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第49話:西方戦線③

「オオオオオオオオォォォォォ!!!!!!!」

防壁の向こう側に木の巨人が出現した。


突然の出来事に戦場の空気は一瞬凍りついた。

西方戦線軍だけでなく敵軍までもが手を止め、木の巨人へ視線を移す。

「……え?」

「アイツは一体なんなんだ?」


「味方なのか……?」

「でもあんな怪物がいるなんて聞いてないぞ?」


すると敵の誰かが大声で叫んだ。

「勇者様だ!!!あれは植物魔法の勇者様だ!!!!!」

その言葉は、シーンと静まり返っていた戦場に再び息吹を吹き込んだ。


結果、敵軍の士気は爆上がりし、

「ようやく勇者様が参戦するのか!!!」

「勝てる、俺達は勝てるぞ!!!」

「あれが伝説の力か……!」


それとは逆に西方戦線軍の勢いは無くなるどころかマイナスに。

「あんな化け物とどうやって戦えばいいんだよ……」

「このまま巨人が前に出てきたら、全員踏み潰されておしまいだ……」

「まさか本当に勇者が出てくるなんて……」

全員の足が無意識に一歩下がった。


味方に見捨てられたカッサーノ男爵はまだ戦場の異変に気がついていない。

「なぜ味方の足が止まっておるのだ?」

「男爵様……う、上……」

「ん?上?」

男爵は、防壁から顔を出しこちらを見下ろしている巨人と目が合った。

「……は?」

巨人の手が蔦のように伸び、男爵を拘束する。

そのまま防壁の上まで持ち上げられ……

「貴様、離さんか!!!儂を一体誰だとおも」

グシャッ。

そしてゴミのように握り潰された。


その様子は天幕からも良く見えた。

「へぇ~、あんな器用な芸当までできるんですね」

「そんな呑気な……」

「周囲から魔法で操っているというよりは、勇者本人が木の巨人の中に入って操縦しているのかもしれませんね」

「なるほど。遠隔操作型じゃない事だけが不幸中の幸いだね。中にいるから防壁の向こうから慎重に登場したわけだ。リュウ君は巨人がこっち側に来ると思う?」


「どうなんでしょうね。でも西方戦線軍全体が想像以上にビビリ散らかしているので、『これならいけるかも』とか考えて調子に乗って前に出てくる可能性もあるかと」

「そんな幼稚な考え方するかなぁ」

「所詮は異世界からやってきた学生です。そんなガキが何の努力もせずに特別な魔法と豊富な魔力を獲得して、しかも皇国からVIP待遇を受けてるんですから。彼等に意見できる将もいないでしょうし、後はもうお察しでしょう」

「そう言われると現実味を帯びてきたよ」


ちょうどその話をしている頃、植物魔法の勇者-流星はというと、巨人の頭部内から戦場を見渡していた。

「あれが敵軍ですか。思っていた以上に僕の木の巨人(ウッドジャイアント)の迫力に驚いていますね。あの様子だときっと打つ手がないはず……これならいけるかもしれません‼決めました、出陣します‼」


勇者は巨人を操り、ゆっくりと防壁を乗り越える。

「おい!勇者様が出陣なされるぞ!退避しろ!」

防壁とその下の地面から一時的に兵士達が退いた。


また巨人が動き出したのを見て、西方戦線軍は再び顔を真っ青にした。

勇者は満面の笑みを浮かべ、

「やはり僕の魔法は最強なんですね!全員せんべいみたいにペシャンコにしてあげますよ!」

(この世界の主役は僕達だということを、お見せしてあげましょう‼行きますよ、僕の木の巨人‼)

「オオオオオオオオオォォォォォ!!!!!!」


予想が的中し、天幕側は逆に冷静であった。

「やっぱ出てきましたね」

「リュウ君ってもしかして予言者なのかい?」

「違いますよ。今回だけ奇跡的に勘が当たっただけです。普段は基本外れるので」

「まぁその話は置いといて、とりあえず作戦通りに動こう」

「そうですね」


リュウは拡声の魔道具を手に持ち、起動した。

『お前等そんなに慌てるな』

「この声は……参謀長か!」

「参謀長様の声が聞こえるぞ!」


『あれはただのデカい木のゴーレムだ。勇者の魔法だからといって、何か特別な感覚を覚え怯む必要はない。どんな魔法にも必ず弱点は存在する。例えば火魔法とかな』

「確かにその通りだ」

「木のゴーレムなら俺も倒したことがあるぞ!」


『あの巨人の頭部には勇者本人が乗り込んでおり、おそらく木の小さな隙間から戦場全体を見渡しながら操縦している。だから頭部を矢で集中狙いし、できる限り視界を塞げ。また近くの兵士はビビらず接近し、足を攻撃して速度を落とせ。あとは前線の将に各自判断を任せる。信じてるぞ。以上』


