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龍の騎士団長の花嫁は、1年後に死ぬことになっている【連載版】  作者: 香田紗季


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18 仕事と花嫁、どちらが大事?

読みに来てくださってありがとうございます。

ディアミド視点の回です。

よろしくお願いいたします。

 自室に戻ったディアミドは、思いついた自分でさえ受け入れられない方法をアシュリーンに告げたことを、深く後悔していた。龍の子が愛せるのは生涯1人。アシュリーンを生かすために他の女性を犠牲にするという考えが、アシュリーンにも犠牲となる女性にもこの上なく無礼なことだと分かっている。いや、分からない方がおかしい。それに、自分が今愛しているのは間違いなくアシュリーン。犠牲となる女性に何の感情ももてないのに子をなし、産ませ、死なせることになる。人の道を踏み外すようなことしか思いつかなかった自分が恨めしい。


 普段なら絶対に酒など飲まないディアミドだが、今日はどうしても飲みたかった。一番強い酒を、とモーガンに頼めば、相当強い酒を用意してくれたらしい。モーガンを下がらせて1人になると、明かりも点けずに暗い部屋の中で、ディアミドは酒をグラスに注いだ。隣には薄めるための水と氷も用意されていたが、ディアミドはそんなものには目もくれず、ストレートで一気にあおった。喉を焼くような感覚に、アシュリーンが声を奪われた時も同じように痛みがあったのだろうかと考えた。きっとそうなのだろうと思った。


 アシュリーンは、もう俺に愛想を尽かしてしまっただろうか。そうしたら、俺はもう一生誰も愛せず、ドラガン家は俺の代で絶えることになる。王家は目付役がいなくなってせいせいするだろうが、虎視眈々と機を狙っていた国は、俺が死んだらすぐに攻め込んでくるだろうな。


 ぐいっとグラスを傾けて二杯目を一気にあおる。立て続けに強い酒を飲んだせいか、これまでの疲れが出たのか、やがてディアミドの頭は何も考えられなくなっていった。そのままソファに倒れこむようにして横になると、一気に深い眠りに入っていった。


 翌朝、ディアミドは扉を叩く大きな音とモーガンの叫ぶような声に目を覚ました。頭が割れるように痛い。これが二日酔いか、などとぼんやり考えながら、モーガンに「入れ」と声を掛けた。


「若様!」

「なんだ、頭が痛いんだ、もう少し声を小さくしてくれ」

「若様の頭痛なんてどうでもよいのです! 花嫁様が、どこにもいらっしゃいません」

「何だと!」


 ぼんやりしていたディアミドの目が突然冴えた。割れんばかりの頭痛もまた、更にひどいものとなる。


「どういうことだ?」

「朝、エーファがお伺いしたところ、部屋に鍵がかかっていたそうです。何度声を掛けても返事がないため、私も一緒に行って鍵を開けて入りました。花嫁様はどこにもいらっしゃらず、窓が開いていました。犬に窓の下の臭いを追わせましたが、痕跡がありませんでした」

「痕跡がない? まさか、また攫われたのか?」

「わかりません。ですが、攫われたのか自分で出ていったのかは、花嫁様と最後にお話なさった若様が一番にお分かりになるはずです。何かお気づきのことはございませんでしたから?」

「最後に話したのは、俺か」

「はい。エーファも下げましたから、室内にはお二人だけだったのでしょう?」


 ディアミドは頭を抱えた。アシュリーンに平手打ちされ、喧嘩別れのような形でアシュリーンの部屋を出た。


「出て行ったんだろうな。俺に愛想を尽かしたんだろう」

「愛想を尽かされるようなことを言ったのですか?」

「アシュリーンを生かすために、他の女性に子を産んでもらうと」

「この馬鹿者!」


 モーガンに大声で叱られて、ディアミドはまだ子どもの頃モーガンに叱られた時のように背を丸くした。


「命がけで若様を愛すると言ってくれた女性に対して、何という非道! 龍の子だろうが主だろうが関係ない、あなたは他人の覚悟と思いを粉砕する極悪人だ!」


 あまりの剣幕に、ディアミドの体がどんどん小さくなっていく。


「そんなことを言われたら、私でさえ、もうこのお屋敷で働くのは辞めて出て行くでしょうね。私ならいい、安全な場所や一時的に逃れるための場所を知っている。ですが、精霊界への戻り方も分からないあのかわいらしい花嫁様が、邪な者が溢れるこの人間の世界で生きていけるとでもお思いか? 一人でいるならまだよい、親切な人が助けてくれているならなおのこと。

 もし悪い人に捕まっていたら? まさに今、花嫁様は傷ついて泣いていらっしゃるかもしれないのですよ? 精霊にも悪人がいるからこそ、精霊王は指輪と足輪を御用意なさったのでしょう? 精霊だからと信じた先に、悪夢のような出来事が待ち構えていたら? 花嫁様の命が失われてしまったとしたら? それは、若様、あなたが殺したのと同じ事になるんだ!」


 ディアミドは、この邸からアシュリーンが出たことで死ぬ可能性があるなどと思っていなかった。自分だって不本意ながらも考えついた案を述べただけで、それを実行するつもりなどまるでなかった。だが、アシュリーンは傷ついた。そして出て行った。痕跡も残さぬようにして……


 だがどうやって?


