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氷原の娘は、半妖精の師匠と世界を歩くことにしました  作者: 銀月
3.氷原にて

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22/27

魔獣の出現

 山向こうの“麗しの森”を訪れる前に、まずは一人前の野伏にならなきゃいけない。だからしっかりと訓練をしよう。

 そう決めて、エリサとヴァロは氷原の巡回をこなしていった。

 いつか氷原を出て山の向こうに――イェルハルドとニクラスに、少しだけ話をしたけれど、それはまだまだ先の、未来のことだ。エリサには学ばなくてはいけないことが多すぎる。


 町に戻るのは多くても十日に一度だ。その間、確認も含めて避難小屋に立ち寄ることはあるけれど、ほぼ野営である。

 天幕を張って雪をうまく使い、夜中の温度を保つ方法や吹雪の避け方、落ちたら命に関わる裂け目の見分け方を教わりながら、氷原の冬の凍てつくような寒さの中を歩き回る。

 雪目を防ぐ遮光器の使い方、嵐や吹雪を予測するための天候の見方、危険な獣や魔獣の痕跡の見分け方……最初は正気の沙汰じゃないと思っていたエリサも、さまざまなことを教わりながらひと月過ごすうち、すっかり慣れてしまった。


 グラートの羽根も、雛鳥特有のふわふわした羽毛からしっかりした成鳥の羽根に変わり始め、寝ている時間も短くなっていった。歩きながら羽ばたく動作をするようにもなって、もうしばらくしたら本格的に飛ぶ練習が始まるだろう。


 巡回をしながらの狩りも、フロスティばかりに任せることはなくなった。

 最初に獲物を見つけるのはフロスティでも、エリサも弓を持って一緒に獲物を追うようになったのだ。

 先生はヴァロだったりフロスティだったりとその時によって変わるけれど、エリサの狩りの腕も少しずつ上がっていた。




「このあたりで針葉樹も低木もない真っ平らな雪原は、夏になると湿原か沼地、もしくは湖に変わるのは、エリサも知っているね?」

「はい」


 目の前に広がる大きな雪原は、おそらくこのあたりで一番大きな湖だろう。

 夏になれば氷が解けて釣りもできるけれど、冬場は厚い氷が張った上に薄く雪が積もって見渡す限りの白い平原に変わるのだ。


「冬になってひと月も過ぎればほぼ安全ではあるけれど、それでもうかつに足を踏み入れないほうがいいんだ」

「氷が割れて水に落ちると、心臓が凍って死んじゃうから?」

「それもある。けど、それ以上に、湖の中には何が潜んでいるかわからないからだよ」

「――え?」


「危険な生き物……とくに、水中に潜む魔獣が氷上を歩く獲物を狙うことは、よくあるからね」


 湖の中に、何が潜んでいるんだろうか? エリサは目を丸くして目の前の平原を凝視し、ごくりと喉を鳴らす。

 そんな危険なものが潜んでいるようには見えない、静かな雪原なのに。


「だからといって無闇に恐れることはないよ。そもそも、水に潜ったままの魔物が地上の獲物を狙うのは希だ」


 恐ろしげに雪原を見渡すエリサに、ヴァロは笑って言った。


「とりあえず、雪原の前に、まずは周囲を歩いてみようか」


 ヴァロは笑いながら周辺をぐるりと囲む針葉樹林へと向かった。ゆっくりと歩きながら、もし魔獣が棲み着いていれば、必ず周辺に痕跡が残るはずだとあちこち指で示しながら説明をする。


「ここは“霧の巣(スムペサ)”と呼ばれるくらい、夏になるとよく霧が立ちこめる湖だ。夏になっても水が温まらないほど水深が深くて、大人の身長の十倍はあるという。霧は周辺の森の中にも立ちこめるから、人間はあまり好んで立ち入ろうとはしないらしい。

