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氷原の娘は、半妖精の師匠と世界を歩くことにしました  作者: 銀月
2.冬と氷を司る、氷原の“女王”

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空の旅

 夜はさすがに地上に降りて野営をした。


 竜の翼は強く、速く、たった一日飛んだだけで針葉樹も低木も苔も見当たらない雪と氷しかない地域にまで到達していた。

 ヴォレラシアーの魔術のおかげか考えていたよりも寒さに困ることはなかったし、意外にいろいろな生き物がいたおかげで食べ物に困ることもなかった。

 近くに海は見えないのに海豹(アザラシ)も多い。このあたりであれば狩りをすれば数日過ごすこともできるだろう。

 海豹の肉は鳥や馴鹿(トナカイ)に比べたらずいぶんクセが強く食べにくい。慣れないせいか、グラートも少し食べにくそうにしていたくらいだ。

 けれど、かなりの大きさの海豹を仕留められたおかげで、肉の量はたっぷりあった。先だっての嵐で保存食はほぼ食べきってしまったからと、残った肉の幾ばくかを塩漬けの凍り肉にできたくらいだ。


「雪と氷しかないのに、こんなに生き物がいるとは思わなかった」


 食事も済んで落ち着いたところで、練炭の赤い火を眺めながらエリサがそう言うと、ヴァロが「割れ目(クレヴァス)か氷結海が近いんだろうね」と頷いた。


「海が近いと何かあるの?」

「海の中には魚がいるからね。魚を狙っていろいろな動物が集まるんだ」

「そのとおり。隠れていてわかりづらいが、この近くには大きな割れ目があって海との出入りがたやすいのさ。おかげで、魚を食べる鳥や、その鳥を狙う獣がよく集まるのだよ。ごく稀にクラーケンという海魔が狩りに現れたりもするよ。

 そうそう、ここではないが、東には白竜の狩り場になっている巨大な割れ目もある」

「白竜!?」


 エリサの反応にくっくっと笑いながら、ヴォレラシアーは続ける。


「もう少し……そうだね、あと五日くらい東に飛んだあたりの氷結海から陸にかけて、白竜(ホワイトドラゴン)の縄張りになっている大きな割れ目があるのだ。

 だから、あのあたりに好んで住む氷原の民も氷結海の民もいないはずだよ」

「こっちに来たりはしないんですか? 大丈夫なんですか?」


 白竜の縄張り、と呟いて、エリサはちらちらと東の方角に目をやった。

 ヴォレラシアーは大きくて強い竜だから平気なのかもしれないが、エリサとヴァロなんて白竜にとってはひと呑みで食べてしまえる小さな生き物だ。


「心配ない。白竜は頭が悪いけれど、巨人たちと不干渉の取り決めをできる程度には知恵がある。それに、僕に比べれば考えなしであっても、老齢に届くくらいの年数は生きているんだ。巨人たちの土地を侵してしまえばタダじゃ済まないとわかってるし、人間たちと敵対すれば面倒だということも理解している」

「だから、自分の縄張りを出たりはしないってことですか?」

「そう。僕が北壁山脈の雲の宮殿に棲む限り、霜巨人が北方氷海の宮殿にいる限り、白竜が自分の縄張りを出てくることはないだろうね」


 どこか得意げな顔の銀竜が頷いて、エリサはほっと安堵する。

 白竜が町や谷を襲ったらなんて想像するだけで恐ろしい。

 ましてやヴォレラシアーと白竜と、おまけにに霜巨人(フロストジャイアント)の争いなんて、どれほど恐ろしいことになるか想像もできない。



「さて、そろそろ君たちは休んだ方がよいのでは? もう月があんなに高い」


 見ると、月はふたつともそろそろ空の真ん中に差し掛かっていた。


「夜番は必要ないよ。竜の感覚はたとえ眠っている時であっても鈍らないものなんだ。わざわざ僕のような偉大な竜に近づいて悪さをしようなどという、無謀な生き物どももいないよ」


 ヴォレラシアーが頭を高く掲げて片目を瞑る。偉大なる銀の古竜にそこまで言われて夜番を立てるなんて馬鹿馬鹿しい。

 ヴァロとエリサは「よろしくお願いします」と笑って毛布に包まった。


 ――エリサには竜の表情なんてわかりそうにもないはずなのに、この銀竜はとても表情豊かに話すのだなと思った。

 ヴォレラシアーがひとに親しみのある特別な竜だからなのか、それとも、エリサ自身がヴォレラシアーに親しみを感じているからなのか。

 そんな益体もないことを考えているうちに、エリサの意識はすとんと眠りの中に落ちていった。




 ヴォレラシアーの背から眺める、白一色の氷だらけで何もないと思っていた世界にも、いろいろなものがあった。


 氷上を滑るように移動する灰色の海豹たちが、ときおり急に消えるように姿を消すのは、氷の割れ目から海へ飛び込むからだろう。

 その、海豹が消えたあたりを飛び回る鳥たちや、そのさらに上を滑空する氷原鷹、橇を引いて移動しながら獲物を狙う“氷上の民”もいる。

 空から見えるほどに大きな割れ目では、雪熊が海豹たちを追いかけていた。

 氷原の先の黒い海には山のように大きな氷――“氷山”がいくつも浮かんでいる。ヴォレラシアーよりも遙かに大きな、島のような氷も浮いている。

 氷山を見るのはさすがに初めてだ、とヴァロがしみじみと呟いた。


「そろそろ君たちにも見えるんじゃないかな。チカチカ瞬く光があるだろう?」


 二日目、太陽が西の海の際に近づいたころ、ヴォレラシアーが長い首で振り返って、背のふたりに声を掛けた。


「あれが“霜巨人の氷宮殿(アイスパレス)”だよ。もう少し近くなれば見える、いちばん高い尖塔が“女王”の神殿だ」


 慌てて目を凝らすと、傾きかけた太陽の光を浴びてほんのりと朱に染まる空に煌く光の塊がたしかにある。

 銀竜がはばたくごとに光の塊はどんどん大きく、複雑に入り組んだ形に変わっていく。その中心に浮かび上がるのは巨大な城だ。近づくにつれ、遠目にも、外壁が繊細な彫刻に飾り立てられていることが見て取れる。

 そして、白一色のはずの建物を淡い青と陽光の朱が混じり合いながら染める中に、ヴォレラシアーの言う尖塔がひときわ明るく輝いていた。


 なんと驚いていいのか、まったく言葉が出てこない。それはヴァロも同じようで、ただただふたり揃って息を呑むばかりだった。


「美しいだろう?」


 ヴォレラシアーの声も、心なしか感嘆に震えているように聞こえた。


「巨人は気に入らないが、あの宮殿だけは見事だと褒めるしかなくてねぇ。少々癪だが、あれだけは僕のちょっとした楽しみになっているのだよ」

「――すごい、です」


 やっとそれだけを口にしたエリサに、何故だかヴォレラシアーが得意そうに目を細め、「そうだろう?」と頷いた。


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