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氷原の娘は、半妖精の師匠と世界を歩くことにしました  作者: 銀月
2.冬と氷を司る、氷原の“女王”
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霜巨人の氷宮殿

 大角鹿(ムース)の倍以上ある巨体のわりにたいした衝撃もなく、ヴォレラシアーは軽やかに城門の前に降り立つと、そのままゆっくり城門へと歩いた。彼が首を上にいっぱいに伸ばしたよりもはるかに背の高い、巨大な氷の城門だ。

 城門の両脇には、歩哨を兼ねた門番として、槍を手にした氷鬼(アイストロル)が立っていた。二体とも雪熊の毛皮で作った揃いの獣皮鎧(ハイドアーマー)を身に付けている。いきなり目の前に降りた銀の竜(ヴォレラシアー)を警戒はしているが、かといって手出しをする気はなさそうだ。


「やあ、今年もこの偉大なる“美しき天のもの(ヴォレラシアー)”がご機嫌伺いに来てあげたよ」


 ぐいと首をもたげて朗々と名乗りを上げる銀竜に、氷鬼たちは顔を見合わせた。それから背に乗ったままのヴァロとエリサをじろりと睨みつける。


「小さいのが一緒だとは聞いてない」

「僕の友人だ。この氷原に名高き霜巨人(フロストジャイアント)氷宮殿(アイスパレス)をひと目見せてあげようと思ってね。君たちだって、人間の間で巨人の作った宮殿の美しさが語られるのは望むところだろう? 確認が必要だというならここでおとなしく待っていてやるから、早く行っておいで」

「――わかった。しばらく待っていろ」


 氷鬼のひとりが通用門を開けて中へ引っ込んだ。通用門といっても氷鬼が潜れるほどの大きさである。町の外門と変わらないくらい大きな門だ。


「大丈夫なんですか?」

「霜巨人というのは上位の巨人族だという話はしたよね?」

「はい」


 不安げに確認するエリサに、ヴォレラシアーが楽しそうに返す。


「彼らは雲巨人(クラウドジャイアント)に比べると少々気まぐれで乱暴者ではあるが、実はおべっかにとても弱い」

「え?」

「だから、ああ言われたら君たちを中に入れないはずがない」

「ええ?」


 本当だろうか。

 ヴォレラシアーの背に乗ったまましばし――一刻(二時間)までは届かないけれど、たっぷり半刻(一時間)は過ぎただろうと思えるくらいの間待たされて、また、氷鬼が出てきた。

 今度はすぐに大きな正門も開く。


「小さいのも一緒でいいと王が言った。入れ!」

「もちろん、応じてくれると思っていたよ」


 ヴォレラシアーは機嫌良く呟くと、ふたりを背に乗せたまま軽やかな足取りで門をくぐった。



 * * *



 宮殿内にいるのは巨人だけではなかった。

 エリサもヴァロもあいかわらずヴォレラシアーの背に揺られたまま、待ち構えていた巨人の従者の案内で奥へと進んでいく。

 そして、案内は霜巨人だが、その足元を縫うように走り回ってあちこちで雑用をこなしているのは小さな亜人族(ヒューマノイド)だった。遠目には犬のような顔だけど、身体はひょろりと細く白い鱗に覆われている。耳に見えた頭部のでっぱりもよく見れば角で――


犬頭(コボルト)だよ」

「犬頭?」

「そう。臆病で、普通は地下に隠れ住んでる亜人族だ。ここのコボルトたちのように、他の強い種族に使用人として仕えていることも多い」


 ヴァロの説明に、エリサはまじまじと犬頭を見つめる。身長も、たぶんエリサよりずっと低いだろう。おそらくは、町で見かけた岩小人(ドワーフ)と同じくらいか、それ以下か。

 つるりとした鱗に覆われた蛇のような尻尾を振りながら歩く姿は、意外に愛敬があるかもしれない。小柄で力が弱いかわりにすばしこく、文字通りちょこまかと走り回っている。無造作に歩く巨人たちの足も危なげなくするりと避けて、蹴られることもなさそうだ。


 それにしても、とエリサは改めてぐるりと周囲を見回した。

 エリサのような人間はもちろん、ヴァロのような妖精もいない。この宮殿にいるのは犬頭と霜巨人と氷鬼ばかりだ。ついつい言われるままに連れて来られてしまったけれど、本当に大丈夫なのだろうか。


「エリサ、ここにいる間は私から離れないように」


 不安を見透かすようにヴァロが囁いた。

 ヴォレラシアーは善き竜だ。竜であるが故に一抹の不安は禁じ得ないが信用はできる。しかし巨人族は……氷鬼はもちろん、霜巨人も完全に信用はできない。

 ヴァロひとりなら、万が一はぐれてひとりになってもここを脱して帰ることはできるだろう。けれどエリサひとりがはぐれてしまったら――


「それから、私の姿が見えない時はヴォレラシアー殿から離れてもいけない」

「え?」

「万が一だよ。ここは巨人の国の巨人の宮殿だからね」


 エリサは神妙な表情で頷いた。

 ヴォレラシアーはふたりの会話が聞こえているのか聞こえていないのか、何も言わずに歩みを進めていく。


 城はどこもかしこも氷で作られていた。

 壁も天井も床も何もかもが夕日に透かされほんのりと赤みを帯びた白に染まり、まるで自身が光を含んでいるかのように城内を明るく照らしている。

 よく目を凝らせば、柱や壁は繊細な彫刻で飾られてもいた。

 これほど大きくなければ、きっと、巨人たちが作ったと言われたところでとても信じられなかっただろう。


 ふと、エリサは不思議に思う。

 中はそれほど寒くないのに、どうしてこの城は解けてしまわないのだろうか。ここは北の果てだけど夏になれば太陽は輝く。冬の凍てつく寒さがなければ、氷はほんの少しずつでも解けてしまうものだ。

