表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍の騎士団長の花嫁は、1年後に死ぬことになっている【連載版】  作者: 香田紗季


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/42

15 アシュリーンの手紙

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 アシュリーンが泣いている間、エーファはずっとアシュリーンの背をなで続けてくれた。「精霊の指輪」の支配から解放され、ようやくディアミドと自由に会話ができるようになったというのに。これでは話せなかった時の方が、お互いの気持ちを思いやりながらコミュニケーションが取れていた。


 グズグズとしながらも落ち着いてきたアシュリーンの頃合いを見て、エーファは薄いミント水で絞ったタオルを用意した。


「これで目元を押さえてください。すっきりしますよ」


 アシュリーンがタオルを目元に押し当てると、最初にミントのすっとした香りが鼻に抜け、次にタオルの触れたところがひんやりと感じられた。泣いて体中にこもった熱が冷まされていくようだ。


「何があったか、エーファに教えていただけますか?」


 エーファに優しく言われたアシュリーンは、かいつまんで話した。


 助けに来てくれ、一緒に帰ろうとディアミドに言われて、心の底からうれしかったこと。

 居場所はドラガン家だけだと言ったら、ネイリウスに精霊界に戻るという選択肢もあると言われたこと。

 それを聞いたディアミドが、アシュリーンが精霊界に帰りたければ帰ってもいいと言ったこと。

 

「う~ん、それだけでは若様が花嫁様をどう思っているかはわかりませんねえ」

「いいえ、わかるわ。どうしても私を手放したくないなら、帰るなと言うはずだもの」

「若様がお戻りになったら聞いてみましょう。本人の口で説明してもらう以外に、若様の心の中は分からないのです」

「……」

「花嫁様も、同じですよ」

「同じ?」

「はい。言いたいことは口に出して相手に伝えなければ……いえ、手紙でもいいのです。とにかく、相手に伝えなければ、伝わらないのです。理解して欲しいと願うだけでは、伝わらないのです」


 アシュリーンは頷いた。


 王城に行ったディアミドからは、残務処理でしばらく帰れないとモーガンに連絡があった。アシュリーンはモーガンからその話を聞くと、今の自分にできることをしようと考えた。


 読み書きの練習をした。たくさん、たくさん練習した。

 人間の世界で人間らしく生きるために、マナーや常識を学んだ。

 体力を付けるために、運動を始めた。

 そして、精霊界での教育を受ける前に人間界に来てしまったせいで精霊として中途半端だと自覚し、自分を知り、自分の中にある力を自分でコントロールするために、精霊学者を呼んで精霊について学んだ。


 だが、ディアミドは帰らない。


 ディアミドが邸に帰らぬ日が1ヶ月を越えた頃から、アシュリーンの顔から笑顔が消え始めた。勉強の時間が減り、体を動かすことを止め、部屋で塞ぎ込むようになった。エーファが励ましていたが、さすがのエーファもこれ以上は支えきれないと考えるようになった。


「花嫁様」

「もう、花嫁様って呼ばなくてもいいわ」

「いいえ、花嫁様です」

「ね、エーファ。私のことは、サーシャのように名前で呼んでくれるとうれしいわ」


 アシュリーンが何歳なのかは分からない。千年以上の寿命を持つと言われる精霊の世界では、成長も人間よりゆっくり進むと精霊学者は言っていた。サーシャとアシュリーンは、見た目の年齢が近い。それだけにキッチンメイドのサーシャはアシュリーンに親近感を持っており、2人だけの時などはこっそりと「アシュリーン様」と呼んでいた。それが、アシュリーンにとってはうれしかったのだ。


「お名前で呼ばないのは……花嫁様が亡くなった後も私たちが生きるためなのです」

「どういうこと?」

「名前は個人を表すもの。たった1年しか一緒にいられない花嫁様だからこそ、ドラガン家の者は皆、花嫁様を大切にいたします。大切にすればするほど、失った時に辛いものです。だから、敢えてお名前で呼ばないのです」

