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氷原の娘は、半妖精の師匠と世界を歩くことにしました  作者: 銀月
3.氷原にて

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休息と訓練と

 施療院で過ごす間、エリサはヴァロの看病を手伝って、グラートとフロスティの世話をして、時間のある時は太陽神の聖騎士であるハイラムから“共感”のやりかたを教わって――と、なかなかに忙しい日を送っていた。

 もっとも、冬の氷原で過ごすことに比べれば相当にのんびりと穏やかに過ごせているのだけれど。


 ヴァロが完全に寝付いていたのは十日にも満たないくらいの間だったのに、身体はずいぶん鈍ってしまっていた。ノエの言うように、死にかけたというよりも実際に一度死んでしまったことが響いているのだろう。

 とはいえ、顔色もかなり良くなった。そろそろベッドを出ていいとノエの許しもおりる頃だ。まずは起き上がって歩くことから始めようと、ノエが言った。


 生き返るにも体力は必要だというノエの言葉は、どうやら本当のことらしい。

 たしかに、ヴァロがあんな一瞬の間でこんなに弱るなら、太陽神の神官の奇跡であっても体力のない者が生き返るのは難しいのだろう。


 エリサの凍傷は、とうの昔に完治している。ちょっと赤くて腫れぼったいだけだったのだ、数日きちんと手当をすればすぐに元通りだった。

 換羽が進んだグラートはだいぶ若鷹らしい姿になった。灰色のやわらかい羽毛はすでに翼から消えて、身体のところどころにほわほわと残っているだけだ。

 今日になって、ばたばたと羽ばたきながらエリサの一歩か二歩分の距離を飛ぶようにもなった。本格的に飛び始めるのもすぐだろう。

 ヒヨヒヨと雛らしかった鳴き声も、鋭く高い、鷹らしい声に変わってきた。




 施療院の運動場で、エリサは小さく息を吐き、ゆっくりと弓を引き絞った。

 今は、肩に乗ったグラートの目を借りて弓を射る練習だ。その横には太陽神教会の聖騎士ハイラムがいた。

 ハイラムによる、“共感”の訓練だ。

 しっかりと狙いを付けて……いつもよりも大きくはっきりと見える的に今度こそ命中して、エリサはほっと安堵した。

 ハイラムはにっこり笑うと、「だいぶ安定してきたね」と頷いた


 グラートとの“共感”の訓練は、初歩的なこと……本来は聖騎士を対象とした神馬と感覚を繋ぐことから始まった。だいたいこの最初の一歩で躓くものだというが、エリサの場合はすでに一度繋がっている。そのおかげか、繋いだり切ったりの制御は簡単に身についた。

 だが、“共感”を繋いだままで何かするのは別問題だ。

 うっかりすると景色が二重に見えて、酔ったり頭が痛くなったりしてしまう。ハイラム曰く、慣れないうちはよくあることらしい。


 頭痛に悩まされながら、とにかく、短時間だけ自分の視界とグラートの視界を共有したまま生活することから始めた。“共感”の状態にゆっくりと慣らし、ようやく視界を共有したまま動けるようになると今度は、しっかり集中したうえでグラートの目を借りたまま矢を射る訓練に入った。

 ハイラムなら、神馬との感覚を戦いながら繋いだり切ったりが自在だという。しかも、ほとんど意識せず、たとえば(まばた)きをする程度の感覚で切り替えられるのだとか。

 エリサがその域に達するのはまだまだ遠い。今はグラートと感覚を繋いだまま自然に何でもできるようになるのが目標だ。


「そろそろ大丈夫だろう。あとは、もっと慣れることだね」

「慣れる気がしません……」


 エリサの弱々しい声に、ハイラムがあははと笑う。

 戦神教会の聖騎士……例えばコンラードとも全然違って、ハイラムの纏う雰囲気はとても柔らかい。ちょっときらきらして見えるきれいな男性で、妻であるレンと並ぶと美男美女の夫婦だとも言われる。

 おまけに、“谷”の男と比べても“町”の男と比べてもだいぶ細身なのに、決して弱そうには見えないことも不思議だ。


「大丈夫。皆、最初はそう言うんだ。でも、最初のころよりずっと長く共感したままで、“弓を射る”という集中が必要なこともスムーズにできるようになっただろう? だから、あとはもうどれだけ慣れられるか、だね」