 この地域に棲み着きそうな魔獣は……そうだなあ」


 注意深く周囲へと視線をやりながら、ヴァロは話を続ける。

 ヴァロがいくつか上げた魔獣の名前は、どれもこれも、エリサが聞いたことのないような名前ばかりだ。


「それ以上にやっかいなものといったら、やっぱり白竜(ホワイトドラゴン)だけど、あいつらはもっと氷の多い場所を好む。ここに棲み着くようなのは縄張り争いに負けて南下してきた若くて弱い竜なのは間違いない。万が一見つけたらすぐ……できれば巣穴を構える前に“町”から増援を呼んで対処することになるだろうね」

(ドラゴン)……」


 白竜は悪竜の中でも弱いと言われているけれど、氷原の民の男たちでも勝てるかどうかという強さのはずだ。

 増援を呼んだところでどうにかできるのだろうか。


「幸い、領主様は魔術師だ。魔法があれば、空を飛ぶ竜を引きずり落とすことも容易(たやす)い。おまけに、太陽神の高神官も戦神の高司祭も聖騎士も揃っている。

 “霧氷の町”はこんな辺境にあっても、戦力的には侮れないんだ」


 “霧氷の町”は、山向こうにあるユースダールという領主家が、石炭を掘るために作った町だという。

 もともと、どの氏族にも属さない地域に南から来た余所者が作った町が、だんだんと大きくなっていくのを見ているうちに欲しくなった“北爪谷の民”の前の長が手を出して、手酷いしっぺ返しを食らったのが、先の戦いだ。

 領主は酸の雨を降らせたり竜を呼び出したりできる、恐ろしい魔法の使い手だ。そこに、死人も呼び戻せるノエ高神官もついた。それに、ヴァロの話では、白竜が現れても負けることはないという。

 今や、“町”に勝てる氷原の氏族なんて、存在しないのではないだろうか。


 エリサはそんなことを考えながら、後ろを振り向いた。

 振り向いて、それから違和感に首を傾げる。


「ヴァロさん」

「どうした?」


 エリサは森の奥――振り向いた方向のさらにその奥にある、ひときわ太い針葉樹を指さした。

 かなりの高さの枝が、不自然に折れてぶら下がっている。

 ヴァロの眉間に、深い皺が寄る。


「あれは……」


 エリサとフロスティにその場に留まるよう手振りで合図をして、ヴァロは慎重に、気配を殺してゆっくりと木に近づいていく。下生えの低木が少々密になっていたせいで見逃していたが、その先の地面が大きく荒らされていることには、すぐに気がついた。

 そこにあったのは、明らかに巨大な何かが、雪と氷を押しつぶし低木をへし折りながら通った跡だった。おそらくは、丸太のような尾を持つ四足歩行の巨大な生き物だろう。

 膝をつき、荒らしたものの痕跡をじっくりと観察しながら、ヴァロは耳を澄まして周囲の気配を探る。

 巨大な生き物の気配は――。


 ヴァロはすぐに立ち上がって、エリサを振り返った。


「エリサ、近くに魔獣がいる」


 ヴァロの言葉に、エリサは反射的にしゃがみ込んで気配を抑えた。フロスティも、周囲への警戒をあらわに身を低くする。


「あそこには、何か大きな魔獣が通った痕があった」

「魔獣……じゃあ、あの枝を折ったのも?」

「そう。最低でもあそこに届くほどの大きさだ。足跡も、成人の頭くらいの大きさはあった」


 ざっと見て、“谷”の男の身長の倍の高さにある枝に届くほど大きい、丸太のような足を持つ魔獣?

