表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/56

第48話:西方戦線②

西方戦線の陣形は中心を辺境伯軍、その左右を他貴族軍で固める配置となっている。最も精強な軍隊を真ん中に据え置くことで、万が一の際にも陣全体がバラバラに分解せぬ様、工夫されているのだ。これはリュウの策というよりは、常識の範疇である。


「くっ……敵も手強いぞ……!」

「怯むな!!!!!!」

「我ら帝国軍の力を見せつけてやれ!!!」


それに対し、敵の中央は侯国最強の軍隊が担当しているため、もちろん一筋縄ではいかない。彼等はわざわざこの戦のために、首都から出陣してきたのである。このことから侯国の全力具合がうかがえる。


辺境伯軍の将が後方から指示を飛ばした。

「おい、前へ出過ぎるな!!!敵の矢の射程範囲に入るぞ!!!しっかりと横を見て隊列を整えつつ戦え!!!」

「「「「「「はっ‼」」」」」」


敵の弓兵部隊は防壁上で待ち構えており、矢の射程は残念ながらあちらに分があるので、前へ出過ぎると一斉射撃をくらってしまう。そのため初日は防壁と一定の距離をとりつつ、少しずつ敵兵を減らす作戦である。


後ろに下がりすぎてもアウト、前に出過ぎてもアウトという、なかなか難しい調整が求められるのだが、辺境伯軍の将はなかなか上手く指示を出せている。


その様子を見てリュウは唸った。

「いやぁ、さすが辺境伯軍の将ですね。前線にいるのに、しっかりと戦場全体が俯瞰して見えている」

「あれはうちの騎士団長代理だよ」

「なるほど、納得です」


ちなみに騎士団長シャーロット率いる辺境伯直下部隊は現在天幕の側で、出撃を今か今かと待っている。またその隣には、若干暗い雰囲気のアードレン部隊が待機していた。


この調子で、最初の一時間は作戦通りに戦が進んだ。だが戦にイレギュラーは付きもの。


「左端の軍が前に出過ぎてますね」

「将は気づいていないどころか、わざとやっているように見えるね」

「一応早馬を出しておきますか」

リュウは近くの騎兵に、件の指示を出した。


早馬は戦場と森の間を走り、左端の将に接近した。

「カッサーノ男爵様、伝令です!直ちに後退するように。直ちに後退するように。とのことです!」


しかし男爵の耳には入っていない。

どうやら頭に血が昇り、ひどく興奮状態になっているようだ。

「はっはっは!我がカッサーノ軍は最強じゃあ!ほれ、横を見てみろ。誰も我らに追いついておらぬわ!このまま突き進めぇい!!!」

「「「「「はっ‼」」」」」


だが早馬も諦めずに仕事をこなす。

危険なのは重々承知の上、前線にいる男爵の横までつけた。

「カッサーノ男爵様!!!直ちに後退するようにと、上から指示が出ております!!!」

「あ?上から……?」


男爵はチラリと天幕の方に視線を移した。

「チッ。小僧如きが儂に……百年早いわ!」

「ですが、参謀長様の命令ですので、直ちに後退し、隊列を合わせるようご指示を……」

「えぇい、やかましいわ!貴様は黙っておれ!」

「男爵様、落ち着……うわっ‼」

男爵は槍の石突部分で早馬の騎士を突き飛ばし、落馬させた。


リュウと辺境伯はその一連の流れをしっかりと見ていた。

「えぇぇぇ」「あちゃー」

「一体誰ですか、あの馬鹿は……」

「左側はたくさんの貴族軍が並んでるけど、確か左端前方はカッサーノ男爵だね。ほら、リュウ君が腕を斬り落とした人だよ」

「あ〜、俺が腕を……って俺が斬り落とした訳じゃないですからね」

「はいはい」


(そういえばあの道化顔男爵は日々の会議中でも、ずっと俺を睨んでいたな……頼むから戦時中くらいは分別つけてくれよ。他に迷惑がかかるだろう)


