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氷原の娘は、半妖精の師匠と世界を歩くことにしました  作者: 銀月
1.戦士になりたい、のに

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野伏と相棒

 エリサもヴァロを真似て目を凝らしてみるが、どこに嵐の予兆が見えるのか、全然わからなかった。けれど、ヴァロはたしかに嵐が来ると言う。

 今日は珍しく晴れていた。しかし、氷原の天候は秋が深まり冬が近づくにつれてに荒れやすくなるものだ。もちろん、そのことはエリサも知っている。そろそろ秋の嵐が頻繁になってもおかしくない季節だということも感じている。


「嗅いでごらん。空気の匂いがいつもと違うだろう? これは水で湿った匂いだよ。それに、風も少しずつ強くなってきた」


 言われてエリサも鼻をひくつかせた。たしかに、いつもより風が湿っているように感じる。


「まだそこまで冷たい匂いではないから、雪にはならないだろう……といっても、秋の嵐は長く続くこともある。今から用意をしよう。雪熊は後回しだ」


 この時期の嵐は、下手をすれば数日続くこともある。

 エリサには野営で嵐をやり過ごすのはまだ難しいだろうと、ヴァロは一番近い燃料小屋へと先導した。岩場の影になるように作られた燃料小屋は、こういう時の避難場所にもなるのだ。




「水を汲むのは私がやろう。エリサは小屋の中を整えて、暖炉に火を起こしておいてくれ。フロスティは獲物を頼むよ」


 エリサはすぐにヴァロの指示に従って動き出す。フロスティも、もこもこの太い尻尾を一振りだけしてすぐ狩りに出てしまった。

 エリサには、フロスティがどうしてヴァロの言うことがわかるのか、いつも不思議だった。まるで、言葉が通じているかのようだと。


 小屋の中は、三人くらいが横になると床全体が埋まってしまうほどの狭い部屋だった。軽く埃を払い、小さな暖炉の中を掃除して、燃料庫からよく乾いた泥炭をいくつか運んで、横に積んでおく。とりあえずはと、二日分くらいの量だ。

 それから、手持ちの小枝と枯れ草を使って火を起こし、泥炭に移す。


 その間に、ヴァロは小屋の中にある水甕を抱えて、近くの泉から水を汲んだ。近場といってもそれなりに歩く。水瓶は全部で四つで、どれもヴァロが抱えるほどの大きさだ。結構な重労働である。

 それでも、日が暮れる前にはすべての準備を整えられた。

 フロスティが持ち帰った雪兔も、きれいに捌いて戸口のそばに吊るした。


 日が暮れる頃になると空はすっかり陰り、氷原を渡る冷たい風の勢いは増していった。氷のように冷たい雨が小屋の屋根を叩く。

 どこにも雨漏りがないことを確認して、ヴァロはようやく息を吐いた。

 小さな暖炉に乾いた泥炭をくべながら外の様子を伺えば、外はかなりの暴風雨になっているようだった。

 時折、隙間から吹き込む風が、身を切るように冷たい。


 冬はまだだと思っていたけれど、この冷たさなら雪が舞うのもさほど遠くないだろう。激しい風雨の音に首を竦めて、エリサはそんなことを考える。


「エリサ、こっちにおいで」


 ヴァロに呼ばれて、エリサは顔を上げた。


「今夜は冷えそうだ。フロスティにくっついて寝るといい」

「ヴァロさんは?」

「私もそうするつもりだ。ただし、火の番は交代でやるから」

「はい」


 先に寝るといいといってヴァロはフロスティの横を空けると、フロスティも、おいでと呼ぶようにごろりと横たわった。

 しっかりとマントと毛布にくるまったエリサは、まとめたほかの荷物を枕に横になり、背中をぺったりとフロスティのお腹にくっつけた。ゴロゴロと鳴るフロスティの喉の音に、誘われるように目蓋が落ちる。




