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氷原の娘は、半妖精の師匠と世界を歩くことにしました  作者: 銀月
3.氷原にて

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戦いと救援

 ハイドラの動きに注意しながら、エリサは慎重に弓を構えている。

 松明は地面に置いたままだ。

 首は五本もある、あの凍てつく息はきっとまた来る。だから、今度はいつでも避けられるように構えていないといけない――と、急にグラートがピィと甲高く鳴いて、上着の合わせから顔を出した。


「グラート、危ないからおとなしく入ってて」


 手が離せないし、何よりまたあの(ブレス)が来たらグラートまで凍ってしまう。

 しかしグラートはエリサの言葉に構わず、キョロキョロと忙しなく周囲を見回してから、じっとハイドラを見据え――いきなりエリサの視界が鮮明になった。

 ハイドラの目が、妙に気になる。


「そっか!」


 目を射抜けば、ヴァロの戦いが楽になるかもしれない。目が見えなければ、きっとハイドラだってうまく戦えない。

 エリサは大きく深呼吸をすると、ハイドラの目めがけて矢を放った。

 今度こそ狙った場所に命中し、ハイドラの悲鳴が響く。遠くで鳥が一斉にバタバタと飛び立つ音が聞こえた。


「――次!」


 エリサは次の矢を拾い上げて火を点ける。

 無事な首がエリサを見たが、とにかく目だ、とその首の目を狙い返す。

 もう一度狙いをつけて矢を放つと、今度も命中した。

 痛みにのけぞった首が、当てずっぽうにエリサを狙って凍える息を吐き掛ける。

 エリサは咄嗟に松明を拾い、そのまま横飛びに転がった。それからすぐに走って残りの矢を回収すると、位置を変えて次の目を狙う。

 火起こし棒はあと一本しか残っていない。

 息を喰らうたびに松明が消えていたら、火矢で狙うどころじゃない。


 火を点けて、慎重に、けれど素早く狙いを定めて、ハイドラの目を射抜く。

 火で焼いた傷ならハイドラも再生できない。とにかく全部の目を潰せれば、倒せるかもしれない。


 矢をひとつ射るたびに松明を拾って場所を変え、素早く次の矢を射る。

 エリサはひたすらそれを繰り返した。

 息をかわし損ねて凍りそうになったけれど、どうにか耐えた。

 樹脂を塗った矢が尽きるのが早いか、目を潰しきれるのが先か……ヴァロが動けるうちにやり切って、それから逃げるか倒すかを考えないと。


「なんで?」


 ――そうして、残った首はあと二本だった。

 両目を潰された首は皆、盲滅法に空中を噛んだり息を吐き掛けたりしていた。

 なのに。


「共食い?」


 無事な首がいきなり、目を潰された首に噛み付いた。

 力任せに頭を喰い千切られた首が急速に力を失ってパタリと垂れ下がり、どんどん萎びて枯れた花のようにぽとりと落ちた。


「エリサ、逃げろ!」


 ヴァロが叫ぶ。

 エリサには何が起こるのかがわからず、呆然としたまま動けない。


 けれど、とにかく、次の矢を射らないと。

 エリサは再び火矢をつがえ、狙いを付け――そのエリサの目の前で、今しがた首が落ちたばかりの場所からいきなり肉が盛り上がった。

 思わず放った火矢は狙いを逸れ、ハイドラの身体を掠めて飛んでいく。

 盛り上がった肉はみるみるうちに少し小さなハイドラの首となった。

 しかも、二本の首に。


「そんな」


 火の傷は再生できなくても、自分がつけた傷なら再生できる。

 もしや、この個体はそんな知恵が働くからこそ、これほど大きくなるまで生き残れたのではないだろうか。


 エリサの作った火矢は残り数本だけ。もう一度すべての頭の目を潰すには、とても足りない。

 矢に(やに)を塗る時間は作れるだろうか。

 あんな風に再生するなら、もっとたくさんの火矢を作らないと間に合わない。

 手持ちの矢はあと何本残っているのか。

 ヴァロはエリサに逃げろというけれど、エリサにはヴァロひとりを残してここから逃げ出すなんて選択肢はなかった。

 エリサはまた弓を引き絞る。引き絞りながら、なんとか皆で逃げ出す隙を作らないと、と考える。エリサにできることが、何かないかと。


 次の矢は、なんとか目に当てられた。

 ほっとしてヴァロを見たエリサの表情が歪む。

 ヴァロは右腕を庇いながら、左手で剣を振るっていた。

 エリサの剣の腕ではヴァロの足手纏いにしかならない。火矢の数も全然足りない。普通の矢だって、あと何本残っているかわからない。


 どうすればいい?


