第48話:西方戦線②
西方戦線の陣形は中心を辺境伯軍、その左右を他貴族軍で固める配置となっている。最も精強な軍隊を真ん中に据え置くことで、万が一の際にも陣全体がバラバラに分解せぬ様、工夫されているのだ。これはリュウの策というよりは、常識の範疇である。
「くっ……敵も手強いぞ……!」
「怯むな!!!!!!」
「我ら帝国軍の力を見せつけてやれ!!!」
それに対し、敵の中央は侯国最強の軍隊が担当しているため、もちろん一筋縄ではいかない。彼等はわざわざこの戦のために、首都から出陣してきたのである。このことから侯国の全力具合がうかがえる。
辺境伯軍の将が後方から指示を飛ばした。
「おい、前へ出過ぎるな!!!敵の矢の射程範囲に入るぞ!!!しっかりと横を見て隊列を整えつつ戦え!!!」
「「「「「「はっ‼」」」」」」
敵の弓兵部隊は防壁上で待ち構えており、矢の射程は残念ながらあちらに分があるので、前へ出過ぎると一斉射撃をくらってしまう。そのため初日は防壁と一定の距離をとりつつ、少しずつ敵兵を減らす作戦である。
後ろに下がりすぎてもアウト、前に出過ぎてもアウトという、なかなか難しい調整が求められるのだが、辺境伯軍の将はなかなか上手く指示を出せている。
その様子を見てリュウは唸った。
「いやぁ、さすが辺境伯軍の将ですね。前線にいるのに、しっかりと戦場全体が俯瞰して見えている」
「あれはうちの騎士団長代理だよ」
「なるほど、納得です」
ちなみに騎士団長シャーロット率いる辺境伯直下部隊は現在天幕の側で、出撃を今か今かと待っている。またその隣には、若干暗い雰囲気のアードレン部隊が待機していた。
この調子で、最初の一時間は作戦通りに戦が進んだ。だが戦にイレギュラーは付きもの。
「左端の軍が前に出過ぎてますね」
「将は気づいていないどころか、わざとやっているように見えるね」
「一応早馬を出しておきますか」
リュウは近くの騎兵に、件の指示を出した。
早馬は戦場と森の間を走り、左端の将に接近した。
「カッサーノ男爵様、伝令です!直ちに後退するように。直ちに後退するように。とのことです!」
しかし男爵の耳には入っていない。
どうやら頭に血が昇り、ひどく興奮状態になっているようだ。
「はっはっは!我がカッサーノ軍は最強じゃあ!ほれ、横を見てみろ。誰も我らに追いついておらぬわ!このまま突き進めぇい!!!」
「「「「「はっ‼」」」」」
だが早馬も諦めずに仕事をこなす。
危険なのは重々承知の上、前線にいる男爵の横までつけた。
「カッサーノ男爵様!!!直ちに後退するようにと、上から指示が出ております!!!」
「あ?上から……?」
男爵はチラリと天幕の方に視線を移した。
「チッ。小僧如きが儂に……百年早いわ!」
「ですが、参謀長様の命令ですので、直ちに後退し、隊列を合わせるようご指示を……」
「えぇい、やかましいわ!貴様は黙っておれ!」
「男爵様、落ち着……うわっ‼」
男爵は槍の石突部分で早馬の騎士を突き飛ばし、落馬させた。
リュウと辺境伯はその一連の流れをしっかりと見ていた。
「えぇぇぇ」「あちゃー」
「一体誰ですか、あの馬鹿は……」
「左側はたくさんの貴族軍が並んでるけど、確か左端前方はカッサーノ男爵だね。ほら、リュウ君が腕を斬り落とした人だよ」
「あ〜、俺が腕を……って俺が斬り落とした訳じゃないですからね」
「はいはい」
(そういえばあの道化顔男爵は日々の会議中でも、ずっと俺を睨んでいたな……頼むから戦時中くらいは分別つけてくれよ。他に迷惑がかかるだろう)
