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龍の騎士団長の花嫁は、1年後に死ぬことになっている【連載版】  作者: 香田紗季


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12 アシュリーン、誘拐される

読みに来てくださってありがとうございます。

アシュリーン視点は明日でした。ごめんなさい。

今日はトマスたちフィーンヒール家の視点です。

よろしくお願いいたします。

 時は、シアルの地にあるフィーンヒール家の邸を、龍の騎士団が襲撃した日に遡る。


 トマスは遠くから黒い龍が邸に近づいてくるという使用人からの知らせを受け、直ちに長男のオーエンを呼び出した。


「どうやら龍の騎士団が動き出したようだ」

「では……」

「ああ。わしは死ぬかもしれんが、お前だけでも逃げるんだ。この『精霊の指輪』を守り抜け。そうすればどこでも再起できる」

「父上……」


 トマスは自分の指から「精霊の指輪」を抜き取ると、オーエンの右手の親指にその指輪を嵌めた。行動力やリーダーシップを高めるとされる指に「精霊の指輪」を嵌めることで、オーエンが事実上フィーンヒール家の当主になったことを伝えたのだ。


「オーエン! すぐにここから逃げるんだ」


 その瞬間、雷がすぐ近くに落ちたかと思うような音がした。


「何だ?」


 窓から外を覗いたトマスは、黒い龍がアシュリーンを隠している小屋の上空にいるのに気づいた。


「まずい、アシュリーンを連れて行かれる! 連れ出せ!」

「ですが、既に周辺に騎士たちがいます!」


 トマスが廊下に出ると、使用人が血相を変えて走ってきた。


「旦那様、龍の騎士団が来ています!」

「押し返せ!」

「無理です! この邸に置く使用人をわずかにしたのは旦那様でしょう!」


 トマスは一呼吸考えると、捕らえている精霊たちに防御を命じようとして、諦めた。今いる精霊の中で防御に使えそうなのは水の精霊ネイリウスだけ。だが、ネイリウスは今日、シアルの端にある乾燥地帯に水をまきに行かせて、先ほど力を使い切って帰ってきたばかりだ。


 どいつもこいつも使えない。あの風の精霊の子がもう少し大きければ。


「いたぞ!」


 遠くから龍の騎士団の騎士たちがトマスを見て叫んでいる。どうやら逃げることはできないようだ。


「オーエン。おそらく我らは王城の地下牢に収監されるだろう。ネイリウスの力が戻ったら『隠蔽』させて逃げろ。それまでは、おとなしく奴らに従うんだ」

「ですが、父上たちは……」

「お前さえ生き延びればいい。母上や弟たちには言うな。お前が逃げるチャンスを潰されるかもしれないから」

「分かりました」

「逃げたら、アシュリーンの居場所を探し、捕まえろ。アシュリーンとネイリウスさえいれば、フィーンヒール家はどこに行ってもやり直せる」

「分かりました。必ず」


 騎士たちが到着すると、トマスとオーエンはおとなしく囚われた。他の精霊たちは諦め、ネイリウスだけ連行させた。力を使い果たして姿を隠すこともできず、倒れたように眠っていたせいか、騎士たちからはネイリウスがただの病人に見えたらしい。ネイリウスが何者であるかと聞かれることなく一緒に箱の中に入ることになった。


 龍を目の前にすると、その巨大さに体が震えた。箱のようなものに入れられ、騎士たちと一緒に王城に運ばれた。そして地下牢に収監され、取り調べを受けた。


「ところで、あなたはなぜ精霊から力を奪うという手段を思いついたんだ?」

「……」


 黙秘を続けるトマスに、取調官が「使用人たちの証言もある」と告げたが、それでもトマスは黙秘した。黙秘し続ければその分時間を稼げる。時間が経てば、ネイリウスの力も戻る。オーエンを逃すために、トマスはギリギリまで黙秘して粘った。


「他の者からの証言は全て取れた。お前の妻も喋った。黙秘してももう無駄だ。近日中にお前の刑が決まる。協力的であれば、減刑された可能性もあったのに」


 これ以上は無理か。


 取調官が立ち去った後、オーエンがトマスを小さな声で呼んだ。


「父上、あいつが復活したようです。呼びかけに応じました」

「そうか、間に合ったか」


 トマスはネイリウスを呼び出すようにとオーエンに命じた。そして、半透明の姿で姿を表したネイリウスに告げた。


「気づいているだろうが、お前の主はオーエンに代わった。これからはオーエンに尽くせ」


 既に指輪の力を持たないトマスを、ネイリウスが襲おうとした。


「止まれ、ネイリウス」


 金縛りに遭ったように動けなくなったネイリウスが、歯ぎしりして悔しがっている。


「では、行け」

「父上……さようなら」


 オーエンはネイリウスに命じた。


「俺の姿を隠せ」

『……』


 ここまでの親子の会話は全て密やかに行われた。指輪の力で隷属させられているネイリウスの力が発動し、オーエンの姿は水に囲まれ、水が水鏡となって結界のように外からの光を遮断する。中からは見えるが、外からは中が見えない。オーエンの姿が見えなくなったところで、台本通りにトマスが叫んだ。