 なぜ、この城は平気なのだろう。




 ようやく到着した大扉の前で、ヴォレラシアーはふたりを背に乗せた時同様に翼を渡し、ヴァロとエリサを下ろした。それから自分の後に付いてくるようにと合図をして、いっぱいに開かれた扉を潜る。


 その先、扉の中は、大きな広間だった。

 氷で作り氷で飾った、大きな大きな広間だ。

 町の中心広場よりもずっと広く、大きな天井を支える柱はエリサの知るどんな大木よりも太く高くそびえ立っている。

 こんなの見たことがない。

 エリサは不意に怖くなって、ヴァロのマントの端をギュッと握りしめた。上着の中でグラートが身じろぎする。ヴァロの手のひらが励ますように背を叩いた。


「強く偉大なる巨人の中の巨人、シュテルコグフレベァ。今年もこの“美しき天のもの(ヴォレラシアー)”が挨拶に来たぞ」

「おう、天の輝きを返す銀の鱗(ヴォレラシアー)か。息災だったようだな」

「ああ。貴殿こそ、変わりないようだ」


 目を細めて笑むヴォレラシアーが、玉座に座る一際立派な巨人の前に進み出た。対する巨人の王も玉座から立ち上がり両手を広げ、歓迎の意を示す。

 賛辞と笑顔の応酬で和やかなはずの会見なのに、エリサにはどうにもそうとは思えない。まるでこの部屋全体を氷嵐が吹き荒れているかのようだ。

 表面だけ仲の良いフリをする氷原の民の長同士よりずっと、殺伐としている。


「ところで、今年は小さいのを連れてきたそうだが?」

「ああ、僕の友人だ。この宮殿の美しさは、さすがの僕でも認めざるを得ないほどだからね。ぜひ彼らにも見せたいと思ったんだよ。

 快く応じてもらえて感謝している」

「なに、我らの偉大さが小さいのにも伝わることはやぶさかでもない。

 ふむ……それで、どうだ? 小さい娘よ、この宮殿は気に入ったか?」


 いきなり視線を向けられて、エリサは飛び上がりそうになった。

 慌ててぺこりとお辞儀をして、それから「ええと」と視線を巡らせる。


「わ、私、こんなにきれいなお城を見たの初めてで……その、その、全部氷のお城なのに、夏でも解けないんですか?」

「ほう」


 巨人の王はにやりと口角を上げた。


「我らは()の巨人だ。意のままに氷を操れるのだぞ。夏であろうがなんだろうが、凍らせておくくらい雑作もない」

「え、え、すごい……」


 エリサの目が丸くなる。

 では、この宮殿の氷は、氷原や氷山から削り出したのではなく、すべて巨人が城になるように作り出したものなのか。


「ふむ? 小さい娘、もしやお前は氷原で女王を崇め暮らす人間ではないか?」

「え、あの」


 どう答えればいいだろうかと、エリサは迷ってしまう。自分はもう町に引き渡されたのに氷原の民だと名乗っていいのか……つい口籠ってしまったエリサの背を、「いつものように名乗ればいい」とヴァロの手が軽く叩いた。


「はい……北爪谷の、パーヴォの娘のエリサです」

「ほう」


 巨人の王が、どこかおもしろそうに笑った。

 ちらりとヴォレラシアーを見たと思ったのは、エリサの気のせいだろうか。


「ならば、我らが“女王”に捧げた神殿を詣でるがいい。我らの神殿は、この世界(アーレス)で最も“女王”に近いところだ」

「えっと、とても光栄です。ありがとうございます」

「おい、この小さいのを神殿に案内してやれ」


 王はかたわらを走り回っていた“犬頭”を呼び止めて命じた。“犬頭”は王に向かってへこへこと平伏するように何度も頭を下げると、エリサへちょこちょこと走り寄る。

 それから、少々甲高い声で『こっち、来い』とエリサのマントを引っ張った。訛りが酷すぎて聞き取りづらいが、北方語は話せるようだ。


「ヴォレラシアー殿には、いつものように歓迎の宴を用意している」

「それはありがたい。では……エリサの面倒は、ヴァロに任せて問題ないね?」


 ヴォレラシアーはぐうっと目を細めて王に頷くと、ヴァロを横目に見下ろした。ヴァロはもちろんと首肯する。


「エリサは私の弟子です。それに、私も氷原に住まう者として、ヴォレラシアー殿が素晴らしいと褒め称えるこちらの“女王”の神殿を詣でたいと思います」

「うむ」


 巨人の王は、ヴァロの言葉に満足したように笑みを深めた。


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