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第52話:西方戦線⑥

「……様、リュウ様。起きてくださ~い」

「ん……ああ、スティングレイか。おはよう」

「おはようございます」

リュウはボサボサの髪を手でワシワシと強引に整える。


その姿を見て、スティングレイはフフッと微笑んだ。

「なんかワンちゃんみたいで可愛いですね~」

「やかましいわい」

(なんだか想像以上に睡眠が浅かった気がする。就寝前は逆だと考えていたんだけどな)


「あれ、珍しくまだ眠そうですね、リュウ様」

「今日はやたらと身体が重い。昨日の影響か?」

「昨日はリュウ様大活躍でしたもんね。良い意味で参謀長らしからぬ戦術を駆使されて」

「スティングレイ達もな。だが、そんな呑気な事言ってられん。なんせ……」

リュウはテントから出て、戦場を見渡した。

「まだ戦争の途中だからな。今日も頑張るぞ」

「はい!」


ここだけの話、まだ龍王と深淵世界で殴り合っていた頃は一応夢の中にいたので、ああ見えてリュウの睡眠自体はかなり深かったのだ。だがもう龍王もいなければ深淵世界も閉じた。眠りは多少浅くなったものの、精神や魂への負担は軽減されたので、実質プラマイゼロであろう。


今日も今日とて、火魔法の撃ち上げを合図に開戦した。

「昨日の要領で敵の数を減らしていけ!」

辺境伯軍騎士団長代理の指揮が戦場を飛び回る。兵士達は二日目ともあって、綺麗に隊列を組みつつ戦っている。某男爵のように前へ出過ぎる者は存在しない。


「勇者が出るまでは、特にこれといった指示は必要ないようですね」

「そうだね。勇者の前に痺れを切らした侯国騎士団長が出てくれば話は別だけど」

「その時はうちも最強のまさかりを出しましょうか」

「うん。本人もかなりウズウズしてるっぽいし」

「まぁ昨日は仕事が一つも無かったですから、彼女」

リュウと辺境伯は、丘の下で待機している騎士団長シャーロットに視線を移した。


「……ハッ!主人の視線を感じる!まさかようやく私の出番ですか⁉」

「違うよ。ちょっと君の話をしてただけ。ごめんね」

「そんなぁ……」


そんな騎士団長の様子に、周囲は何やらザワザワとしていた。

(おい、シャーロット様がしょぼんと落ち込んでいらっしゃるぞ)

(なんて可愛らしいお姿だ。目に焼き付けろ)

(結婚したい)(マジ尊い)(マジ女神)


「そういえば昨日、リュウ君がいなかったタイミングで、ちょうど都市内で騒ぎが起きていたらしいけど、あれはリュウ君がやったの?」

「さぁ。でも……」

「?」

「死霊の勇者あたりはもう戦場に出てこないんじゃないですかね。ただの勘ですけど」

「ふ~ん」


「これはただの呟きだけど、ようやく僕を信用し始めてくれたみたいで嬉しいよ」

「なんのことやら」


昨日龍王が死霊の勇者の肉体を奪ったことで、アンデッド達にかかっていた死霊魔法が解除され、都市内にそこそこの数のアンデッドが放たれた。敵兵は昨晩その処理に奔走していたため、かなり疲労が蓄積しているようで、今日は昨日よりも勢いがない。また植物の勇者が討たれたのと、死霊の勇者が行方不明になってしまったことも、彼等の士気を下げている要因だろう。


しかしこれは戦争。

どのような状況でも油断はできない。

「隷属の勇者は何か隠し玉を持っている可能性があるので、十分注意しましょう」

「飛竜のように空を飛ばれちゃうとどうしょうもないんだけどね」

「グレイス候。言霊って知ってますか?」

「ごめんごめん」


一時間後。

ついに敵本陣が動きを見せた。

「このまま消耗戦が続けば、いずれ侯国われらに限界が訪れる。勇者などはなから期待するな。我等の道は我等自身が切り開く。狙うは敵大将の首のみ。出るぞ」

「「「「「はっ!」」」」」

候国騎士団長が直下部隊を率い、前進した。


「シャーロット」

「はい、お任せを。この槍で全てを蹴散らしてきます」

シャーロットも多くの騎士を率いて前線へ向かった。


(敵は錐型すいけいの陣で、こちらに大きく穴を開けるつもりのようね)

「錐型の陣を組みなさい。力と力のぶつけ合いです」

「「「「「はっ!」」」」」


この陣は真上から見れば三角のような形をしており、その先頭を両騎士団長が走っている。要するにこのままぶつかれば……


「貴様を討ち取れば流れが変わる。潔く死ね!」

「それはこちらのセリフですよ!」

ガキンッ!!!!!