「――はい」


 励ますように背を叩かれて、エリサは小さく頷いた。

 たしかに最初に比べればだいぶマシになったけれど、それでもハイラムが見せてくれたようになるまでにはまだまだ相当な時間がかかりそうだ。


「ともかく、最初に比べればずいぶん安定したんだ。今みたいに毎日続ければ、エリサもグラートもお互いが共感を繋いだ状態が普通になるよ」

「グラートも?」


 肩に乗ったままのグラートが、どこかくたびれた顔でくああとあくびをした。


「もちろんさ。疲れるのはこちらだけじゃないからね。グラートだって、共感したままあれこれ行動するのはたいへんなんだ」

「そうだったんだ」

「神馬なら、文句を言ってあっちから勝手に共感を切ってしまうくらいには疲れるんだよ。エリサとグラートの場合は……グラートから切ることはないようだね。切れないのか切らないのかはわからないけれど、訓練するときは、グラートの様子も気をつけてあげないといけない。だから、今日はここまでだ」


 嘴をむぐむぐ動かしつつ頭を翼に突っ込んで丸くなるグラートを見ながら、ハイラムがまた笑う。エリサは神妙な顔で「はい」と頷いた。



 * * *



「氷原鷹の雛か。こんな冬の頭に珍しいね」


 ハイラムの訓練もひと段落して数日、施療院の手伝いの一環として洗った敷布(シーツ)の積み上がった籠を抱えてエリサが歩いていると、いきなり声を掛けられた。驚いたエリサが飛び上がるように顔を上げると、いつの間にかすぐ側に、男がひとりにっこりと笑って立っていた。


「普通は春に孵って冬が来る前に巣立つものなのに、ずいぶん季節外れだ」


 町の住人にしては小柄で細身だ。背に弓を担ぎ、腰には短めの剣を刷いて、柔らかそうな革衣に薄い鎖帷子を付けている。そして黒っぽい色の髪に、やや吊り上がったアーモンド型の緑がかった青い目、それから尖った耳で――

 そこまで見て取ったところで、エリサはヒュッと息を呑んだ。


「よ……せい……!」


 ヴァロよりずっと“人間らしくない”顔立ちと尖った耳は、どう見ても妖精のものだった。


「はじめまして、私はキリアン。君がヴァロの弟子だね?」


 目をまん丸にしたままぱくぱくと口を開け閉めするエリサに構わず、キリアンは勝手に手を取ってぶんぶんと振り、少し乱暴な握手をする。

 抱えた籠を取り落としそうになったエリサが慌てて抱え直すと、キリアンが笑顔のままその籠を取って自分が抱えてしまった。どうしたものかと戸惑うエリサに構わず、キリアンはそのまま一緒に干し場へ向かおうと促すように歩き始めた。


「ヨニの同郷の子だと聞いたよ。私たちと関わる氷原の民は、君でふたりめだ」

「なんで、妖精……」

「ああ、なぜ妖精がこんなところにいるのかという質問だね。そりゃあ、息子が死にかけたなら顔くらいは見に来なきゃいけないと思ったからだよ」


 あははと笑って、キリアンは後ろを歩くエリサを振り返った。

 ふたりの後ろを、グラートがはばたきながらついてくる。


「そんなに怖がらなくて大丈夫」

「ヴァロさんの、おとうさん……」

「その通り! だから取って食べたりはもちろん、取り替えたりもしないから安心していいよ」

「あの」

「ヨニがね、夏の間中、何かというと私たちに尋ねるんだよ。本当に食べないのか、本当に取り替えないのかって。妖精(私たち)は雪熊か氷鬼(アイストロル)と同類だ、なんてことを信じていたんだろうね。正直、おもしろかった」


 ヨニは、身体を丈夫にするために妖精に預けられたヘルッタの弟だ。

 キリアンはヨニから氷原の民のことをあれこれ聞いているのだろう。驚きすぎてろくにしゃべれもしないエリサに、キリアンはまた楽しそうに笑いながら籠を置くと敷布を干し始めた。

 エリサは慌てて駆け寄ると、ロープに掛けた敷布を広げて皺を伸ばす。


「それで、ここから本題だ。ヴァロはしばらく自分の回復で忙しくなるだろう? その間、代わりに私が君を教えようかと考えているんだけど、どうだい?」

「――え?」

「ヴァロを鍛えたのは私だよ。いわば私は君の師匠の師匠ってことだ。何も問題はないだろう?」


 敷布を干し終わり、空になった籠を手に取ったエリサが、困惑の表情を浮かべて顔を上げる。


「良い機会だと思うんだ。きっと君のためにもなる。だから決まりだね!」


 エリサが諾とも否とも答えていないのに、なぜか決まってしまっていた。


ハイラム

太陽神の聖騎士。ノエが町に太陽神教会を建立することになったので、その護衛も兼ねて一緒に赴任した。そのうち、町の有望な太陽神信者の若者をスカウトして聖騎士候補として訓練したりするつもり。

「神混じり」と呼ばれる聖なるものとの混血種族でキラキラ(物理)したイケメンであり、実は100歳超え。

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