「グレイス侯。東の島国の兵法書には、『真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である』という格言がありまして」

「いい格言だねぇ」

「ああいう馬鹿は俺からすれば普通に損切り対象なので……」

「うん、許可するよ。でもその後が大変だと思うから慎重にね?」


「そこら辺はもう考えてあるので大丈夫です」

「さすがリュウ君。で、どの待機軍に頼むつもりだい?」

「結構急ぎなので、俺が出ます」

「えっ」

リュウは天幕を駆け下り、アクセルに跨った。


「アードレン部隊、初仕事だ。俺について来い」

「「「「「「はっ‼」」」」」」


「ついに私の出番ですか!」

「ああ。今回一番大事なのはスティングレイだ。途中風魔法を使ってもらうから、それを念頭に置いておいてくれ」

「わかりました!」

リュウ、スティングレイ以下百騎、出陣。


アードレン部隊は先ほどの早馬同様、西方戦線軍と森の間を駆け抜け、まずは男爵軍の後方に控えるブラン伯爵軍の所へ向かった。


「ブラン伯爵」

「おぉ、参謀長殿か。いかがなされた?」

「前を見ればわかると思うのだが、カッサーノ男爵軍が"意図的に"前に出ている。このままでは西方戦線軍の前列に亀裂が生じてしまうため、あの馬鹿を見捨てて立て直しを図ることにした」


「私も賛成だ。軍全体が乱れる前に見捨てた方がいいだろう。要するに私はカッサーノ男爵軍の残党を率いれば良いのだな?」

「話が早くて助かる」

「これも貴殿のおかげよ」

初めて会った時のブラン伯爵はかなり堅い人物であったが、二週間の会議を経て、彼はリュウの人となりをしっかりと理解してくれたので、今では雑談をするほどの関係になったのだ。


「良い人ですよね〜ブラン伯爵様」

「ああいう人物が味方にいると心強い」

「カサなんとか男爵の後ろに、伯爵を配置してくれた辺境伯様に感謝ですね」

「まったくだ。俺はそこまで考えられなかった」

周りに支えられてこその参謀長である。


雑談を交える余裕のある二人に対し、後ろのアードレン騎兵たちは緊張で若干縮こまっていた。

「大丈夫だ。ただ俺の後ろについてくればいい。何も難しいことはない」

「「「「「「……」」」」」」


戦の将は主に二種類に分かれる。

自らが先頭に立ち、その背中で兵士達の士気を上げる武将。

自らは後方に控え、細かい指示を出し兵士達に安心感を与える智将。


リュウの場合は……。

自らが先頭に立ち背で味方を鼓舞しつつ、細かい指示を出し戦場全体を操るハイブリット型の猛将である。

(そうだ。俺たちの前にはリュウ様が走っておられる)

(我らが主人を走らせておいて、縮こまってられるか)


現在左方前線では、カッサーノ軍と敵軍が入り乱れ、カオスな状態になっている。男爵が前に出過ぎていることで、後ろの兵が置いてけぼりを食らっているのだ。今回は男爵を切り離し、後ろの兵をブラン伯爵に拾ってもらいたい。


