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異世界転生ガチャ―SSRを目指した俺の末路―

作者: ぼたもち


 トラックのクラクションが、俺の人生の終わりを告げる。

 90度回転した景色は、日常の風景を非日常に変えた。

 俺が咄嗟に突き飛ばした女性は、心配そうに俺を見下ろしながら涙を浮かべて両手で口元を覆っている。

 黒髪に長い睫毛の美しい女性だ。

 美人助けて死ぬなら本望かな。

 最後に下らない考えで頭を満たした俺の視界は揺らぎ、現世から魂を融解した。


 ――――――――――――――――――――


 

「嗚呼、御労しや。鳩貝佳大(はとがいけいた)様」


 和服の袖で涙を拭う少年の外見は12歳程だろうか。

 真っ白な空間に立つ彼は、白装束を身に纏って背景に溶け込んでいる。


「……ここは何処なんですか?」


 少年が俺より幼いのは目に見えているが、その神々しさから敬語が飛び出た。

 人間に他ならない外見をした少年を、何故だか神の様に感じる。


「ここは三途の川と現世を繋ぐ中間点。天界へは行けぬ魂を異世界へ案内する空間です」


 少年は世界を案内する様に袖を振る。

 そんな彼の足元には、影が一切無い。

 俺は少年と比較する様に、自分の体をマジマジと観察した。

 死に際の外傷は一切なく、彼と同様に影が無い。

 現実にはあり得ない自然光の消失した明るい世界を目の当たりにした俺は、少年の発言をすんなりと飲み込んだ。


「俺は天国に行けないんすか。あと貴方は一体……」


 少年の言う異世界が、地獄の可能性が残されている。

 平均的なサラリーマンだった俺がそんな審判を下されるとは到底思えなかったが、ここは警戒心を強めておくことにしよう。


「私は修験の一環で魂の管理を任された禰宜(ねぎ)に御座います」


「ネギ……?」


 柄の長い野菜を想像した俺を他所に、少年は言葉を続ける。


「ここは寿命を全うしていない魂へ新たなる生を与える場所。佳大様は本来81で病にて亡くなる予定でした」


 そう言ったネギは、空間に投影した映像を並び立てる。

 本来生きるはずだった俺の人生が、カメラのフィルムの様に流れて、竜の様に空へと舞い上がった。


「つまり俺は死に急いだって事ですか……」


 運命に逆らった行動が、俺をこの空間に連れて来たらしい。

 ネギは頷いて、いつの間にか手にしていた大幣(おおぬさ)を振る。

 キラキラとエフェクトが輝くと、彼の背面に朱色の重たそうなカーテンが現れた。


「人生を終える権利を持っていない佳大様には、貴方の過ごした現世とは違う世界で、もう一度生を全うして欲しいのです」


「なっ……まさかこれって!?」


 そろそろ状況が読めて来た。

 これは俗に言う『異世界転生』と言うやつではないか?

 トラックに轢かれて異世界で無双(チート)する。

 冴えないサラリーマンをしていた俺へのハッピーな展開に、ニヤケ顔が隠せない。

 「コホン」と1つ咳をして平静を装った俺は、チラチラとネギの次の行動を待つ。

 

「佳大様のJPは48ですか。あー惜しい、後2JPで十連が回せたのに」


 分厚い書類を捲るネギは、顎に指を当てて「うーん」と唸った。

 ……JPって何?