「おい、看守! わしの息子はどこへ行った!」

「なんだ? どうした?」

「ついさっきまでオーエンがいたのに、突然消えたんだ! 何が起きたんだ!」


 慌てた看守が掌錠で鍵を開けて中を調べ始めた。掌錠とは、指紋認証のようなものだ。姿を隠したオーエンは入れ替わるように扉から外に出ると、外から扉を閉めた。中からは一切開けられない仕組みなので、看守は牢の中にしっかりと閉じ込められたことになる。出る間際に首の後ろに手刀をたたき込んで看守を気絶させておくことも忘れない。


「さて、我らの姫様(アシュリーン)のところに行こうじゃないか」


 ネイリウスの「隠蔽」は、完全に姿を消すものではない。陽炎が立っている時のように、空間が不自然に揺らめいている。トマスは、その揺らめきが遠ざかるのをじっと見送った。


 これでいい。


 トマスは目を閉じた。最初は水不足で農作物が実らず、飢えと貧困に苦しむ領民たちを救うために、怪しげな商人が売り込みに来た「精霊の指輪」をなけなしの金で買った。それ以来、いろいろなことがうまくいった。国王からも信頼され、富と力を得た。いつの間にか、欲張りすぎていたのかもしれない。


 自分自身は必ず死刑になるだろうとトマスは確信している。領民が豊かになったのであれば、いい。力を持つ精霊から力をもらって何が悪いと今でも思っている。


 逃げ延びてくれ。


 トマスは横になった。初めて、この牢でゆっくり眠れそうだと思った。


・・・・・・・・・・・


 王城で出入りを見張っている衛兵たちや通りすがりの侍女や使用人たちの横を堂々と通り過ぎ、オーエンは龍の騎士団に侵入した。アシュリーンを運んで行ったのは龍の騎士団長だ。龍の騎士団に行けば、アシュリーンの行く先がつかめるはず。


 その頃、龍の騎士団本部では騎士団員たちが訓練をしていた。何か情報はないかとふらふらしていたオーエンは、耳に飛び込んできた言葉に反応した。


「龍の騎士団長が、とうとう花嫁を迎えたなあ」

「シアルから連れてきたあの可愛い子だろう? 陛下が直接話を付けたって聞いたが」

「龍の騎士団長の邸に行ってから随分元気になって、龍の騎士団長がデレデレしているとコルムが言っていたな」

「でも、ドラガン家の花嫁って言ったら……」

「1年後には死ぬって、あれか? それも納得して、あのお嬢さんは了承したらしいぜ」

「はあ、あんな可愛い子に命がけで愛されるなんて、羨ましいな!」

「お前は無理だろ」

「お前こそ!」


 オーエンはその娘がアシュリーンに間違いないと思った。そして、このままではアシュリーンが1年後に死ぬことになると知り、動揺した。なんとしてもアシュリーンを助け出し、ネイリウスと3人でやり直さねばならないのだ。


 急いでドラガン家の邸に行かねば。


 オーエンは龍の騎士団の厩舎に忍び込むと、馬を一頭盗み出した。そして、ドラガン家の邸に向かった。


「ネイリウス、アシュリーンがどこにいるか、分かるか?」


 ネイリウスが馬の額に手を乗せると、何の指示をしなくても馬は道を進んでいく。人々はどうして乗り手のいない馬が町中を歩いているのかと、逃げるように道を空けてくれる。実に歩きやすい。オーエンはまるで自分が王にでもなったかのように感じながら、馬の背に揺られていった。


 やがて馬は、ある邸の前で止まった。高い塀に囲まれ、巨大な門柱が、これまた巨大な門扉を支えている。オーエンは、これが本当の金持ちの家かと仰天した。


 馬から下りたオーエンは、ドラガン家の壮大で歴史を感じさせる邸に少々びびりながら、姿を隠したまま、静かに門をくぐった。門番は何らかの違和感を感じたようで周囲をキョロキョロと見ているが、水の精霊の力で姿は見えない。


「それでも気配で気づくって、そこはさすがに天下のドラガン家に仕える者だけのことはあるな」

『……』


 ネイリウスが話しているところを、オーエンは見たことがない。水色の髪に瑠璃色をした瞳。人外の美貌をもつこの精霊は、いつも憎々しげにフィーンヒール家の者を睨み、アシュリーンを気の毒そうに見つめていた。


「いいじゃないか、お気に入りのアシュリーンを取り戻せるんだぞ?」


 ネイリウスは心底不快だという顔をした。


「何だよ、お気に入りじゃないのかよ」


 物心ついた時から、オーエンの傍には水の精霊がいた。オーエンにとって水の精霊は便利な道具であり、その力はフィーンヒール家にとってプラスに働くことはあっても、フィーンヒール家の者を傷つけることはないと思っている。「精霊の指輪」を持ってしまったことで、精霊の力を正確に理解せず、精霊をただ軽視し、己にとって都合のよい存在としか思っていないオーエンにとって、ネイリウスの態度は許すべからざるものであった。


