第47話:西方戦線①
翌日、リュウと辺境伯は数十名の騎士を連れ、西方戦線までの道のりを下見しに向かった。侯国との国境には大森林が存在し、そこを抜ければもう敵が陣を構える都市が視界に入る。
「ここの街道は広いので、そこまで時間は掛からなさそうですね」
「明日の早朝に出れば正午あたりには到着すると思うから、到着後すぐに僕たちは戦場を見渡せる丘の上に天幕を張り、兵士達には広く展開してもらうことになるね」
「あ、そういえば、俺は参謀長ですけど戦争中に何回か天幕を抜けると思うので、その時はよろしくお願いします」
「心細いなぁ」
「実はグレイス候も戦争関連が得意なの知ってますからね。正直俺より貴方の命令の方が、兵士達は安心して動けると思うので、バンバン指示出しちゃって下さい」
今回は軍の過半数が辺境伯軍なので、新参者の参謀長よりも長年自分達が仕えている辺境伯の方が、命令がスムーズに通るだろう。
「しょうがないなぁ」
(まぁリュウ君ならすぐに戻ってきてくれるでしょ)
森を抜ければ……。
「あの都市が敵陣ですか。ここからでは防壁が少ししか見えませんけど、壁上にはびっしりと兵が並んでいるっぽいですね」
「あちらも準備万端だね。結局最後はうちが勝つから、別にその準備は意味ないけどね」
「その通りです」
セル侯国の一都市といえども、あそこはまだ帝国と同盟を結ぶ前に対帝国戦を想定して造られた都市なので、かなり大規模で防壁も高い。
リュウが踵を返そうとしたところ、
「じゃあそろそろ帰りま……ん?」
「ねぇリュウ君。どうせなら丘の上まで登ってみない?」
「やめといた方が良いと思いますよ。相手がグレイス候の存在に気付いた場合、何かしらのアクションを起こしてくることは明白です」
「でもさ。こっちにはシャーロットを含めた自慢の騎士達がいるし、それにリュウ君もいるんだから大丈夫でしょ」
結局、丘の上まで登ることに。
「いや~、壮観壮観」
「上から見ると、割と攻めやすそうですね、あの都市」
「あそこをうちの第一拠点として、少しずつ前線を上げていくことになるからね」
とは言っても、侯国はこの一戦に全てを賭けているようなので、ここを落としてしまえば、皇国までの道のりは比較的楽であろう。
その時、向こうの空に火魔法が撃ち上がった。
「やっぱりバレましたね」
「大丈夫、大丈夫」
門がゴゴゴゴと開き、騎兵が五騎飛び出した。
馬の速度が一般のものとは一線を画しているため、おそらく特別な部隊だろう。
「シャーロット」
「はっ!」
騎士団長は槍を手に取り、乗馬したまま身を捻った。
そして、敵目掛け投擲。
槍は目にも留まらぬ速度で戦場を突き進み、直撃。
その一本の槍は一人目の頭蓋を砕くだけに留まらず、二人目の腹部を貫通し、三人目の馬の前足に突き刺さった。一瞬で部隊が半壊。
「クソッ!あれは……騎士団長シャーロットか!」
「化け物めッ!二騎では無駄死にするだけだ、帰るぞ」
リュウとスティングレイは、口をポカーンと開けてその様子を眺めていた。
「えぇ……」
「槍一本で特殊部隊を撃退……槍一本で……」
「さすがはうちのシャーロットだね!」
「お褒めに預かり恐悦至極」
後ろの騎兵達も、ウンウンと頷いていた。
彼等にとっては見慣れた光景なのだろう。
その後、地形を目で覚えた二人は、満足して帝国に戻った。
帰り道にて。
「そういえばグレイス候に伝えなくちゃいけない事がありまして」
「ほうほう。気になるねぇ」
「その前に、後ろの騎兵は皆信頼できる者達ですか?」
「もちろん。全員十年以上共に戦っている臣下達だよ」
「じゃあ安心ですね」
リュウは一息置いた。