「あの、ネギさん。何を準備しているんですか?」


 分厚いカーテンの隙間からチラチラと見えるカプセルが、彼の和服にそぐわない。


「失敬。すぐに説明いたしますね」


 ネギはカーテンを開けながら横に移動する。

 そこに置かれていたのは、現世でよく見た光景だった。

 いや、実物を目にするのは初めてかもしれない。

 ボードに掛かれたピックアップと排出率の文字。

 真ん中に鎮座するは、カプセルトイの超巨大版。

 ……これはソシャゲのガチャだ。

 直感がそう告げる中、ネギは淡々と説明を開始した。


「まずはこちらのガチャコインをどうぞ」


 手渡された9枚のコインは、カプセルトイのサイズに合わせてマンホール程の大きさをしている。

 重さを覚悟して踏ん張ったが、見た目にそぐわぬ軽さでフワッと腕が上がった。


「今週のピックアップは勇者と陰陽師と魔法少女のマスコットですね。排出率がいつもの10倍となってます」


「待って明らかに説明が足りないんだけど!?」


 俺は敬語を忘れて叫ぶ。

 ネギはキョトンとして、パネルへ向けていた指示棒(大幣)を下へと滑らせた。


「いや、あの、異世界転生ってこんなんじゃなくない!?気付いたらめっちゃ便利なスキル渡されて転生するとかさ。女性の場合だったら悪役令嬢に生まれるとかさ」


「あー、基本的にはガチャシーンてカットされがちなんですよ。テンポが悪くなるとかなんとか」


「カットって!?」


 ほんわかと説明するネギは、俺の混乱に慣れた様子でクスクスと笑う。

 きっと俺の他にも、同じような疑問を持った魂を受け持った事があるのだろう。


「世界が無数に存在すると言っても同じ役職には上限がありますから。人気職は排出率低めですね」


 そう言って『SSR』の文字を、指示棒でトントンと強調するネギ。

 ラインナップには先に述べた勇者や、第一王子、ステータス無限の魔法使いなどとチートじみた文字が並んでいた。


「不人気職でも人生を謳歌してる人も多いですよ。私のオススメとしてはSRの料理人ですね」


「確かに料理で無双してる主人公多いけど!」


 え、皆ガチャ回して物語始めてんの?

 過去の英雄たちがガチャを回している姿を想像しながら、俺は膝から崩れ落ちた。

 思ったんと違う。

 完全に思ったんと違う。

 カラカラと軽い音を鳴らして転がるコインが、弧を描きながら遠くで倒れた。


「レアリティはN→R→SR→SSRの順番ですね。十連回せてたらSR確定だったんですけど、最後にJP下げちゃったからなぁ」


「当たり前の様に使われるJPの説明をしてくれ」


 巨大なカプセルトイを自身の体で攪拌しながら泳ぐネギは、カプセルの海から上がるとタオルで汗を拭いた。


「人生ポイントの略ですよ。善行を重ねれば天国に行くと言われるアレです」


 いや知らんがな。

 俺は自らを善意的な人間だとは思わないが、悪人ではない自信はある。

 人生最後には女性を助けた功績もあるのだから、もっとポイントを貰えないだろうか。


「最後に助けた彼女。本来はあの事故で入院して、主治医と結婚するはずだったんですよ。彼女の人生を崩さなければもう少しJPも高かったでしょうね」


「あれ善行に含まれねぇのかよ!」


 なんだよ、俺は人生を賭けて無駄な行動をしちまったのか……。

 あ、でも美人さんが他人の奥さんにならないのは、ちょっと嬉しい。


「JPの交換やアイテムの換金も出来ますが、45JPじゃあ交換できてもRの役職なので説明は省きますね」


 パネルの裏側に回ったネギは、そんなことをブツブツと言いながら手前に戻って来る。

 

「説明は大体こんなものでしょうか。ではコインを1枚ずつ入れて、ここのレバーを引いてください」


 俺の零したコインを丁寧に拾い上げたネギは、ガチャを早く回せと急かす。

 俺は彼の腕に収まったコインを1枚取って、巨大な挿入口へと運んだ。

 カランとプラスチック製の玩具みたいな音を立てて、俺の人生ポイントは消費された。

 ゴクリと眉唾を飲んだ俺は、重厚なレバーに体重を乗せて下ろす。

 煌びやかな七色の光が、視覚に刺激を与えた。

 神様も演出には凝るんだなぁ。

 そんな呑気な事を考えていると、俺の横にある取り出し口から巨大なカプセルが放り出された。

 コロコロと何処までも転がるそれを、追いかけるべきかと悩んでいると「パカッ」と勝手にカプセルの口が開く。


 役職名:魔法使いの箒

 レア度:R

 詳細:使い古された魔法使いの箒。今は倉庫の肥やしだ。


 キラキラとした演出から浮かび上がった文字と、イメージ画像が上空を覆った。


「Rですかー幸先良いですねー」


 パチパチと拍手をするネギの襟元を俺は掴んだ。

 もう、彼の神々しさなど関係ない。


「あれどう見ても生き物じゃねぇよ!?」


「Rのラインナップの内、生き物は半数ぐらいですからね」


 ガチャ結果を指差して大声を出す俺に、慣れっ子なネギは優しく嗜める。

 もしかして、異世界転生で主人公を務めている人達は、ガチャでアタリを引いたごく一部の人間なのか?

