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龍の騎士団長の花嫁は、1年後に死ぬことになっている【連載版】  作者: 香田紗季


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19/42

19 アシュリーン、デュラッハたちと再会する

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 その頃、アシュリーンは水の精霊ネイリウスに連れられ、精霊教会領の中心部にある精霊教会の前に出た。小川の水から水の世界に入って精霊教会の前にある噴水から出たアシュリーンは、水の世界を通過しながら、水がこの世界を満たす重要なものなのだということを再認識していた。


生き物の体内を巡る水。空から降る雨。大地にしみこんだ水が一滴ずつ地表に現れ、せせらぎとなり、川となって海に注ぎ、また蒸発して空へと上っていく。水の世界に入ったからこそ見られた、水の循環。


 水は、世界を浄化している。世界を守るために置かれた四龍がその地にあった大河の化身であるということも、今のアシュリーンには理解できた。水が滞れば世界は浄化を止め、淀み、腐っていく。水がなくなれば、生き物は死ぬほかない。そうであればこそ、トマス・フィーンヒールは水の精霊の力を欲したのだろう。


 同時に、龍の子であるディアミドも水に関わる存在なのだと思い返した。アシュリーンが辛い日々の中で心の支えにしていたネイリウスとディアミドがどこか似ていると感じたのは、もしかしたらその根底にある「水」の気配にあったのかもしれないと考えた。


『アシュリーン、春の娘。ここが精霊教会。ここには精霊界への門が隠されているんだ。精霊と人を結ぶ場所であり、境界でもある』

「教会の中に門を作ったの?」

『いや、逆だ。門があったから、門を秘匿すべくここに精霊教会を作った。そして、この周辺を準聖域である精霊教会領として、人間の支配が及ばぬ地としたのだよ』

「それは、人間が精霊を悪用しないために?」

『双方だな。我らのように人間が精霊を悪用することもあるが、精霊が人間に悪さをすることもある。だからこそ、ここにあの指輪と足輪が置かれていた』

「でも、精霊は自由に人間界と精霊界を行き来できるのでしょう……普通は」


 ネイリウスがじっとアシュリーンを見ている。アシュリーンが付け加えた「普通は」という言葉に、自分が精霊として不完全な存在なのだとアシュリーンが認識していることを感じ取ったのだろう。


『悪しき精霊・邪な心を持った精霊は、精霊王の結界によって人間界に1人で来ることはできない。この門が開かれる時にすり抜ける形で出入りすることはある。そうはいっても、精霊王に邪悪なものと印を付けられたら、この門であろうと通れなくなるが』

「そうなのね」

『アシュリーンも、学べば自在に精霊界と人間界を行き来できるようになる』


 アシュリーンはネイリウスに連れられて精霊教会に入った。精霊教会の建物には、美しいレリーフが内外に彫られている。みな精霊の姿だ。


「あれ……」


 思わず指さして慌てて手を下ろしたアシュリーンだったが、ネイリウスは気づいてくれたようだ。


『そうだ。あそこに彫られているのは、春の精霊一族だ』


 宙を舞う花びらに戯れる精霊たちの姿がそこにあった。懐かしさと同時に、苦いものを思い出してしまう。


「そこにいるのは、ネイリウスと……捕らえられていた春の精霊ですね!」


 どこかで聞いたことのある声がして振り返ったアシュリーンの元に、デュラッハが走って来た。


「デュラッハさん、でしたよね?」

「はい。思いだしていただけましたか!」


 ふと、アシュリーンは疑問を持った。


「確か、デュラッハさんとは直接話ができなかったはずでは……?」

「あはは、そういうことにしているんですよ。精霊教会領を出る時に精霊に術を掛けてもらって、人間の言葉を全て遮断しているんです。必要なことだけ、守護精霊が言葉を通してくれる。そうすれば、精霊教会領の外の人間には、違う言葉で理解できないのだと誤解してくれますからね」