まずはこの二人が得物を合わせることとなる。


後ろを走っていた騎兵も次々と衝突し、馬上の騎士達は地面に叩き落とされた。

これ以上ないほど血飛沫が上がり、戦場の熱気は最高潮に達する。

今まで綺麗に隊列をなしていた前線はすでに原形を留めておらず、混戦となってしまった。


その死の海の中心にぽっかりと穴が開いており、二人の騎士が武を競っていた。

「なかなかやるじゃないか!」

「貴方は想像よりも弱いですね。残念です」

「生意気なッ!その兜もろとも貴様を真っ二つにしてやるわ!」

候国騎士団長と辺境伯軍騎士団長である。

これは決して周囲の兵たちが気を遣って開けているわけではなく、もし両者の戦闘範囲に足を踏み入れれば一瞬でミンチになってしまうので、安易に近寄れないだけだ。


シャーロットは長槍を巧みに操り、鋭い刺突を繰り返す。

敵はその攻撃を大剣で防ぐことしかできない。

いや、実際防御できているだけでも相当すごい事なのだが、やはり戦いは一方的になる。


(クソッ!全く近づけん!あの長槍も刃こぼれする様子がない。それどころか、なぜか大剣の耐久値が凄まじい勢いで削られていく……)


それは武器オタクのシャーロットが戦場に持ってきた愛槍なのだ。もうこれ以上の説明はいらないだろう。


偶然流れ矢がシャーロットの鎧を掠め、一瞬連撃の手が緩んだ。

(チャンスは今しかない!)

敵は大きく長槍を弾き飛ばし、地を蹴った。

「はっはっは!長槍だったのが運の尽きよ!防御は間に合わないだろう⁉」

そのまま懐に接近しようと試みたが……。

「それくらいの対策はしてますよ」

シャーロットは腰から短剣を抜き、敵目掛け投擲。

その短剣は見事敵の胸に深く突き刺さった。

「ぐッ……」

「投擲は得意なんです。惜しかったですね、候国騎士団長」

膝をついた敵にとどめを刺そうと、シャーロットが再び長槍を構えた瞬間……。


地面が黒く染まった。

巨大な何かが彼女に迫っているのだ。

「……え?」

「惜しかったなぁ!辺境伯軍の騎士団長様よぉ!」

シャーロットが見上げた先には、大きな大きな赤い竜の姿が。

(か、火竜!?なぜここに……!)


突如、何の前触れもなく出現したSランク魔物。

その覇気は凄まじく、前線の兵士達全員の足が止まった。


火竜は口を開け、息を吸い込んだ。

これは、これから大量の炎を放射する合図だ。

「今から離脱しても間に合わない……ならば!!!」

シャーロットは長槍を力一杯投擲。

だが……

カキンッ。

頑丈な鱗に弾かれてしまった。

「残念だったなぁ!お前はもう死ぬ運命なんだよ!」

この状態で放射すれば、シャーロットどころか候国騎士団長を含めた周囲の兵士達が全員消し炭になるのだが、勇者はそんなのお構いなしのようだ。


森の中から絶海の魔術師がその様子を窺っていた。

(さすがにあれは私以外には討伐できまい。いや、隷属魔法で強化が施されている場合、この私ですら危ういかもしれん……この距離であれば、尚更……)

絶海が一歩踏み出した時、

「ん?」

(な、なんだ⁉この破壊的な魔力は……天幕の方から感じる、この生物の枠組みを超えた魔力は……。この距離からでも身体の震えが止まらん……)

魔力に敏感なものほど、その存在を大きく感じるのだ。

絶海は自然と天幕の方へ視線を移した。



「あれはマズい。あれだけはダメだ」

(Aランクの飛竜だけでも打つ手がないのに、それを越えるSランクの火竜だって……?ふざけているのかい、勇者は⁉)

「このままではシャーロットが……どうすれば、一体どうすれば……」

辺境伯は思わず両膝を付き、顔を絶望で染めた。


その横に、一人の怪物リュウが現れた。

「……」

「君は……リュウ君……なのかい?」

(なぜかはわからないけど、いつもとは全く別人のように感じる。まるで僕の魂が身体にそう訴えかけているかのように)


スティングレイも火竜の覇気にあてられていたのだが、リュウの雰囲気を感じ取り、重い足でなんとかこちらへやってきた。

そして、今彼が何をしようとしているのかを理解した。いや、理解してしまった。

彼女の額に冷や汗が滲む。

「リュ、リュウ様……ダメですよ、アレには絶対手を出しちゃダメですからね?」

「……」


「Sランクは人が敵う存在じゃないんです。ね、見ればわかるでしょ?ほら、今すぐこちらに来て下さい……私がリュウ様をお守り致しますので……」

「スティングレイ。心配してくれてありがとな。だがその必要はない。ここへ来る前に言っただろう?」

「……?」

リュウは彼女に優しく微笑んだ。



「俺は……“この世界の誰よりも強い”と」



刹那、リュウはその場から一瞬で姿を消した。

「「!?!?!?」」

(リュウ様が一瞬で消えた!?)

(彼は一体どこへ……)


前線、火竜が飛んでいる場所の、さらに上空。

そこにリュウはいた。

重力に身を任せ、自然と落下する。

リュウは右拳に黒雷を纏うだけ。

下を見れば、火竜が口を大きく開き、シャーロット達を焼き尽くそうとしている。

そして、火竜が炎を放つ直前。




鳴神ナルカミ




上位存在であるはずの火竜は、凄まじい轟音とともに地面に叩きつけられた。


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