました。ですが、精霊と人間以外にも様々な生き物がいます。神や天使もいるでしょう。それに、異なる世界の者もいるでしょう。そういった者との婚姻の記録から学ぶことがないかと思うのです」
「なるほど、あなたが龍の子の花嫁ですか。精霊教会でも、今代の龍の子がようやく花嫁を娶ることになったが、それが精霊であるという話を聞いて一騒ぎありましたから」
「あなたは私の見た目で、私に話しかける前に、龍の子の花嫁が私だと気づいていたのでは?」
「おやおや、監禁されてほとんど外部との接触もなく、教育もほとんど受けていないと聞いておりましたが、随分賢い方だったようだ」
精霊教会は、巡礼者や国からの用事がある者以外、他国民の入国を認めない。ここにいるのは、精霊教会を守るシェイペルの民か精霊、もしくは精霊と人間の混血だ。だが、アシュリーンはこの男が少なくともシェイペルの民ではないと感じた。同時に、ネイリウスやフランとの間に感じた、精霊としての同族意識も持てなかった。
何かがおかしい。
アシュリーンの頭の中で、警報音が鳴っている。この男は、あまりにもこの空間に対して異質だ。
「ああ、なんだか警戒させてしまったようですね。春の精霊についてはこの開架書庫にあるもので十分でしょうが、異種婚姻についてとなると開架書庫にはありません。地下の閉架書庫にあるでしょうね。それも、教皇と図書館長しか入れない禁書庫に」
「つまり、私がその書を読むことはできないということですね」
「いいえ、許可を申請してみてはいかがでしょう? 申請書を提出しますか? 今ならお手伝いできますよ?」
「分かりました。お願いします」
アシュリーンはこの男に連れられてカウンターに行き、禁書庫で閲覧したい本があると告げた。申込用紙に調べたい内容を書いて渡すと、司書はああ、なるほど、と言った後、黒い服の男に尋ねた。
「この分野の本ですか……館長、いいんですか?」
「ああ、構わない。むしろこのお嬢さんには必要だろう?」
館長と呼ばれた男を振り返ると、先ほどの男がニヤニヤとしている。
「館長?」
「ええ、そうですよ。この精霊教会の図書館長をしているのです」
「館長、いい加減にしておかないと、デュラッハ枢機卿に叱られますよ」
「おやおや、それは大変。フラン殿にこの図書館を焼かれては困りますからねえ」
アシュリーンには、デュラッハが枢機卿という、教皇にもなり得る立場の人だったことが驚きだった。よく考えれば、そういう立場の人だからこそ『精霊王の指輪』と『精霊王の足輪』というとてつもない聖道具の回収に当たることができたのだろうと推測できた
「私でよければご案内しますよ。というよりも、あそこは教皇か館長と一緒でなければ入れないのでね」
「そうですか……お願いします」
「では明日、開館時間と同時にこのカウンターへお出でなさい。今日はもうじき閉館時間になりますから」
「えっ」
カウンターの上にある時計を見れば、確かにあと10分ほどで閉館の時間だ。デュラッハがもうすぐ迎えにくるはずだ。
「ありがとうございます。明日よろしくお願いします、館長様」
「ロイドとお呼びください、春の精霊様」
「はい、ロイド様もどうぞアシュリーンとお呼びください」
「分かりました、アシュリーン。それでは、また明日」
ロイド館長に感じた人なつっこさと異様さの落差が余りに大きくて、アシュリーンは足が震えそうになる。だが、アシュリーンの知りたい情報がもしそこにあるのならば、なんとしても知りたい。アシュリーンはデュラッハが迎えに来るまで、春の精霊の生息地やその力について書かれた本をじっくり読み込んでいた。
・・・・・・・・・・
あてがわれた部屋は、飾り気は少ないが清潔感のある部屋だった。
「アシュリーンさんが誘拐なんてされた日には、龍の子とネイリウスの2人に責められますからね。この部屋にはしっかりと精霊たちに防御の術を掛けてもらってあります」
「そんなお手数をお掛けしてしまったんですね」
ごめんなさい、と小さな声で言うアシュリーンに、デュラッハがとんでもない、と言った。
「こちらの命のためですからね。問題ありませんよ」
一緒に夕食を取った後で、アシュリーンはデュラッハに尋ねた。
「デュラッハさんは、神官だったのですね」
「ええ。服で見分けましたか?」
「はい。枢機卿であるとも伺いました」
「全く、あのおしゃべりが!」
怒っているデュラッハに、アシュリーンは気になっていたことを尋ねた。
「フランがいつもデュラッハさんのそばにいるのは、枢機卿だからですか?」
「まあ、そういうことだね。護衛を兼ねているのですよ」
「ならば、館長にはどうして護衛が付かないのかしら?」
「あの男のことは、よく分からないのです」
「よく分からない?」
「はい。教皇だけが、館長の秘密を知っていると聞かされました。アシュリーンさんになにかするとは思えませんが、私とフラン以外には気を抜かずに接してくださいね」
「分かりました」
その夜、ベッドに入ったアシュリーンは、色々と考える予定だった。だが、疲れていたのだろう、あっと言う今に眠ってしまった。サンダルウッドとラベンダーのお香の香りと煙が、アシュリーンを守るように漂っていた。
読んでくださってありがとうございました。
次回、閉架書庫で手がかりが!
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