 ゾワッとした悪寒が背中を冷やした。

 ヤバい。このままだとチートするどころか来世に意思すら持てない。

 俺は改めて、パネルに並んだ多数の文字と睨めっこした。

 残りコインは8枚。

 SSRの提供割合が0.05%

 到底8枚のコインでは当たらない数値だな。

 だが、結局ガチャは1回ずつの抽選であり、天井が無い限り可能性は無限大だ。

 ――当たる。いや、ここで当てなければ俺の人生が終わってしまう。

 保険を掛けたい俺は、何の気なしにRのラインナップを見た。

 先ほどネギが言ったように、役職が薬草やら、木造家屋やら意味の分からない物が半数を占める中で、スライムや猫など生き物がそのグループに属している。


「スライム……?これってアタリ役職じゃねぇのか?」


 なるほど、最高レアリティで無くとも人生大逆転の目が残されているのか。

 結局はその役職を、どれだけ有効活用したかによって変わる。

 負け戦に勝ちを見出した俺は、再び投入口へと戻ろうとした。

 ――そこでハッと気づく。

 最初にネギが言った言葉「ピックアップの排出率はいつもの10倍」

 俺は慌てて『勇者』の項目を探した。

 あった。SSR勇者 排出率0.5%


「Rと同じ確率だと……!?」


 驚愕した俺の呼吸は早くなる。

 これは俺に勇者に成れと、神が啓示しているに他ならない。

 なんだ、結局ここまでの流れは茶番だったって事か。

 俺はネギを見てニヤリと笑った。

 少年は意図が分からない様に首を横に傾げるが、なんと演技の上手い奴だろう。

 ネクタイを正した俺は、自信満々にコインを投入した。


 役職名:ゴブリン

 レア度:R

 詳細:森の奥地に住む魔物。物語冒頭で勇者に敗れる。


「ふっ、早々には出ないんだな。盛り上がりを作りたいんだろう」


 勢いを殺すことなく、次のコインを投入する。


 役職名:小石

 レア度:N

 詳細:ごく普通のありふれた小石。水切りに使うと2回跳ねる。


「おっと、まあそうだよな。ここでNを引くことで後に運気を溜めてるんだろう」


 やれやれとジェスチャーをしながら、次のコインを投入する。


 役職名:水蒸気

 レア度:N

 詳細:ヤカンから沸き立つ水蒸気。湯気になる日を夢見ている。


「ほーんふふーん。そうだよなもっと運気を下げないとSSRの分だもんな。溜める運は多いほど良い」


 次のコインを投入する。


 役職名:商人

 レア度:SR

 詳細:宝石を運ぶ商人。危険な山道でゴブリンに襲われる。


「……これ襲われても勇者が助けてくれるやつ?さっき引いたゴブリンだよな、このゴブリン」


 後ろ髪を引かれつつ、次のコインを投入する。


 役職名:魔導書

 レア度:R

 詳細:基本的な魔術が書かれた書物。魔法学校の入学時に生徒へ支給される。


「へー、魔法学校って教科書支給されるんだー」


 興味が無いので、次のコインを投入する。


 役職名:雑草

 レア度:N

 詳細:ちょっと苦い雑草。毒は無いが、食べるとお腹が痛くなる。気がする。


「へへっ、もう勇者が出てもおかしくない頃合いだよな……」


 残りのコイン枚数に不安を覚えながら、次のコインを投入する。


 役職名:長針

 レア度:N

 詳細:壁掛け時計の長針。2分早く動く。


「……ヤバい。次でラストだ」


 大量にあると錯覚したコイン枚数も、残るは最後の1枚。

 顔を真っ青にしながら、次のコインを投入すべきか悩む。

 現在のガチャ結果は芳しくないが、1つだけ希望があるとすれば『商人』だろうか。

 今一度、商人の説明欄を開いた俺は、その文章の内面を読み解こうと目を泳がせる。

 ゴブリンに襲われるとあるが、その後の結果は書かれてない。

