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2 精霊の指輪と精霊の足輪

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 アシュリーンが人間界の落ちたあの日から10年。アシュリーンは西の辺境地シアルにある、フィーンヒール家が所有する邸に閉じ込められていた。


 アシュリーンに「家に帰りたいならおいで」と言った男は、シアル内のある小さな村を治める男爵でトマス・フィーンヒールと言った。トマスは男爵様というよりも村長という方がふさわしいような、田舎の「おじさん」だった。


 精霊であるアシュリーンが人間にたやすく捕まってしまったのは、トマスが「精霊の指輪」と「精霊の足輪」と呼ばれる聖道具を持っていたからだった。


 人間が生まれるよりもずっと太古の時代に、水から生まれた思念体が精霊の始まりだ。水は世界を回りながら知性と力を蓄え、海の精霊、川の精霊、湖の精霊、泉の精霊、地下水の精霊などに分裂していった。水が沁みた岩からも、そして水を吸い上げた植物からも精霊たちが次々に生まれていく中で、強大な力を持った精霊が生まれた。精霊王の誕生だ。


 精霊王は、それまで自由自在、気の向くままに生活してきた精霊たちに秩序を与えた。悪さをする精霊を捕らえて罰し、時にはその命を奪った。世界に精霊が溢れるほどに増えると、精霊王1人では全ての精霊を見張ることができなくなった。


 やがて人間が生まれると、精霊の中には人間にいたずらをし、その命を奪って喜ぶような者も現れた。精霊王は、自分たち精霊の気配を感じ取ることができる人間を集めた。そして、精霊教会を作り、悪しき精霊を捕らえるための道具「精霊の指輪」を教会長に与えた。更に、捕らえた精霊を精霊王が迎えに来るまでの間、逃さぬように拘束するための「精霊の足枷」も与えた。さらに、精霊王は精霊教会の中に、精霊界に繋がる扉を設置した。悪しき精霊を捕らえた時、精霊界にすぐに連絡を取れるよう、異なる世界を繋ぐ「虹の橋」と同じようなものを作ったのだ。


 アシュリーンを捕らえた、雷のようにしびれさせたものこそが「精霊の指輪」の力だった。そして、目を覚ましたアシュリーンの足に嵌められていた真っ黒い足枷こそが「精霊の足輪」であり、その足枷から精霊の力を吸い上げて、トマスはアシュリーンが脱出できないよう、その力を奪っていた。


 それだけではない。トマスはアシュリーンから吸い上げた精霊の力をクリスタルに取り込み、そのクリスタルを自分の言うことをよく聞く者に与えた。アシュリーンの力を蓄えたクリスタルを畑に埋めておくと、大地に精霊の力が流れこんで大地を癒やし、植物の疫病や害虫を防ぎ、肥料となって収穫量が3倍以上になった。


 トマスから与えられたクリスタルの力を目の当たりにした人々は、こぞってトマスにクリスタルを願った。トマスの目がキラリと光った。


「作るのが大変に難しいのです。そうそうお売りできません」

「なら、言い値の倍、出そう」

「いや、私なら5倍だそう!」


 トマスはアシュリーンの力をギリギリまで搾り取りながら、その力を閉じ込めたクリスタルを高額で売り、莫大な利益を得た。荒れた土地が改良され、農作物が病害虫から守られるようになった結果、シアル領の農業生産高は一気に膨れ上がった。それは同時に、国庫に納められる税収も膨れ上がることを意味する。


 シアルの辺境伯から報告を受けた国王は、トマス・フィーンヒール男爵の功績を評価し、多少裕福な農民で小さな村の村長でしかなかったフィーンヒール男爵を子爵に陞爵して、より大規模な農業経営に着手させた。


 トマスはアシュリーンから更に力を搾り取るようになった。食べ物は死なぬ程度に、風呂にも入れず、小屋に閉じ込めて、来客があっても絶対に見つからぬように隠した。


 5年後、クリスタルの力を使ってワインの醸造に成功したトマス男爵は、そのワインを国王に献上した。国王は喜んだ。この国の気候ではワインを作るためのブドウが栽培できず、従ってワインは輸入するしかなかったからだ。


 この世界では、ワインは飲用ではない。儀式用であり、毎年精霊教会に一定の量のワインを奉納することが求められている。精霊王がワインを好むからだ。精霊教会に必ず納めねばならないものだからこそ、ワインの生産国は他国にワインを売る際、高い値段をふっかけてきた。精霊教会に納めるために購入するワインの額は国家予算の半分近くに達しており、ワインの醸造は国家存続のために喫緊の課題だった。


 その課題を、国産ワインで解決したトマスは、伯爵に陞爵された。反対の声もあったが、国家への貢献度という観点で見れば、伯爵でも足りないとさえ言われた。


 フィーンヒール家がそうやって権力と富を手にし、贅沢な生活をしている一方で、アシュリーンは「精霊の足輪」を通じて毎日毎日力を搾り取られていた。


 なぜアシュリーンが抵抗しなかったのか?


 「精霊の指輪」によって捕らえられた精霊は、その肉体と力を指輪の持ち主に支配される。心が拒否しても、命じられたとおりにしてしまうのだ。抵抗しなかったのではなく、物理的な抵抗を、指輪の力で禁じられていたため、抵抗できなかったというのが正しい。


 唯一の心のよりどころは、捕らえられていたのがアシュリーンだけではなかったことだ。トマスは常に、水の精霊を従えていた。いつも水の精霊の目はトマスを睨み付けていたが、精霊の指輪によって逃げることもできずにいるようだった。大人の精霊でさえ捕らえられてしまうのだ、子どもの自分ではどうしようもなかったのだと思うことで、アシュリーンは自分の心の痛みを誤魔化した。


 今日もトマスが水の精霊を伴ってアシュリーンのいる小屋にやってきた。アシュリーンの足輪には鎖が付けられ、その鎖はクリスタルに繋がっている。


「今日の分も溜まったな。ネイリウス、新しいクリスタルと交換しろ」


 トマスの命令に、水の精霊ネイリウスは歯ぎしりしながら中空に浮かんだ水の中からクリスタルを取り出し、アシュリーンの精霊の力を一杯にため込んだクリスタルと交換した。


「水の精霊の力で大地を潤し、春の妖精の力で大地を活性化させる。偶然捕らえた精霊ではあったが、本当に便利なものだよ」


 アシュリーンを見るネイリウスの目に、悲しみが溢れている。アシュリーンが捕らえられたばかりの頃、ネイリウスは何度かトマスに抵抗してアシュリーンを逃がそうとしてくれた。だが、「精霊の指輪」の力は余りに強く、ネイリウスが気絶するほどの折檻を受けている所を見せられたアシュリーンは、二度と助けようと思わなくていい、そう言った。


 あの日以来、ネイリウスは声を発することを禁じられた。ネイリウスの感情を読み取るには目を見るしかない。尤も、トマスがネイリウスに配慮することなどなかったのだが。


 クリスタルを交換しながら、トマスが別の方を向いたのを確認して、ネイリウスはそっとアシュリーンの頭を撫でていった。その数日に一度のふれあいがあっったからこそ、アシュリーンの心は折れずにいた。アシュリーンにとって、ネイリウスは兄のような存在だった。


 きっといつか、ここを出よう。その時には、他に何体いるか分からない精霊たちも一緒に出よう。


 アシュリーンは、「助けられなくてすまない」と目で訴えるネイリウスにむかって、トマスには分からない程度に微笑んだ。


「大丈夫、私はきっと生き延びるから」という思いを、その表情に乗せて。


読んでくださってありがとうございました。

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