「この位置から突っ込むぞ。一応敵を殺しながら進むが最悪無視して良い。速さが重要だ」

「「「「「はっ‼」」」」」


軍と垂直の角度で、奥の前線に合わせ真っ直ぐの線を引くように、アードレン部隊は戦場を突っ切る。もちろん敵もそれに気がついた。

「おい、新手がきたぞ!」

「アクセル。あのうるさい奴を踏み潰せ」

「ブルル」

「ぎゃぁぁぁ!!!」


今までカッサーノ軍の前線を狙っていた弓兵部隊がリュウの存在に気がついた。

「あれは参謀長だ!」

「集中狙いしろ!」

アードレン部隊に大量の矢が迫る。

「スティングレイ」

「お任せを!"竜の息吹(ドラゴンブレス)"!」

彼女の魔法がそれを全て吹き飛ばした。


またリュウの存在に気がついた者は他にも存在する。

「参謀のくせに自ら前線に飛び込んでくるとは……馬鹿め」

猛々しい大男が大剣を背負い、接近してきた。

大男が馬上から一振りすれば兵士五人の首が飛び、もう一振りすれば三人の兵士が宙を舞う。


「誰だ、あの無駄にデカいのは」

「リュウ様、あれは侯国騎士団の副団長です」

「ほほう。じゃあ……」

「はい。退避しましょう」

「アイツを狩れば大金星だな」

「え"っ⁉ちょっと待ってください‼リュウ様!リュウ様ぁ!!!」


アクセルはそのまま真っ直ぐ走った。

両者の距離はどんどん縮まる。

副団長は叫んだ。

「この私から逃げぬとは随分勇敢であるなぁ!!!それともただの阿呆か!?!?」

「……」

「怖気付いて口すら開けないとは、やはりただの阿呆のようだな!!!」


リュウは倶利伽羅を抜刀しない。

それどころか握りもしない。

その様子を見て、副団長はニヤリと口角を上げた。

(剣すら持てんのか……雑魚め)

しかしリュウの左手には紫電が迸っていた。


副団長は得物を派手に振りかぶる。

「はぁぁぁぁぁぁ!!!!死ねぇぇぇぇ!!!!」


大剣の刃がリュウの首に迫る。

「リュウ様ぁぁぁ!!!!」


だが……。

龍牙リュウガ

ガキンッ!!!!!!!

その金属音は紫電と共に周囲に響き渡った。


「私の剣を……掴み取った……だと!?」

リュウはそのまま握力で砕き潰す。

バキンッ!!!

「……は?」

(この大剣はミスリル製だぞ!?)


副団長が混乱しているうちに右手で倶利伽羅を抜刀し、一閃。副団長の胴体と下半身を分離させた。

「阿呆はお前だよ」

「え……あ……」


「ふ、副団長!!!!???」

「貴様ぁぁぁぁ!!!!」

「ほら、このデカいのはお前達にやるよ」

リュウは特に首を持ち帰ることには魅力を感じないので、胴体は後ろで狼狽えている敵兵にぶん投げた。


「参謀長が敵将を一人討ち取ったぞ!!!」

「「「「「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」

もちろん味方の士気は上がる。


「リュウ様、死んじゃったかと思いました……無茶しないで下さいよ」

「すまんな。ところでアードレン部隊は全員付いて来てるか?」

「はい。ずっと後ろで見守ってましたよ、リュウ様の戦いを」

「そうなのか。ちなみにここが終着点だ」

「予定通り、カッサーノ軍の前後を分断できましたね」


そして横を見ると、すぐ手前までブラン伯爵軍が来ていた。

リュウと伯爵はアイコンタクトをし、

(あとは任せた) (御意)


「離脱するぞ」

「「「「「はっ‼」」」」」

アードレン部隊は中央の辺境伯軍と左のブラン伯爵軍の間を通り、天幕の方まで駆け戻った。

この時のリュウの背中は、この世界の誰よりも輝いて見えた。

(リュウ様……)

(やはりあの御方は……)

(貴方様こそが……)




丘の上では、辺境伯が拍手をしながら出迎えてくれた。

「さすがだね、リュウ君は。分断どころか敵将も一人沈めるだなんて。ブラン伯爵への引き継ぎも完璧だよ」

「いえいえ。まだまだ戦いはこれからなのであまり喜んでいられませんよ」

「また謙遜しちゃうんだから」


リュウは振り返り、遠くを指差した。

「それよりも防壁の方を見てください。俺の予想だとそろそろ出てくると思います」

「え、何が?」


現在後ろを全く見ていないカッサーノ男爵が残り少ない兵士を率い、防壁に達するところだ。


すると……。

防壁の向こう側から、木の巨人が顔を見せた。

「オオオオオオオ!!!!!」


以前アードレン部隊を、勇者を誘き出すための餌にするなどとほざいていたカッサーノ男爵自身が、今度はリュウの手によって、逆に勇者を誘い出すための餌にされたのである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