 もしこのゴブリンが勇者に倒される個体とは違ったら、虐殺される事になる。

 手元に残った最後のコイン。

 まともな選択肢の無い、俺の人生の最後の希望。


「収まれー収まれー俺の物欲センサー」


 現世でガチャ廃人に片足を突っ込んでいた俺は、願掛けをしながら最後のガチャを回した。

 下げられたレバーを合図に、散々見せられた演出が光る。

 排出口から出て来たカプセルの色は、他と相違ない。

 NもSRも同じ色をしていたのだから、まだ結果は分からない。

 ――転がったカプセルが、ゆっくりとその口を開いた。

 

 役職名:短針

 レア度:N

 詳細:壁掛け時計の短針。2分早く動く長針の事が気になって仕方がない。もしかしてこれって恋!?


「知らねぇよ!短針と長針の恋路に興味ねぇよ!!」


 俺の人生ガチャは爆死に終わった。

 四つん這いで結果を嘆く俺の肩に、ネギが優しく手を置いた。

 神に近しい少年から差し伸べられた手先に、まだチャンスがあるのかと顔を上げる俺。

 ネギは目を瞑って、左右に首を振っていた。

 あ、もうチャンスは無いんですね神様。

 ガチャの結果の前では、神も仏も微笑まない。

 「トホホ」と涙を流す俺は、諦めきれずに周囲を見渡した。

 だが、広大な白色の空間に、取り付く島などない。

 ここにあるのは、巨大なガチャとパネルのみ。

 フラフラと数歩進んだ俺は、ゴブリンにやられるであろう商人へなる他無いと諦める。

 ネギをこれ以上待たせても罰が当たるだろうと、俺は振り返った。

 視線の先にはパネルの背面。

 ガチャの説明が書かれたその一部に、こんな文字があった。


 アイテムの換金について

 ガチャで排出されたR以上のアイテムはJPとの交換が可能です。

 R→1JP

 SR→3JP

 SSR→10JP


「もしもし。このアイテムって生き物じゃない職業のことですかね」


「ええ、魔法使いの箒と魔導書が交換対象になります」


 パネルを指差して確認する俺の隣で、質問に答えたネギはハッと息を呑んだ。

 彼にも俺の思惑が伝わったらしい。

 そう、俺にはコインにならなかった端数の3JPがある。

 どうやら俺の異世界転生無双の夢は潰えていないらしい。


「ネギ。俺は勇者になるよ」


「はい!応援しております。佳大様!」


 受け取った新たなコインが、心なしか輝いて見える。

 カランと落ちる軽やかな音も、今は重量感を増して俺の人生の重みを伝える。

 ――さあ、始めようか。俺のチート生活!


 ――――――――――――――――――――


 町に現れた巨大な蝦夷鹿(エゾシカ)が、雄叫びを上げながら建物を次々と破壊していく。

 誰よりも早くそれを察知した俺は、戦友に敵の襲来を告げた。

 武器を手にした彼女の上空を浮遊する俺は、敵の行動を監視してその弱点を探り、手にした木の葉を手放して戦友の肩へと飛び乗った。


「ポル!これは子供達の不安な心から作られた魔獣だポル!曇った心を解放して欲しいポル!」


「オッケー!コロポックン!あんな奴、魔法少女・アイヌンの敵じゃないわ!」


 そう言って変身の光を放つアイヌン。

 その光を全身に受けながら、俺は眩しさに目を細めた。


 役職名:魔法少女のマスコット

 レア度:SSR

 詳細:魔法少女を支えるマスコット。かわいい。


 ――SSRは当たった。

 そう、当たったが狙っていた勇者はすり抜けた。

 うん、そうだよな。狙ってないピックアップ出るのは常識まであるわな。

 

 最後の抵抗で引いたガチャは、可もなく不可もない微妙な結果で終わり、俺の新たな人生をスタートさせた――。

 やっぱガチャって沼なんだなぁ……。

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