11 怒りの咆吼
読みに来てくださってありがとうございます。
よろしくお願いいたします。
『そう言えば、春の娘は元気か』
突然火の精霊に声を掛けられたディアミドは、何のことかと聞き返した。
『春の娘だ。お前が抱きかかえて連れていっただろう?』
「アシュリーンのことか? 彼女は春の精霊なのか?」
『あの力も外見も、春そのものではないか』
「外見? あのペールピンクの髪の毛と明るい黄色の瞳の色は、春の精霊の色なのか?」
『春の花の色をしているだろう?』
「そうなのか。精霊教会以外の人間は、精霊の力や外見についてよく知らないのだ」
『龍の子なのに?』
「受け継いでいるのは力だけで、知識はあとから自分で得るものだからな」
『そういうものか。それで、あの娘は元気なのだな?』
「ああ、指輪の力で声を封じられているようだが、少しずつ食べられるようになってきた。最近は絵本を使って文字を習い始めている」
『そうなのか。それだけか?』
「何だ、他に何があるというのだ?」
『お前から、あの娘の力を感じる』
「アシュリーンの?」
『ああ。まるでお前の守護精霊であるかのように、お前を悪しきものから守る力が薄らと掛けられている』
「アシュリーンが掛けてくれたのか」
『契約したのか?』
「いや、ドラガン家の花嫁になると言ってくれて、俺の邸にいる」
『手を出したのか!?』
「いや、まだだが」
『あ~なんだ、その、あの娘は他の精霊からも好意を寄せられていたはずだぞ』
「アシュリーンはそんなこと、一言も言っていなかったが」
『届いていなかったんだな。彼女を救い出したあの日、確かに他の精霊の気配を感じたのだが……本人が気づいていないのなら、いいんだろう、うん、そういうことにしておこう』
「……どうかしたのか?」
『いや、こちらの話だ』
大きくて頑丈な鉄の扉が目の前に現れた。
「ディアミド・ドラガンだ。精霊教会より派遣されたシェイペルの民と火の精霊殿を、窃盗と精霊誘拐並びに虐待の罪で取調中のフィーンヒール家の者たちを調べるためにお連れした。開けよ」
ディアミドの声に、扉が開かれた。ここから先は、重大な罪を犯した貴族と取調中の貴族たちが収監されている。城の中でも管理が厳しい場所の1つだ。王が門のすぐ傍に作られた待機室から出てきた。
「尋問するのなら、余も同行した方がよかろう」
「ありがとうございます、陛下」
「それでは、まずはトマス・フィーンヒールの所にご案内します」
案内役が前を歩き始めた。歩きながら火の精霊は口元を覆った。
『人間の悪意が振りまく、ひどい臭いだ。デュラッハ、問題ないか?』
『お前が保護してくれているから、悪意は感じるが穢れは受けていない』
『もし保護の力が薄れたらすぐに言え。お前を穢れに触れさせるわけにはいかない』
『ありがとう』
ディアミドは、デュラッハと火の精霊の関係が羨ましいと思った。互いに力を出し合う同志のような関係は、ディアミドが心の底から渇望しながらも得られなかったものだ。副官のコルムは言いたいことが言い合える存在ではあるが、何かあるとすっと一歩下がってしまう。よく言えば弁えている。だが、見えない壁を一瞬にして作られたような気がして、ディアミドの心は拒絶されたと凍る。邸の使用人たちも同じだ。
たった1人。
寂しくないといったら嘘になる。そうやってこれからも生きていくのだと思っていた。それが、アシュリーンとの出会いで世界が変わった。今は一秒でも早くアシュリーンの元に戻って、己の印を額に浮かべたその姿を見たい。
「こちらです」
トマス・フィーンヒールは床に座ったまま、じっとこちらを見ている。
「デュラッハ、どうだ?」
デュラッハが懐中時計のように聖道具の位置を示すコンパス様の道具を取り出して、その針の指す方向と太さを見る。
『ここに反応はない。指輪はここから少しずつ離れているようだ』
ディアミドの前に、王がトマスに声を掛けた。
「トマス・フィーンヒール。お前は『精霊の指輪』を持っていた(・)ことを認めるか?」
「……」
あくまで黙秘を貫くつもりらしい。ディアミドが口を開いた。
「アシュリーンは力を搾り取られなくなったことで、少しずつ健康を取り戻している。悔しいだろうな、二度と『フィーンヒールクリスタル』を作れないのだから」
だがトマスは意味ありげににやりと笑っただけで、何も話そうとはしない。証拠の品となる指輪がここになければ「持っていない」と言っても嘘にはならない。
ディアミドは、先日息子のオーエンが脱獄したとの知らせを受けたことを思いだした。もし、指輪をオーエンに託してあり、オーエンが他人から姿が見えないようにする何らかの力で逃げ切れたなら……フィーンヒール家は再び「精霊の指輪」の力を使っていまだ指輪の支配下にあるアシュリーンを取り戻し、富と力を手にすることができるようになるだろう。
嫌な想像を振り払うと、ディアミドはやり方を変えることにした。
「お前の息子が脱獄した。追っ手がかかっているから、捕まるのは時間の問題だろうな」
わずかに表情が歪んだが、それでもまだ話さない。
