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これから

 パルヴィは“町”の長イェルハルドの妻になった。

 だが、他の四人の立場は宙ぶらりんのままだった。


「私たち、どうなるのかな」


 イェルハルドのはからいで四人とも大地と豊穣の女神(地母神)の教会に預けられたが、それだけだ。いちおう、ここで文字と“町”の常識を教えてもらうことにはなっているが、その後のことはわからない。

 もともと、全員がイェルハルドの妻となるのだと思っていたのに、彼が「妻はひとりで十分だ」と言って憚らないがゆえの現状だった。


 よくよく聞けば、“町”じゃ妻はひとりしか持たないものなのだというし、他の“町”の重鎮たちも妻帯しているというし、だったら四人は誰の妻になればいいというのか。


「君たちがやりたいと思うことをすればいいよ。そもそもまだ結婚するには早い年齢なんだ。これからのことはこれからゆっくり考えて、結婚も、自分がいいと思う相手とすればいい」


 イェルハルドはそう言うけれど、“谷”出身の娘たちにはその何もかもがいまひとつ理解しがたいことばかりである。


 氷原の民にとって、娘の去就は家長が決めることだ。誰に嫁がせるかどうかも家長の胸三寸で決まるのが当たり前だ。そこに娘自身の希望はない。

 ゆえに、イェルハルドが四人の後見となった以上、責任持って全員の嫁ぎ先を決めるのが妥当というものである。

 なのに、後見であるイェルハルドが、娘たちは誰の妻になればいいかを決めもしないどころか、自身で選んで決めればいいと言う。


「早く嫁がないといけないのに、ゆっくりって……」


 パルヴィに聞いても、「旦那様がそれしか言わないし」だった。

 そもそも「いいと思う相手」と言われたところで、“町”のどの男が強いかなんて知らないし、どこに行けば強い男に会えるかもわからないのに、どうすれば良いというのか。


 そうやって未来に対する不安を抱えながら教会で過ごしていると、冬が来る直前に、南の大きな“町”から“神官先生”がやってきた。“神官先生”ノエは太陽と生命の神の偉い神官であり、“町”に施療院を開くために招かれたのだという。


 このあたりでは、毎年冬になると酷い感冒が流行る。

 だが、その感冒を診られるのは、ちょっとした薬草を扱える薬師と、地母神教会のマルガレテ司祭くらいしかいないため、流行期になってしまえば、患者をなるべく温かくしてひたすら寝かせるくらいの対応しかできない。

 “町”の長として、その状況をなんとかしたいと常々考えていたイェルハルドが、ようやく戦いも終わって落ち着いた今、太陽神の神官ノエを、この地での教会と施療院建立その他できる限りの融通を利かせることを条件に招いたのだ。


 ちなみに、ノエはイェルハルドの知己であり、かつて南の“深淵の都”の魔術師教会(ウィザードギルド)で働いていた頃には、協力しあってあれこれの研究を進めていたのだとか。


 「施療院」なんてものがあると初めて知った“谷”の娘たちも、パルヴィからの又聞きという形であれこれ話を聞いた。


「施療院て、病気とか怪我を治すところなんだって」

「お薬がたくさんあるの?」

「神官先生は薬草にも病気にも詳しくて、どんな病気や怪我でも治して丈夫にできるんだって」


 パルヴィが、イェルハルドに聞いたことをそのまま伝えると、四人のひとり、ヘルッタがじっと考え込んでぽつりと呟いた。


「――何をしても良いなら、私、神官先生の弟子になりたい。領主様はいいって言うかな?」

「ヘルッタ?」

「病気がなんでも治せるようになれば、ヨニ()の病気を治して身体を強くすることもできるでしょう?」


 ヘルッタの幼い弟は身体が弱く、すぐに寒さにやられて熱を出してしまう。

 このまま“強く”なれなければ……体力と力を付けて戦いの(すべ)を覚えられなければ、“役立たず”の烙印を押されてしまう。

 “役立たず”は、冬に“谷”の外へと出され、“女王”の試練を受け、生き延びて「己の強さ」を示さなければならない。

 そうして一度試練に出された者は、自力で死ぬことなく氷原の冬を越して「強さ」を示さなければ、“谷”に戻ることはできないのだ。


 ヘルッタは、なんとかして、弟の身体を強くしなければならないと、いつも――“谷”にいた頃も、“町”に来てからもずっと考えていた。

 偉大な魔術師である“町”の長の妻になれば、もしかしたらそのすごい力でヨニを強くしてくれるかもしれない、なんてことまで考えていた。


 けれど、イェルハルドは「妻はひとりでいい」と、自分を妻にしてくれなかった。妻でないなら、そんなお願いはできない。

 だが、ほんとうに「自分がやりたいことをやっていい」なら、ヘルッタが神官先生の弟子として、医術や薬学を学んでもいいはずだ。そして医術や薬学があれば、弟の身体から病魔を追い出して丈夫にすることだって、きっと可能だ。




 結論から言うと、ヘルッタは神官先生の弟子になれたし、なんなら神官先生と婚約すら結んでしまった。

 もちろん、そのどちらもイェルハルドは了承している。

 そのヘルッタの弟子入りと婚約で、娘たちは皆「自分が思うとおりに、決めたとおりにしてもいい」という言葉がほんとうなのだと、ようやく実感を持てた。


「それなら、私は“町”でいちばん強い男の妻になりたい」


 ヘルッタに勇気づけられて、アイニはそう決める。もちろん「“町”でいちばん強い男」はアイニ自身で見つけるのだ。

 タラーラは、このままこの地母神教会で、「大地と豊穣の女神」の司祭に弟子入りしたいと決めた。

 それならエリサも……。


「私、強くなりたい」

「強く?」

「“女王”は女は武器を持ったらだめだって言ってたけど、もう、私、“町”の民でしょう? それなら、自分で剣を持って、強い戦士になってもいいよね」

「強い男の妻になるんじゃだめなの?」

「だって、妻になっても息子が産めなかったらだいじにされないでしょう? 私の母さんは私しか産めなくて、ずっと肩身が狭かったんだよ。

 だったら、自分で強くなって、自分で生きられるほうがいい」


 アイニが「そっか」と笑う。


「エリサが決めたのなら、それでいいと思う。だって、領主様は、自分がやりたいと思ったことをやっていいって言ったんだし」

「そうね。それに、“町”は結婚のことも……するもしないも自分で決めていいみたいだし、エリサが思うようにやればいいと思うわ。私は応援する」


 タラーラも笑って頷いた。“谷”を出たときすでに「嫁き遅れ」であることを気にしていたタラーラは、“町”では全然嫁き遅れの年齢ではないと言われて、気が抜けたのだそうだ。

 五人の中でも一番の年長だということもあり、皆を引っ張って守らなければと気負っていた部分も大きかったのだという。


 何はともあれ、アイニとエリサはふたり連れだって訪れた“町”の警備兵の鍛錬場で、首尾良く「今は強くないけど強くなりそうな夫」を見つけたり、見習い兵になったりできたし、タラーラも地母神教会のマルガレテ司祭のもと、見習い神官となれたのだった。


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