「グレイス侯。東の島国の兵法書には、『真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である』という格言がありまして」
「いい格言だねぇ」
「ああいう馬鹿は俺からすれば普通に損切り対象なので……」
「うん、許可するよ。でもその後が大変だと思うから慎重にね?」
「そこら辺はもう考えてあるので大丈夫です」
「さすがリュウ君。で、どの待機軍に頼むつもりだい?」
「結構急ぎなので、俺が出ます」
「えっ」
リュウは天幕を駆け下り、アクセルに跨った。
「アードレン部隊、初仕事だ。俺について来い」
「「「「「「はっ‼」」」」」」
「ついに私の出番ですか!」
「ああ。今回一番大事なのはスティングレイだ。途中風魔法を使ってもらうから、それを念頭に置いておいてくれ」
「わかりました!」
リュウ、スティングレイ以下百騎、出陣。
アードレン部隊は先ほどの早馬同様、西方戦線軍と森の間を駆け抜け、まずは男爵軍の後方に控えるブラン伯爵軍の所へ向かった。
「ブラン伯爵」
「おぉ、参謀長殿か。いかがなされた?」
「前を見ればわかると思うのだが、カッサーノ男爵軍が"意図的に"前に出ている。このままでは西方戦線軍の前列に亀裂が生じてしまうため、あの馬鹿を見捨てて立て直しを図ることにした」
「私も賛成だ。軍全体が乱れる前に見捨てた方がいいだろう。要するに私はカッサーノ男爵軍の残党を率いれば良いのだな?」
「話が早くて助かる」
「これも貴殿のおかげよ」
初めて会った時のブラン伯爵はかなり堅い人物であったが、二週間の会議を経て、彼はリュウの人となりをしっかりと理解してくれたので、今では雑談をするほどの関係になったのだ。
「良い人ですよね〜ブラン伯爵様」
「ああいう人物が味方にいると心強い」
「カサなんとか男爵の後ろに、伯爵を配置してくれた辺境伯様に感謝ですね」
「まったくだ。俺はそこまで考えられなかった」
周りに支えられてこその参謀長である。
雑談を交える余裕のある二人に対し、後ろのアードレン騎兵たちは緊張で若干縮こまっていた。
「大丈夫だ。ただ俺の後ろについてくればいい。何も難しいことはない」
「「「「「「……」」」」」」
戦の将は主に二種類に分かれる。
自らが先頭に立ち、その背中で兵士達の士気を上げる武将。
自らは後方に控え、細かい指示を出し兵士達に安心感を与える智将。
リュウの場合は……。
自らが先頭に立ち背で味方を鼓舞しつつ、細かい指示を出し戦場全体を操るハイブリット型の猛将である。
(そうだ。俺たちの前にはリュウ様が走っておられる)
(我らが主人を走らせておいて、縮こまってられるか)
現在左方前線では、カッサーノ軍と敵軍が入り乱れ、カオスな状態になっている。男爵が前に出過ぎていることで、後ろの兵が置いてけぼりを食らっているのだ。今回は男爵を切り離し、後ろの兵をブラン伯爵に拾ってもらいたい。
「この位置から突っ込むぞ。一応敵を殺しながら進むが最悪無視して良い。速さが重要だ」
「「「「「はっ‼」」」」」
軍と垂直の角度で、奥の前線に合わせ真っ直ぐの線を引くように、アードレン部隊は戦場を突っ切る。もちろん敵もそれに気がついた。
「おい、新手がきたぞ!」
「アクセル。あのうるさい奴を踏み潰せ」
「ブルル」
「ぎゃぁぁぁ!!!」
今までカッサーノ軍の前線を狙っていた弓兵部隊がリュウの存在に気がついた。
「あれは参謀長だ!」
「集中狙いしろ!」
アードレン部隊に大量の矢が迫る。
「スティングレイ」
「お任せを!"竜の息吹"!」
彼女の魔法がそれを全て吹き飛ばした。
またリュウの存在に気がついた者は他にも存在する。
「参謀のくせに自ら前線に飛び込んでくるとは……馬鹿め」