「先日とある情報筋から、勇者に関しての情報を仕入れまして。でもイマイチ確信が持てなかったので今まで秘密にしていたんですが、この際もう教えちゃおうかなと」
「信憑性の薄い情報は、かえって味方を混乱させるだけだからね。でも辺境伯家や陛下の暗部でも、未だに勇者の情報は掴めてないから、ぜひ教えてほしいな」
これに関しては、辺境伯や女皇の部下が悪いのではなく、皇国と侯国の上層部がかなり特殊なため、情報を掴めていないだけである。まず皇国の上層部は皇国貴族かつエルドラド教の司祭を務めている者達のみ構成されているため、密偵を潜り込ませるのはほぼ不可能であり、また全員が熱心なエルドラド教徒なため、情報を売ろうとする輩も皆無なのだ。次にセル侯国に関しては、代々国を一族で経営しており、大臣や軍幹部もセル候の血族ばかりなので、これまたスパイを送り込める余地はない。
リュウは説明を始めた。
「ではまず敵の勇者は三人でして、男二人に女一人。全員が異世界からやってきた元学生らしいです」
「へぇ、異世界にも学校があるんだね。年が若いのは助かるかも」
「たぶん精神年齢も低いでしょうから、その点についてはやりやすいですよね」
「煽り耐性もゼロだろうなぁ」
「次は魔法についてですが、男二人が“植物魔法”、“隷属魔法”。女が“死霊魔法”のようです」
「なんか聞いたこともないような、すごい魔法ばっかりだね」
「全体的に戦争向きの魔法ですから侮れません」
「だから皇国は強気に出してきたんだね、まだ召喚したばかりの勇者を」
「彼等の対策はまた今夜練りましょうか」
「了解だよ。シャーロットとスティングレイさんも手伝ってね?」
「承知致しました」「はい!わかりました!」
休憩中、辺境伯が溜め息混じりに呟いた。
「今回、帝国魔術師は出てきてくれるのかねぇ」
「一応帝国にとっての大一番ですから、きっと来てくれますよ」
「そう信じたいけど……」
勇者の話を聞いた時から、辺境伯の表情が少しだけ暗い。伝説の存在が三人も出張ってくるというのだから、これは仕方のない話である。
そんなどんよりとした雰囲気の中で、リュウだけはいつもと変わらず、やる気があるのかないのかわからないような表情をしていた。
「ま、うちには最強の騎士団長がいますし、軍も帝国で五本の指に入る強さなので、そんなに心配しなくても大丈夫ですって。それにほら、最悪俺が頑張ってどうにかしますから。まぁできるだけ天幕でダラダラしていたいですけども」
そのまま、よっこらせと立ち上がり、アクセルに跨った。
その後ろ姿は、なぜか彼等にはとても大きく見えた。
「頼もしいですね、アードレン男爵は」
「そうだねぇ。まだ成人すらしてないのに」
(特別な事は何も言ってないし、覇気のある表情をしているわけでもないのに、なんでこうも輝いて見えるのかね。本当に不思議な存在だよね、君は)
翌日の正午。
西方戦線軍は陣を形成し、敵軍と睨み合っていた。兵士達の熱気が立ち昇り、殺伐とした空気に拍車をかける。
丘の上には大将と参謀長、その他数名の軍幹部が立っており、戦場を見下ろしていた。
「リュウ君。そろそろ始めようかな」
「はい。今が一番良いタイミングかと」
辺境伯は近くにいる魔法使いに指示を出した。
「というわけで、君。よろしく」
「承知」
魔法使いは火魔法を撃ち上げ、上空で爆発させた。
「開戦の合図だ!隊列を崩さぬよう、全速前進!」
「「「「「「「はっ!」」」」」」」
敵も同時に前進を始め、両者の距離は徐々に縮まっていく。
そして、激突。
血飛沫が舞い上がり、戦場は一瞬で死屍累々の地獄となる。
「殺せぇぇぇ!!!!!」
「この裏切者共が!!!!」
「侵略者を返り討ちにしろ!!!!」
「反徒共に鉄槌を下せ!!!!」
ついに西方戦線の火蓋が切られた。