「そうだったのですか」


 アシュリーンが目を丸くしている。デュラッハは秘密ですよ、と言ってこんなことまで教えてくれた。


「我々シェイペルの民は精霊語を使っていますから、精霊なら誰とでもコミュニケーションが取れるのですよ」

「精霊語? 私は今、何語を使っているのかしら?」

「無自覚のようですが、精霊語とドレイギーツの国の言葉、その両方を使い分けていますよ」


 そんな器用なことをしている感覚はないのだが、とアシュリーンは思った。


「それにしても、春の精霊さんは龍の子の花嫁になったと聞いていたのですが、ディアミドはいないのですか」

「いろいろありまして、出てきました」

「は? 出てきた!?」


 途端にデュラッハの顔色が青くなった。隣にいる火の精霊が、ネイリウスを睨み付けている。


『貴様、龍の子に精霊教会を破壊させるつもりか?』

『破壊するだけなら1人でできる。そうではない、アシュリーンを保護してやってほしいのだ。状況によっては、精霊界に連れ帰ることになる』

「だから! どうしてそんなことになるんですか!」

「ごめんなさい、私がディアミドと喧嘩したの。花嫁は私じゃなくてもいいみたいだったから……」


 声が尻すぼみになり、そのままアシュリーンはしくしくと泣き始めた。


「龍の子と喧嘩?」


 ぽかんとした表情でデュラッハが尋ねた。


『アシュリーンは命がけで龍の子を愛すると決めた。精霊学者との話の中で、精霊ならば龍の力に負けず、死を回避できる可能性もあるということだったからだ。だが、龍の子はアシュリーンが死ぬことを恐れ、アシュリーンと一緒に暮らしながら同時に他の女に子を産ませ、その女に死んでもらうなどとほざいたのだ』

『「あー、それ、あかんやつ」』


 デュラッハと火の精霊の声がシンクロした。


「私の存在意義がディアミドにとってはただの愛玩動物と同じであるなら、それが私である必要はないということになるわ。でも、私はディアミドのことが好きだから、たとえ役目であってもディアミドが他の女の人と一緒にいるのは耐えられない。だから、だから……」


 涙声のアシュリーンを、ネイリウスが支えている。


『ということで、アシュリーンは精霊界に帰るか、それとも人間界にとどまるか、まだ決めかねている。とはいえ、ここなら龍の子でも許可なく入ることは許されない。アシュリーンの心が決まるまで、あの男から離れて、落ち着いて考えさせてやりたいのだ』

「そういうことですか」


 デュラッハは火の精霊を見た。火の精霊が頷いた。


「ネイリウスは、自分が春の精霊の傍に居られないから、ここに預けに来た。そういうことですね」

『そうだ』

「分かりました。教皇にはそう伝えます」

『感謝する』


 ネイリウスは、年端もいかない妹にするようにそっとアシュリーンの頭を撫でた。


『我は残った仕事をするために、ここから離れる。もし何かあったら、我を呼べ。水が我らを繋いでいるから、すぐに駆けつけよう』

「ありがとう、ネイリウス」


 ネイリウスは片手できゅっとアシュリーンを抱きしめた後、噴水の中に飛びこんだ。ネイリウスを目で追っていたアシュリーンだが、ここで何らかの結論を出さねばならぬのだと自分に活を入れた。


「しばらくお世話になります。よろしくお願いします」

「はい。ここにいる間は、アシュリーンさんと呼んでも構いませんか?」

「ずっと、そう呼んでください」

「分かりました」

『これも何かの縁なのだろう。よかろう、我が名はフラン。何かあったら我の名も呼べ』

「ありがとう、フラン」


 アシュリーンはそのまま図書館に連れて行かれた。


「精霊に関する書物があります。文字は読めますか?」

「ドレイギーツの文字なら、ある程度読めるようになりました」

「これは読めますか?」


 見たことのない不思議な文字で書かれているが、なぜか読める。


「読めます」

「精霊語の本です。アシュリーンさんが精霊界で精霊として生きていくのか、人間界に幸を与える精霊として生きていくのか、はたまた人間の中で生きていくのか。これまでの精霊たちの記録がたくさん残されています。調べ、考え、決める手助けになるはずです」

「はい、ちゃんと自分の意志で決められるようにします」


 夕方の閉館時間まではここにいてほしい、それまでに部屋の準備などもしておくから、そう言ってデュラッハは去っていった。デュラッハを見送ると、アシュリーンはそろそろと図書館の開架書庫に足を踏み入れた。


 本を探しながら、アシュリーンは1つ、気づいたことがあった。デュラッハは体格がいいから教会を守る衛兵だと思い込んでいたが、神官だということだ。それは、図書館で調べ物をする人たちが、黒く緩やかな服の人と、赤く動きやすそうな服の人に二分されていたからである。デュラッハは黒い服を着ていた。黒い服の中にも種類がありそうだが、聞いてはいけないことかもしれないと思った。


 アシュリーンは、自分が調べなければならないことはそんなことではないと頭を振った。そして、春の精霊について書かれた本を探し、いくつか手に取ると、静かに読み始めた。


読んでくださってありがとうございました。

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