猛々しい大男が大剣を背負い、接近してきた。
大男が馬上から一振りすれば兵士五人の首が飛び、もう一振りすれば三人の兵士が宙を舞う。
「誰だ、あの無駄にデカいのは」
「リュウ様、あれは侯国騎士団の副団長です」
「ほほう。じゃあ……」
「はい。退避しましょう」
「アイツを狩れば大金星だな」
「え"っ⁉ちょっと待ってください‼リュウ様!リュウ様ぁ!!!」
アクセルはそのまま真っ直ぐ走った。
両者の距離はどんどん縮まる。
副団長は叫んだ。
「この私から逃げぬとは随分勇敢であるなぁ!!!それともただの阿呆か!?!?」
「……」
「怖気付いて口すら開けないとは、やはりただの阿呆のようだな!!!」
リュウは倶利伽羅を抜刀しない。
それどころか握りもしない。
その様子を見て、副団長はニヤリと口角を上げた。
(剣すら持てんのか……雑魚め)
しかしリュウの左手には紫電が迸っていた。
副団長は得物を派手に振りかぶる。
「はぁぁぁぁぁぁ!!!!死ねぇぇぇぇ!!!!」
大剣の刃がリュウの首に迫る。
「リュウ様ぁぁぁ!!!!」
だが……。
「龍牙」
ガキンッ!!!!!!!
その金属音は紫電と共に周囲に響き渡った。
「私の剣を……掴み取った……だと!?」
リュウはそのまま握力で砕き潰す。
バキンッ!!!
「……は?」
(この大剣はミスリル製だぞ!?)
副団長が混乱しているうちに右手で倶利伽羅を抜刀し、一閃。副団長の胴体と下半身を分離させた。
「阿呆はお前だよ」
「え……あ……」
「ふ、副団長!!!!???」
「貴様ぁぁぁぁ!!!!」
「ほら、このデカいのはお前達にやるよ」
リュウは特に首を持ち帰ることには魅力を感じないので、胴体は後ろで狼狽えている敵兵にぶん投げた。
「参謀長が敵将を一人討ち取ったぞ!!!」
「「「「「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」
もちろん味方の士気は上がる。
「リュウ様、死んじゃったかと思いました……無茶しないで下さいよ」
「すまんな。ところでアードレン部隊は全員付いて来てるか?」
「はい。ずっと後ろで見守ってましたよ、リュウ様の戦いを」
「そうなのか。ちなみにここが終着点だ」
「予定通り、カッサーノ軍の前後を分断できましたね」
そして横を見ると、すぐ手前までブラン伯爵軍が来ていた。
リュウと伯爵はアイコンタクトをし、
(あとは任せた) (御意)
「離脱するぞ」
「「「「「はっ‼」」」」」
アードレン部隊は中央の辺境伯軍と左のブラン伯爵軍の間を通り、天幕の方まで駆け戻った。
この時のリュウの背中は、この世界の誰よりも輝いて見えた。
(リュウ様……)
(やはりあの御方は……)
(貴方様こそが……)
丘の上では、辺境伯が拍手をしながら出迎えてくれた。
「さすがだね、リュウ君は。分断どころか敵将も一人沈めるだなんて。ブラン伯爵への引き継ぎも完璧だよ」
「いえいえ。まだまだ戦いはこれからなのであまり喜んでいられませんよ」
「また謙遜しちゃうんだから」
リュウは振り返り、遠くを指差した。
「それよりも防壁の方を見てください。俺の予想だとそろそろ出てくると思います」
「え、何が?」
現在後ろを全く見ていないカッサーノ男爵が残り少ない兵士を率い、防壁に達するところだ。
すると……。
防壁の向こう側から、木の巨人が顔を見せた。
「オオオオオオオ!!!!!」
以前アードレン部隊を、勇者を誘き出すための餌にするなどとほざいていたカッサーノ男爵自身が、今度はリュウの手によって、逆に勇者を誘い出すための餌にされたのである。