「こちらには、聖道具のありかを示す聖道具がある。だから、指輪がここにないのはわかっている。何が言いたいか分かるか? 脱獄したお前の息子が指輪を持ちつづけている限り、我々はお前の息子の居場所がいつでも追えるということだ」
「そんなはずはない! そんな道具があるとは聞いていない!」
「それがあるんだよ。今、お前の息子は……」
ディアミドはデュラッハが見せてくれたコンパス型の聖道具の針をのぞき込んだ。
「ここから5キロ以内の、南の方角に進んでいる……?」
王城から5キロほど南と読んだディアミドは突然、嫌なものを感じた。4キロほど南には、ディアミドの邸がある。龍に姿を変えるため、広大な敷地を必要とするドラガン家の祖先が選んだ土地が都の南の外れだったのだ。
「なぜ俺の邸の近くに?」
ディアミドは、嫌な予感に心拍数が上がる。
「龍の騎士団長殿、緊急の連絡が入っております」
衛兵が副官のコルムを連れて走ってきた。コルムはディアミドの間に立つと、息を切らせたまま継げた。
「邸から、花嫁様が誘拐されたとのことです!」
「アシュリーンが?」
デュラッハと火の精霊の顔がこわばった。
「犯人の目星はついているのか?」
「エーファ殿の証言によれば、オーエン・フィーンヒールで間違いないとのことです」
「なぜ息子だと分かるんだ? 証拠のねつ造か?」
口を歪めて笑いながら、トマスがディアミドとコルムを見て言った。ディアミドは努めて怒りを抑えながらトマスに告げた。
「ドラガン家の使用人にはフィーンヒール家の者の顔を記憶させたからだ」
王はアシュリーンが誘拐されたと聞いても全く動揺せず、もう1つの罪について問いただし始めた。
「お前の長男が、見張りを立ててあったにもかかわらず逃げたということは……水の精霊辺りの力で隠蔽の術でも使ったか」
「さあ? 私には分かりかねます」
「ほう。実はな、他家から盗難被害にあったと届け出があった品が、なぜかお前の邸からゴロゴロ出てきた」
「存じません。全て購入したものでございます」
「業者は?」
「さあ? 決まった業者ではなく、流れ者から買っておりましたので」
「窃盗の被害は全て、お前が邸を訪問した直後に発覚しているのだが」
「偶然でございましょう」
話を聞いている内に、ディアミドは苛々してきた。早くアシュリーンを助けに行きたいのに、王はそのことを忘れて尋問に入ってしまっている。そんなディアミドの様子を見たトマスは、くつくつと押し殺した笑いが聞こえた。
「わしは何も話さない! 話さないからな!」
まるで自分の勝ちだと言わんばかりのトマスの態度に、ディアミドの中で紙1枚ほどの薄さで押しとどめられていた理性が弾けた。
ディアミドはぶち切れた。しらを切り続けるトマスの前で周囲をめちゃめちゃに壊しながら巨大な黒い龍の姿になると、自分の鼻とトマスの鼻が触れるほどの至近距離で思い切り咆哮した。その声の恐ろしさと、口から覗く牙と、音量と……ディアミドは、恐怖のあまり失禁して気絶したトマスを置いて空に舞い上がった。
王はやれやれと一言つぶやいてから、失神しているトマスとそれ以外の収監者を別の地下牢に入れるようにと告げ、周囲を見回した。
うん、ちょっと焦らしすぎた。これはドラガン家には損害賠償請求できないな。
デュラッハと火の精霊が呆気にとられているのに気づいた王は、2人に「とりあえずきれいなところへ移動しよう」と声を掛け、そのまま外に出られそうではあるが、案内人に扉の方へ案内させた。
あ、そうだ、これもフィーンヒール家の賠償対象にしておこう。
王は脱走防止のために案内人なしでは歩けない、迷宮のような地下牢の通路を歩きながら考えた。
ドラガン家の花嫁に手を出したんだ。ちょっとやそっとの罪ではないぞ? 覚悟しろよ?
ワインの醸造成功によって、ドレイギーツの国家財政を圧迫していた輸入ワイン代が浮くようになり、またフィーンヒール家が治める税の額が大きかったこともあって、王はトマス・フィーンヒールを優秀な領主として評価していた。だが、それは春の精霊を犠牲にして得たものであった。それ以外にも精霊たちが捕らえられていたようだが、人間を恐れて姿を隠しており、捕らえられていた精霊がどれほどいたのか、正確な状況把握すらできずにいる。
王は自分が裏切られたことにも怒っているが、孤独だったディアミドがようやく心を開き始めた大切な花嫁を誘拐したことにも怒っていた。花嫁を奪われたディアミドが激高するのは当然だ。
意識を飛ばしたトマスたちは、貴族用ではなく、外国スパイなどを取り調べるために作られた別の地下牢に放り込まれた。目の前には拷問道具がある。国民に対しては拷問を禁じているが、外国スパイはその限りではない。外国と通じた者も同様である。
牢の中で意識を取り戻したトマスたちは、国王が全て知っているのだと気づいた。トマスの妻が下の息子たちと金切り声を上げている。トマスは拷問道具を手に取ってこちらに近づいてくる官吏を見つめて、喉をゴクリと鳴らした。自分はここで死ぬことになるだろうが、あの指輪があるかぎり、フィーンヒール家は繁栄すると信じている。オーエンがうまくやれば、の話ではあるが。
読んでくださってありがとうございました。
次回、アシュリーン視点に戻ります。
いいね・評価・ブックマークしていただけるとうれしいです!