「感電」


 オーエンの言葉と同時に、ネイリウスの体に小さな雷が流される。苦痛に顔を歪めるネイリウスに、オーエンは口を歪めて言った。


「僕の言うことを聞かないといけないって言ったよね」


 憎しみのこもった目から視線を逸らしたオーエンは、ようやく辿り着いた邸の扉の前で立ち尽くした。


「無駄に大きな扉だな」


 だが、自分の手で開けることはできない。そんなことをすれば進入に気づかれる。オーエンとネイリウスはそろそろと壁伝いに進み、使用人用の入り口に到達した。ちょうど洗濯メイドたちが入るところだったので、最後のメイドの後ろについてすっと中に入り込んだ。


「アシュリーンの部屋はどこかな」

 

 歩いて行くと、いい匂いがした。匂いに釣られて辿り着いた先には厨房があった。キッチンメイドが、明らかに上等で女性が好みそうな茶菓子を用意している。オーエンは、このメイドに付いていけばアシュリーンの所に行くだろうと考えた。


 姿を消したまま、オーエンは静かにキッチンメイドのサーシャに付いていく。途中でサーシャが怪訝そうな顔をしてこちらを振り返った。オーエンはドキリとした。サーシャと目が合ったように感じられたのだ。だが、サーシャは首を傾げると、「なんだか気持ち悪いわね」とつぶやき、再び前に進んだ。


「アシュリーン様、サーシャです。午後のお茶をお持ちしました」


 ほら、やっぱり!


 オーエンはニヤニヤとしてネイリウスを見た。ネイリウスは苦虫をかみつぶしたような顔をしている。オーエンはキッチンメイドと一緒にアシュリーンの部屋に滑り込んだ。アシュリーンに会うのは1ヶ月ぶりだが、オーエンはアシュリーンの姿に釘付けになった。美しく整えられ、衣装も質のよいものを身につけている。薄化粧だが、それがまたアシュリーンの美しさを引き立てている。以前からアシュリーンに邪な気持ちを抱いていたオーエンは、ゴクリとつばを飲み込んだ。


「ありがとう。ゆっくりいただきますね」


 サーシャはワゴンをエーファに渡すと、エーファが手際よく紅茶を淹れ始めた。明らかにいい茶葉の香りがする。サーシャはそのまま部屋を出て行った。


「やっとお菓子を召し上がれるようになりましたね」

 コクコク。


 うれしそうに菓子を頬張るアシュリーンは、こんなにかわいらしかったのか。それなら、父の目を盗んで、もっと食べ物を運んでやればよかった。そうすれば、アシュリーンだって自分に懐いたかもしれない。


 オーエンはそんなことを考えながら、部屋の隅で息を潜めていた。やがてエーファがワゴンを廊下に出すため、アシュリーンの傍を離れた。


「今だ!」


 オーエンはエーファが廊下に出た瞬間に、内側から鍵を掛けた。突然乱暴に閉められた扉を見て、アシュリーンが不思議そうな顔をしている。オーエンはネイリウスに命じて、隠蔽を解いた。

 

「!!!!」


 オーエンを見つけたアシュリーンの目が、一瞬にして恐怖に染まった。


「随分ドラガンの若様に大切にされているようだな。僕たちがどんな目に遭っているのかも考えず、いい気なものだ」


 アシュリーンは逃げようとした。元々オーエンがやましい気持ちで自分を見ていることがあると気づいていからだ。だが、オーエンは精霊の指輪に命じた。


「アシュリーンの動きを封じろ」


 その瞬間に、アシュリーンは金縛りに遭ったように体が動かなくなった。指輪の力が発動したのだ。


「捕まえた」


 次いでオーエンはネイリウスに命じて水の檻を作らせた。そしてアシュリーンをその中に閉じ込めた。これでは逃げられない。オーエンとネイリウス以外には、檻の中のものを見ることも聞くこともできない。アシュリーンがどれほど叫んでも、その声が漏れることはないのだ。


「さあ、この檻を運んでくれ」


 ネイリウスが拒否しようとしてギリギリと歯ぎしりするが、体は勝手に動いてしまう。腕をかざせば、水の檻は空中に浮き上がった。


「全く便利なものだよな」


 その時、異変に気づいて外から解錠したエーファが、慌てた様子で扉を開けた。オーエンとエーファの目が合った。エーファが、「侵入者発見!」と叫び声をあげたが、オーエンは水の精霊に再び隠蔽を命じた。エーファの目の前でにやりと笑ったオーエンは次の瞬間、姿を消した。


「アシュリーン様が拐かされました! 大至急若様に連絡を!」


 邸の中が騒然となり、王城へと使いが馬を走らせる。オーエンは誰にも見つかることなく、アシュリーンとネイリウスを連れて、悠々とドラガン家を出て行った。


読んでくださってありがとうございました。

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