その言葉が途切れると同時に西方戦線軍の連携攻撃が始まった。

「頭だ!頭を狙え!」

「意外と動きがノロいぞ!本当にデカい木のゴーレムだな!」

「ほら!俺達を踏みつぶしてみろよ!」


木の巨人と最も近い軍を指揮しているのは、ブラン伯爵である。

彼は現在、目の前から迫る敵を正面から見据えている。

(こんな最悪の状況でも冷静沈着な参謀長はさすがとしか言いようがない。そしてあれ以上細かい指示は出さず、前線の将に任せる……と。あれだけ狼狽えていた我等を信じ、託してくださるなど……)


「では我らが全力で戦い、その期待に応えるしかないではないか‼はっはっはっは‼」

(こんなに血が滾るのはいつぶりか!)

「行くぞ、お前達!!!」

「「「「「はっ‼」」」」」


植物魔法の勇者は視界を塞がれた状況でも、踵を返さずにゆっくりと前進した。

それにはきちんと理由がある。

「火魔法が弱点だって?そんなわかりやすい弱点、とっくに克服しているに決まっているじゃないですか‼要するに僕を倒す手段などないんですよ‼」

(視界がほぼゼロなのは鬱陶しいですけどね!)


ここでリュウが送った魔法士部隊が到着し、一斉に火魔法を放った。

しかし……。

「クソッ!燃えた部分がすぐに蔦で塞がれ、鎮火されてしまう!」

「諦めるな!魔法を撃ち続けろ!」


木の巨人は止まらない。

(蔦で中を真空状態にすれば、すぐに火は消えちゃうんです。これ常識ですよね?さ~て、このまま敵兵を踏み潰せるだけ踏み潰して、魔力が切れる前に帰りますか)


その頃、天幕では。

「ねぇリュウ君。やっぱり作戦を考え直さない?」

「無理です。時間ないんで」

リュウは辺境伯を跳ね除け、アクセルに跨った。

「じゃあ、これ借りますね」

「あぁぁぁ、僕の最高級馬車が……」

辺境伯は膝から崩れ落ちる。


「アクセル、頼んだぞ」

「ブルル」

普通馬車は二頭で引くのが常識とされているが、アクセルであれば一頭でも余裕で引くことができるのだ。


先ほど程度の戦いではいささか消化不良だったアクセルは、馬車を引いているにもかかわらず、戦場を爆速で駆け抜けた。そんな速さで走れば事故が起こってしまうことは十分理解しているが、それでもリュウはアクセルを止めない。

「さ、参謀長様⁉」

「いてッ‼」

「ぐあぁぁぁ‼足が牽かれた……‼」

「すまん、衛生兵にすぐ治療してもらってくれ」


巨人との距離は縮まっていく。

(矢で視界を塞がれつつ鎮火に気を取られ、真っすぐ歩くので精一杯。予定通りだ。魔力が切れる前に戻ろうとしているのかもしれんが、そうはいかんぞ)


前線の兵士達も馬車に気が付き、またそれに乗っているのがリュウだということを知り、直ちに道を開けた。我等の参謀長であれば、何か秘策があるのだろうと信じて。


巨人は兵を踏み潰しながら今も前進を続けており、再び右足を上げた。

(よし、アクセル。このタイミングだ)

(ブルルル)

アクセルは最大限加速した。

ブラン伯爵の横スレスレを駆け抜ける。

「さ、参謀長殿⁉」


大きな前足が地面に着く前に、その隙間に馬車を滑り込ませ、"あえて"踏ませる。

「ん、何か踏みましたか?まぁいいや、そのまま潰して進み続けましょう」

だが今踏んでいるのは辺境伯家の最高級馬車。硬い素材でできているそれは、ただでは潰れない。


「アクセル。全速前進だ」

「ブルル」

巨人の右足は完全に馬車に取られ、バランスを失った。

「えっ」


そして。

「巨人が倒れるぞ!!!」

「退避、退避ー!!!」

植物魔法で創造された木の巨人は、ついに地面に倒れ込んだ。

(くそッ!僕は今何を踏んだんですか⁉早く立ち上がらなければ……!)

しかし、その隙をブラン伯爵が見逃すわけもなく……。

「今だ、畳みかけろ‼参謀長殿が命懸けで作ってくれたチャンスを無駄にするな‼」

「「「「「オォ‼」」」」」


リュウはそのまま天幕に戻った。

「グレイス候。馬車をお返ししますね」

「あぁぁぁ、僕の高級馬車ちゃんがぁぁぁ」

最高級馬車は半分ほどペシャンコになっていた。


リュウは先ほど拡声の魔道具で、火魔法だの足を狙えだのと命令を下したが、本命は矢で視界を塞ぐことであり、前の二つはただのブラフである。




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所詮は異世界からやってきた学生です って知ってるんだ?
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