「私を忘れるために?」

「違いますよ。花嫁様が亡くなったら、使用人は花嫁様の話をしてはならないのです。花嫁様の話をしてもいいのは、旦那様となる方だけ。その方がお子様に話す花嫁様の姿だけが真実であり、お子様にもその名は伏せられます。唯一伝わっているのが、最初の黒龍の花嫁であったニーヴ様。私たちが間違って花嫁様の名をつぶやかぬよう、徹底しているのです」

「じゃあ、サーシャは」

「あとで叱っておきます。二度とお名前を呼ばせません。それでも花嫁様のお名前を隠れて呼んでいたことが分かれば、解雇されることになるだけです」


 アシュリーンは初めて、必要とされているのが「花嫁」であって「アシュリーン」ではないことに気づかされた。ディアミドがアシュリーンを大切にしてくれたから、アシュリーンは愛されていると勘違いしてしまっただけ。誰も妻になろうとしない中でアシュリーンが妻になると言ったから、ディアミドは初めて自分に近づいた女性であるアシュリーンに興味を持っただけ。


 そうか、誰でもよかったのか。


 それでも、アシュリーンは最後にもう一度だけ、ディアミドの口から真実を聞きたいと思った。


「エーファ。ディアミドに手紙を書きます。手伝ってくれますか?」


 初めて聞くアシュリーンの固い声に、エーファはわずかに動揺したようだったが、かしこまりましたと言ってレターセットを取りに行った。


 空は曇っている。今にも雨が降りそうだ。その上、季節は冬に向かおうとしている。窓を開けると、風が冷たい。冬の精霊が活動を始めているのだろう。肌寒さを感じても、アシュリーンは外から吹き込む風にその身をさらし続けた。


・・・・・・・・・・・


 ディアミドはシアルと王都を何度も行き来して、調査を進めていた。フィーンヒール家の邸からは、多くの盗品が発見されており、各貴族家から盗難の届けが出されていたものかどうかを一点ずつ確認する作業が必要だった。膨大な数の盗品と届け出リストとの照合は文官たちが行ったが、文官たちが証拠品を横領しないように見張るのは、龍の騎士団の任務となった。盗品の調査と並行して、精霊の誘拐・監禁・虐待についての調査も行われた。


 同時に、トマス・フィーンヒールがそれらの犯罪に手を染めたのが、貧しい領民を助けたいという気持ちが発端であったことも判明した。トマスはことさらに悪人ぶっていたが、精霊を捕らえたのはその力を農業に生かすため、そして貴族家から多くのものを盗んだのは、裕福な貴族家から1つ2つ奪ったとしても生活には困らないが、それを売って得たお金があれば肥料や農耕具を買い与え、農業用水を引くための工事をすることができるからだった。


 ようやく全ての調査が終わり、フィーンヒール家の者たちの処分に関わる会議が開かれた時には、既に一ヶ月が経とうとしていた。


 国王はフィーンヒール家の者たちの処分について、当初は領民を助けたい一心であったことに心を揺さぶられたが、どんな目的であれ犯罪は犯罪と断じた。特にここ2~3年は、自分たちが贅沢をするために、あるいは他家で見かけたものが気に入って自分でもほしいからという自分勝手な理由で犯罪が継続されていたことも、悪質であると糾弾された。


「……以上の罪状により、フィーンヒール家のものは全員死罪。なお処刑方法については」

「お待ちください」


 担当官の発言を遮ったディアミドが立ち上がった。


「最初にトマス・フィーンヒールに隷属させられた水の精霊から、精霊界で処罰するので必ず引き渡すようにと言われている」

「だがそれでは、我らが処罰していないように見えるではないか」

「引き渡す所を公開すればいい。その時に精霊たちには顕現してもらえば、人々が精霊の存在を信じ、再び敬うようになるのではないか?」


 精霊が存在することは神殿の教えにより、人々の中に受け入れられている。だが、その姿を見た者はほとんどいない。そのため精霊とはおとぎ話の中の存在のように作られた存在だと思う者も多い。精霊は人間とは異なる倫理の中で生きている。大切にしたからと言って親切を返してくれるわけではないし、いたずらもする。ただ、精霊を貶めたり傷つけたりするようなことがあれば、彼らは容赦しない。それこそ世界中の人間を1人残らず滅ぼすことだって厭わない。だからこそ、精霊の怒りを買わぬように生きねばならないのだ。