 ディアミドは息が上がっているモーガンに、アシュリーンの居場所を探す、と告げて目を閉じた。アシュリーンの額に刻んだ「黒龍の紋」さえあれば、アシュリーンを追うことができる。実際、オーエンからアシュリーンを救い出せたのは、あの紋がアシュリーンの居場所を教えてくれたからだった。


 じっと集中していたディアミドが、真っ青な顔をして目を見開いた。


「紋が追えない? どういうことだ?」


 モーガンは大きなため息をついた。


「双方の意志で強い絆を結んだ証拠が、紋だと先代様から聞いたことがあります。その絆が断ち切られたなら……追えないでしょうな」

「絆を断ち切った……アシュリーンが?」

「花嫁様にそのご意志があったかどうかは分かりませんが、やはり精霊様なのでしょう。これまで龍の紋を断ち切った花嫁は誰1人としていなかったはずです。精霊様の力を甘く見ると恐ろしい目に遭うと言いますが、本当ですな」


 ディアミドは膝からくずおれた。アシュリーンが俺を捨てたというのか?


「そんなことより、今日はフィーンヒールの連中を水の精霊を介して精霊王にひき渡すことになっているんですよ。お仕事してください!」


 いつの間にか、コルムが部屋に入ってきていた。


「コルム……」

「花嫁様のことが心配なのは分かりますが、龍の騎士団長の体は1つしかないんです。水の精霊と精霊王たちにフィーンヒールの者を引き渡しに行くのか、花嫁様を追いかけるのか。どちらか選んでください」


 副官であるコルムは、こういう時、極めてドライに物事を処理していく。そうでなければ、ディアミドの副官などやっていられないだろう。


「ああ、花嫁様を追いかけたいとは思うのですが、今朝早く、王城に水の精霊からの伝言が届きましてね。必ず龍の子を連れてこい、それが精霊王の望みである、だそうですよ」

「それは、選択肢があるとは言わないよな」

「そうですねえ、国や世界が滅びるかどうかの瀬戸際ですからね」


 ディアミドは、昨日から曇ったままの空を見上げた。手に入れたいものほど手に入らない。アシュリーンと笑い合った日々を思い出せば、その記憶が砂上の楼閣のようにもろく崩れていくように感じられた。


「アシュリーンの痕跡を探しておいてくれ。俺は引き渡しを終えたら、すぐにアシュリーンを探しに行く」

「生きていらっしゃるか、あるいは体は生きていても心は死んでしまった状態になっていっらっしゃるか……そんな可能性があっても、花嫁様のことは後回しなのですね」

「何が言いたい?」


 モーガンが恨めしげに言うのを、ディアミドは咎めた。だが、モーガンは言った。


「妻のピンチと、仕事。どちらが大事か、分かりますか?」

「仕事だろう?」

「いいえ、妻のピンチです。仕事の穴は埋められるが、夫としてしなければならないことは他の誰にもできないのです。そして、妻のピンチより仕事を選んだ夫は」


 ディアミドがゴクリとつばを飲み込んだ。


「一生の恨みを買うことになるのです。もし花嫁様がお戻りになって、1年以上一緒に生活できるようになったとしても、花嫁様の心は永遠に離れたまま。それでよければ、どうぞ職責を果たしてください」


 いつの間にかエーファを筆頭に、使用人たちまでディアミドの部屋に入り込んでいる。全員の目が、険しく、軽蔑したような目をしている。


「そうですよね~、あんなかわいい子、外に出たらすぐに食べられちゃうでしょうねえ」

「泣いていないといいんですがね~」

「あ、もう若様のことなんてすっかり忘れて、新しい恋に目覚めているかも?」

「駄目だ!」

 

 ディアミドは叫んだ。コルムに「引き渡し時間までに現地に向かう」と言うと、窓から庭に飛び降り、そのまま龍化して飛び立ってしまった。


 あっという間に芥子粒のような小ささになった主人の後ろ姿を見て、使用人全員とコルムは思った。

 

 このヘタレが、と。


読んでくださってありがとうございました。

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