 そんなもの、エリサは見たこともない。


「もしかして、氷竜?」


 雪熊も大角鹿(ムース)も、枝を折りながら歩いたりはしない。せいぜい、木の幹に爪の痕を残すくらいだ。


「いや、竜じゃない。竜なら、こんなに歩きにくい場所では空を飛ぶ」

「じゃあ……」

「何かとは今すぐ断定できないけど……ここは町からそう遠くない。まっすぐに歩いて数日がいいところだ。警告を送らないといけない」


 エリサはハッとしてイェルハルドから預かった指輪に触れた。指輪で送れるのはごく短い伝言だけだが、警告には十分だ。


「すぐ、知らせます」

「いや、もう少し調べよう。できれば相手が何かを確認するか、もっと明確な手がかりを見つけてからだ」


 ヴァロはもう一度針葉樹のそばに戻っていった。エリサも、注意深くその後に続き、ふたりで手早く痕跡の周囲を探る。

 残されていた足跡の大きさと、尾を引きずった痕跡から推測できるのは、この生き物が少なくとも大角鹿よりもはるかに大きいということくらいだ。おそらくは、大角鹿の倍……体重だって何倍もあるだろう。エリサには、竜以外にそんな生き物なんて思いつかない。

 丹念に調べていたヴァロが、何かを摘み上げた。キラキラと光を受けて輝く小さなカケラは、町で見たガラスによく似ている。


「これは……鱗だな」

「鱗?」


 鱗を持つ生き物なんて、やっぱり竜じゃないのか。そう考えるエリサには構わず、ヴァロは顔を上げて、真剣な表情で周囲の木々をぐるりと見渡す。

 エリサも真似をして木々を見回してみるけれど、何があるのかよくわからない。


「エリサ、あそことあそこも枝が折れて幹に傷が付いているのは見えるか?」


 目を凝らすと、たしかに重なり合う枝の一部が折れていた。

 エリサが見つけた枝よりも、幹のかなり高い位置、かなり登らなければ届かないような場所にも、どうやったのか抉れた傷がついている。


「向こうから、(やに)の匂いも漂ってきている。きっと、ところ構わず荒らして回っているんだな。

 痕跡から判断すると、こいつは西に――町のほうへ向かって移動している」


 言われてみれば、たしかに、針葉樹の樹脂特有の、ツンとする匂いに気がついた。幹に付けられた傷から、(やに)が染み出しているんだろう。


「でも、でも、ヴァロさん。あそこ、すごく高い……」

「そう。しかも、これは相当にでかくて強い。鱗を持つ魔獣でここまでの大きさなのは、さすがにあまり多くは思いつかない」


 フロスティが、何かに気づいたように急に首を巡らせた。

 風に乗って、臭いか音でも感じたのか。


 ヴァロがそっと合図をする。

 エリサは頷いて、音を立てないように身体を低くした。グラートを入れた上着の前合わせを確認して、ゆっくり、注意をしながら茂みに寄る。


「フロスティが向こうに何かがいると言ってる。確認して、領主殿に連絡を――」


 いきなり木々が揺れた。バキバキと響く音と同時に、「エリサ!」と叫んだヴァロが地面を蹴る。

 体当たりをするようにエリサを抱えたヴァロは、そのままゴロゴロと地面を転がり……さらさらの粉雪が舞い上がり、朝霧のように視界を煙らせた。


「エリサ、今すぐ領主殿に連絡を――魔獣は多頭蛇(ハイドラ)だ。首は五本、鱗の色から言って氷原多頭蛇(クリオハイドラ)。すぐに討伐隊を組んでくれ、と」

「は……はい」

「それから、狼煙を焚くんだ。状況次第では私に構わず逃げること」

「で……」

「私の指示には従ってもらう」


 雪煙が晴れると、大きな五つの蛇首が、エリサとヴァロをじっと見つめていた。

 本当に恐ろしいと悲鳴なんて上がらないものなのか――エリサはひくひくと喉を引き攣らせながら、やっと頷いた。


氷原多頭蛇クリオハイドラ

多頭「蛇」といいつつ、蛇に似てるのは首から上の部分で、四足歩行する魔獣です。ブラキオザウルスみたいな胴体に蛇の首たくさん生やしたような、そんな魔獣。

氷原に生息してるので、氷ダメージ無効、炎ダメージに対する脆弱性持ち。首多いとだいたい再生能力持ってたりするので、かなりめんどくさい相手だったりします。

類似種として「火炎多頭蛇パイロハイドラ」も火山とかにいます。炎ダメージ無効なので炎以外に傷を焼く手段がないと詰みます。

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