 夜半過ぎにヴァロに起こされて目を開けると、外は吹き荒れる風の音だけが聞こえる真っ暗闇だった。


「この調子じゃしばらく続きそうだね。火の番を頼むよ。泥炭は十分あるから、あまり冷えるようだったら少し多めにくべてもいい」

「はい」


 エリサと交代で、ヴァロはすぐにごろりと横になった。

 寝転がったままのフロスティは薄目を開けてそれを確認すると、フンと鼻を鳴らしただけですぐにまた目を閉じる。


 ここにため込まれた泥炭の量は十分だった。乾き具合からして、だいぶ前に切り出したものもあるようだ。

 この周辺にはたいしたものがない。“谷”の男でも、狩りで獲物を追ううちにもしかしたら来るかもしれないが……というくらいには辺鄙な場所だ。

 だから、小屋を使う者もほとんど居なかったんだろう。


 時折、ゴオッと大きな音がして、小屋の鎧戸がガタガタと鳴った。

 エリサは首を竦めて音をやり過ごし、それから窓の鎧戸がしっかり閉まっていることを確認すると、また火の番に戻る。

 ひとりでこの嵐をやり過ごさなきゃいけなかったら……と想像して、エリサはどうしてヴァロがフロスティを連れているのか、わかったような気がした。

 ひとりきりじゃ、きっと氷原は広すぎるし夜は長すぎる。




 そこからは二日ほど籠もらなければならなかった。

 フロスティはその間に一度だけ外に出たが、さすがに獲物は見つからなかったのか、すぐに帰ってきた。

 嵐の過ぎ去った空は、北の地には珍しく雲ひとつなく晴れ渡っていた。


「フロスティ? 何を拾ってきたんだ」


 ようやく外に出られたと、ヴァロとエリサは大きく伸びをして身体を動かす。

 そこに、ふらりと姿を消したフロスティが、ヒヨヒヨか細く鳴く灰色のもこもこした塊を咥えて戻ってきた。

 得意そうな顔をするフロスティから、ヴァロが呆れ顔で塊を受け取る。


「氷原鷹の雛か」

「え?」


 力なく鳴き続ける塊からひょこりと顔が出て、餌をねだるように大きく口を開けた。お腹が空いているのだろう。

 氷原鷹は、山に近い地域で見られる、白を基調とした羽根色の中型の猛禽だ。よく通る鳴き声が谷まで聞こえることもあった。

 大きく立派な風切り羽が、長や神子の持ち物を飾ることも多い。


「巣から落ちたか飛ばされたかで、親とはぐれたってところだろう。親がいたら、フロスティを寄せ付けなかっただろうしね。

 ……大きな怪我はないようだ」


 鳴き続ける雛鳥に、ヴァロは腰から小さなベリーを取り出した。鷹の食べるものと言えば肉じゃないのかと、エリサは不思議そうにヴァロを見詰める。


「ヴァロさん、これは?」

「野伏が作る“癒やしの実”だよ。緊急時のための食料で、これひとつで一日動けるくらいに腹を満たせるんだ。

 本当なら氷原鷹の雛には肉を与えるものなんだけど、こいつはだいぶ弱っている。まずは消化のいいものを食べさせないといけない」


 ヴァロは大きく開いた雛の口に、小さなベリーの果汁を絞った。

 ひとしずく、ふたしずく、と口に垂らし入れた果汁を、雛は小さな舌を動かして、啄み舐め取るように飲み込む。

 それだけで満足したのか、雛は目を細めて首を縮め、丸くなった。


「そうだな……これから、エリサがこいつの世話をしてやるのはどうかな」

「私が?」

「きっと、エリサのいい相棒になってくれるよ」

「相棒……フロスティみたいな?」

「そう。君が一人前になる頃にはこいつも立派な氷原鷹だ。氷原鷹はとても目がいいし狩りも上手な鳥だ。君の大きな助けになるだろう。

 相棒にするなら、君が名前を付けてあげるといい」

「名前……」


 氷原鷹は氷原でいちばん強く勇敢な鳥だと言われている。弓の届かない空の高みを悠々と舞う立派な鳥が、今は灰色でこんなにふわふわで……。


「ええと、ミュクト(やわらかい)……は、ちょっと違うから……グラート(灰色)?」


 (グラート)はおもむろに頭を上げると、返事をするように小さくヒョーと鳴いた。


「どうやらグラートに決まりだね」


 肯定するようにヒヨヒヨ鳴いて、グラートはさらに餌をねだるように嘴をパカリと開けた。

 どうしたら、という顔で見上げるエリサに、ヴァロは思わず笑ってしまう。


「こいつはとんだ食いしん坊らしい。凍った肉の残りがあっただろう? あれを解かしてあげたらどうかな」

「はい!」


 小屋の入り口につるしたままだった雪兎の肉を削いで、エリサが手で温める。

 柔らかく解けたところで雛の口元に寄せると、勢いよく食いついてごくりと飲み込み、すぐにまた次をねだった。


「こんなに元気で食欲があるんだ。きっとよく育って立派な氷原鷹に育つよ」

「そうかな。大きくてつよい鷹になるかな」


 羊の放牧場で見上げた、空の高みを舞う氷原鷹の姿を思い返しながら、エリサはグラートのふわふわした身体をそっと撫でた。


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