 ヴァロの様子では、火矢を作る暇があるなら矢を射掛けたほうがいいのかもしれない。矢で援護して、一緒に森の中へと下がるのだ。

 木が密になった場所ならハイドラは動きにくいはず。だから、ヴァロが下がれる隙を作って、フロスティも合わせて一緒に森の中に逃げ込んで、そのまま援軍が来るまで引き回す。

 そのためにも、エリサが矢を――。


 ぐいと目元を拭って、エリサはまた矢をつがえた。

 泣く暇があるなら、一本でも多く、速く、正確に矢を射るのだ。


「ヴァロさん、撤退、しよう!」


 ヴァロがちらりと振り返る。逡巡しているのか、下がる様子は見せない。

 もしかしたら、自分を囮にしようと考えているのかもしれない。


「ヴァロさん!」


 エリサはヴァロを促すように叫ぶと矢を放ち、素早く次をつがえた。火矢は残り少ないから、普通の矢を。

 火は、もっとここぞというところで使うべきだろう。

 早く、と急かすように、エリサはまた矢を放つ。

 逃げ回るのだって体力が必要だ。

 余力がなければ、あっという間に追いつかれて食べられてしまうのだから。


 ヴァロはやっと決心したのか、じりじりと後じさるように下がり始めた。ハイドラから目を離さず、ゆっくりと森へ向かって。

 エリサも、ヴァロに合わせてゆっくりと移動しながら矢を射る。

 ヴァロを狙う首を牽制するように、狙いを定め……残り少ない矢を無駄撃ちすることがないように、慎重に。

 エリサの放った矢は、吸い込まれるようにハイドラの急所を穿った。

 矢を射ながらじりじりと歩を進めながら、エリサは、ヴァロもハイドラの牙を剣で弾きつつ下がるのを見て、少しだけ安心する。

 もう少し……あともう少しで森に逃げ込める。


 けれど、ちらりとエリサを一瞥したハイドラの首が一斉に同じ方向――ヴァロへと凍てつく息を吐き出した。

 一度捕らえた獲物を逃がす気はない、とでもいうかのように。


「ヴァロさん!?」


 エリサが悲鳴を上げる。

 あんな……あんなのをどうやって避けろというのか。

 エリサの膝がくずおれる。

 ハイドラの凍てつく息で空気までが凍り、ヴァロの周囲が真っ白に染まる。


「や……やだ、ヴァロさん、ヴァロさん……」


 早く助けないと。

 エリサのほかに誰もいないのだ。だから、エリサが助けなきゃいけない。

 震える足を叱りつけ、どうにか立ち上がったエリサは、ヴァロへと一歩を踏み出し――そこに、ドン、と爆発音が轟いた。


 音と同時にハイドラの身体が爆発して、エリサは唖然と目を見開いた。

 いや、身体そのものが爆発したわけではなく、何か赤い玉が当たって弾けたようでもあった。


「いと猛き戦神の尊き御名のもと、参る!」


 いったい何が起こったのか、訳がわからず立ち竦むエリサの横を、ガシャガシャとやかましい音を立てて誰かが駆け抜けていった。戦いの神へ捧げる祈りを唱えつつ、いっきに駆け抜けたその戦士がハイドラ目掛けて剣を振り下ろす。