「精霊を怒らせたらどうなるか、それを知るよい機会になると思うのですが」

『人間の王の決裁など要らぬ。精霊王は今すぐにでも八つ裂きにしてくれるとお怒りだ』


 突然割り込んできた声に、ディアミド以外の会議の出席者がうろたえた。王のすぐ隣に水の精霊が顕現したのだ。ディアミドは、抜刀しようとした近衛兵に向かって叫んだ。


「お静かに! フィーンヒール家に囚われていた、水の精霊様です!」

「水の精霊だと!」


 フィーンヒール家が水の精霊ネイリウスの力を使ってシアル領の水をコントロールしていた事は、既に明らかになっている。その事実から国王はじめこの場にいる者は全員、この水の精霊を怒らせたら国中から水がなくなる可能性さえあることを理解していた。


『精霊王は、悪しき精霊を捕らえるための道具が悪用されたことに相当お怒りで、被害者が精霊である以上、罪人は精霊界で精霊の掟によって裁かれるべきとお考えである』

「水の精霊様のおっしゃることは一理ある。だが、精霊を恐れ敬うべき者であると人間が再認識しなければ、形は違えど精霊を利用しようとする者が再び出てくるかもしれない。どうだろう、明日、彼らを公開処刑場に連行する。そこで水の精霊様には姿を現していただき、精霊に害を為す者は精霊によって精霊の掟で裁かれることになると告げていただけないだろうか」

『なぜ我がせねばならぬのか』

「精霊の存在を信じない者が増えている今、本物の精霊をその目で見、その言葉を耳にすることが必要なのだ」

『見えないことは、ないのと同じ。それが今の人間ということか』

「残念ながら、そう考えるものが少なくない」

『おい、龍の子。今の話は本当か』

「そうですね。百聞は一見に如かずという言葉も、人間にはあります」

『よかろう。では明日、処刑場にて会おう。おい、龍の子、お前の家に帰るぞ』

「や、それは」

『騎士団に、アシュリーンからの手紙があった。事務官から、それをお前に届けて欲しいと頼まれた。いいから読め。それでも帰らぬのであれば、アシュリーンも一緒に明日、連れて行くぞ』


 ディアミドは目を閉じた。そして、ネイリウスから手紙を受けとった。


「我らはここから出る。龍の騎士団長、お前はここですぐに手紙を読んでやれ」


 国王の言葉に、会議の参加者が一斉に立ち上がって部屋を出て行った。


「いいか、かの娘を悲しませるな」


 王の言葉を重く感じながら、ディアミドは手紙の封を切った。


・・・・・・・・・・・


 でぃあみど さま


 おげんきですか。あえなくて さみしいです。

 でぃあみどに あいたい。

 もう わたしは いらないですか。

 にんげんかいにきてから わたしにやさしくしてくれたのは ねいりうすと でぃあみどだけでした。

 でぃあみどの やくにたちたいと おもっていたけど わたしがいらないなら でていきます。

 わたしは でぃあみどとわらえるなら いちねんでしんでも かまわないよ。

 いちねん せいいっぱいいきて でぃあみどのあかちゃん うみたいよ。

 ちゃんと でぃあみどのくちから でぃあみどのきもちを ききたいよ。


 わたしは でぃあみどが だいすき。あいしている。

 だから、かえってきて。


 あしゅりーん


・・・・・・・・・・


読んでくださってありがとうございました。

いいね・評価・ブックマークしていただけるとうれしいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