「“炎精(イフリート)の爪よ”」


 エリサのすぐ後ろから、戦士が切り裂いた傷めがけて炎の矢が飛び、ハイドラの再生を止める。

 首をのたうたせるハイドラの悲鳴に、エリサは我に返った。

 立ちこめる雪煙のせいで、ヴァロがどうなったのかわからない。フロスティがよろよろと足を引き摺りながら向かっている。

 振り返ると、ハイドラを油断なく見据えたまま短杖(ワンド)を構えるイェルハルドがいた。


「エリサ、大丈夫だ。あっちにはノエが向かった」

「領主、様?」

「そうだよ。間に合ったかな?」


 ――やっと援軍が到着した。

 エリサはヴァロが倒れた場所へとゆっくり歩き出す。

 雪煙の向こうに見える太陽神の色(黄色)長衣(ローブ)はノエだろう。

 そのさらに向こう側には、もうひとり武装した戦士がいる。ハイドラの首を相手に大きな斧を振り回す女戦士だ。

 斧の刃は炎を纏っている。あれならハイドラも再生はできない。きっと倒されるだろう。

 もう一度、エリサはぐいと袖で目を拭う。

 エリサが辿り着くころにようやく雪煙がおさまると、ぐったりと倒れているヴァロのそばに、屈み込むノエがいた。


「神官、先生」

「エリサ」


 顔を上げたノエは、エリサの姿を見て顔をしかめ、すぐに癒しの聖句を唱えた。

 ずっと痺れたままだった指先の感覚が戻ってくる。


「ヴァロさんは? 神官先生、ヴァロさんは大丈夫?」

「大丈夫。どんな傷だって治せる僕が来たんだ、もう大丈夫だよ」


 エリサはようやくほっとして、ぺたりと座り込んだ。




 ハイドラは順調に追い込まれているようだった。

 当然だ。手練れの聖騎士であるヘルゲに戦士ブレンダ、それから魔術師イェルハルドと高神官ノエが揃っているのだから。

 ヘルゲとブレンダがふたりがかりで足止めし、イェルハルドが火球や炎矢の魔術で確実に再生を止め、ひとつずつ首を落とす。

 ハイドラの凍てつく息もノエの神術に阻まれ、誰かが凍り付くこともない。ようやく牙が届いても、治癒の奇跡でたちまち癒やされてしまう。


 ハイドラは、三本目の首を落とされてようやく己のほうこそ劣勢であると理解したのか、いきなりくるりと反転し、一目散に逃げ出した。

 なおも追いすがるヘルゲの剣にもブレンダの斧にも、イェルハルドの魔術にも構わず、木々を倒しながら脇目も振らずに逃げていく。


「深追いはしなくていい。討伐隊はもう町を出ているだろう。これだけ派手に跡を残してるんだ。追跡もそう難しくはない」


 イェルハルドの言葉に止まったヘルゲとブレンダは、大きく息を吐いて顔を見合わせた。たしかに、あれを確実に倒すならもっと準備が必要だ。

 今はこれが潮時だということだろう。

 ふたりは武器を納め、改めてぐるりと周囲を確認した。

 ハイドラのお陰で、余計な魔物や猛獣がいないのはありがたい。

 もう脅威が去ったと確認したふたりは、ノエとイェルハルドに合流する。


「エリサ、がんばったね」

「ブレンダさん」


 ヴァロの横にうずくまっていたエリサが顔を上げると、大きな戦斧を肩に担いだブレンダがにいっと笑っていた。

 ヘルゲもブレンダも、さすがにたいした傷は負っていない。


「やっぱりあんたは野伏向きだったね。ヴァロがいたにしろ、あんなとんでもないのを相手によくもまあ保たせられたもんだよ」

「ブレンダさん」

「見習いになってまだ三月(みつき)がいいとこだってのに、たいしたもんだ」


 くしゃりとエリサの顔が歪んで、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。

 怖かった、ヴァロさんが死んじゃうかと思った……わあわあと声をあげて泣くエリサをよしよしと宥めて、ブレンダは苦笑を浮かべた。


「領主殿、日暮れまでもうあまりない。今夜は野営だろう?」


 ヴァロの荷物を拾い上げたヘルゲが、イェルハルドに確認する。


「そうだね。ヴァロに無理をさせるわけにいかないが、さすがに一日に二度も“転移(テレポート)”できるような準備はしてないからね」


 だいぶ傾いた太陽の位置を確かめて、イェルハルドは「寒さ避けがあるのだけは救いか」と肩を竦めた。


ハイドラの首

一本落とすとちょっと小さいのが二本再生して、一時的にやたら首が増えますが、その後しばらくすると自然に余分な首が落ちて元の数に戻り……が、たまーにその勢いで一本首が増えたりする、そんなシステムでお送りしています。


やっと一本落とした!!!

って直後に首二本生えた時の絶望感といったら……

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