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アザレアの射手  作者: 佐倉花梨
第一幕 冒険者篇
8/11

1-8 涙の理由

文章中に若干のゴア表現が含まれます。

苦手な方はご注意ください。

 すっかり痛まなくなった体に鞭打ち、リィナはゆっくりと立ち上がる。人間の体をゆっくりと味わう彼奴の眼前に仁王立ちする彼女は、徐ろに弓を抜いた。


「別に殺すつもりはなかったけど、あんたがその気なら。あたしも容赦しないから」


 金属音を立てて布をかぶった巨大な黒鉄の弓を展開し、矢羽を掴んでストリングを引く。

 スラッと地面から伸びる滑らかな駆体には、周りを暗赤色のベールが不規則に飛び回り、小さな稲光がそれから発生していた。黒を基調とした服や美しき青紫の髪はさらさらと舞い上がる。触ったら火傷してしまいそうな灼眼は、彼奴を鋭く見つめていた。

 もう、彼奴の好きにはさせまい。


「リィナさ……何を……」


 届くはずのないリィナに手を伸ばすミミリーは、重くのしかかる体を必死に引きずりながら、何か不気味な雰囲気を醸し出すリィナを止めようと、本能的に名を漏らす。


「ごめん。許して」


 一瞬目を見開き、そう言った。暗赤色の稲光を周りに宿す矢が、風切音を立てて空間を貫いた。彼奴が振り向いてリィナを見やったときには、もう遅かった。

 漆黒の眼球は矢の切っ先によっていとも容易く破裂した。瞼から血飛沫が上がる中に、矢は勢いよく着弾する。

 それだけで終われば、彼奴は眼球を失っただけで済んだだろう。

 しかし矢に乗せられた魔力量は、常人には全く考えもつかないほどに巨大であった。

 巨大な暗赤色の爆発は、まるで太陽が大地に衝突したように目まぐるしく広がった。それは黒かったのに、閃光となって周囲を照らし尽くした。黒い焔が、花畑と森林を包みこんだのである。

 リィナの固有職分である〈古龍の末裔〉のみが持つ戦技、古龍の矢である。龍属性特有の暗赤色のベールが矢にまとわりつき、それが対象に命中した後すぐさま爆発する。

 先程のダガーの攻撃で、彼奴の体には龍属性の成分が液体となって血液中に流れ込んだはずである。龍属性は互いにぶつかりあえば次々と反応を引き起こして通常より大きな規模の爆発を起こすことができる。

 あまりの爆風にリィナとミミリーは体を飛ばされ、数歩分退く。

 破裂した彼奴の肉塊と鱗の数々が体中に突き刺さる。黒い焔は二人の体を舐め回すようにして熱気を伝える。肌を露出しているところは焼けるように痛く、呼吸をすれば熱湯を直接鼻に注ぎ込まれたような錯覚に陥る。肺が炙られたように熱く、思わず胸を抑えた。蹲り、体勢を低く取る。やがて黒煙は空に向けて立ち上ってゆく。ふくらんだ煙がきのこのようにして象られ、まるで宙に浮くモニュメントのようだった。

 煙が姿を消したとき、同時に彼奴の姿も見えなくなっていた。彼奴がいた叢には大きなクレーターができている。八馬身ほどはあろうかという直径で、その造形は噴火口のようだった。

 山脈の生まれであるリィナにとっては見慣れてしまったそれであるが、燻る炎がちらちらと目に映るのが異様であった。

 顔を上げて、よろよろと立ち上がる。あまりの爆音で頭痛がしたので、少し頭を抱えた。泥がところどころつく服を払って、クレーターの中央部に近づいた。

 大地をえぐり取るほどの爆発だ。エルの死体はもちろん、ギガントの死体でさえもまともな状態で残ってはいない。どちらも原型のない肉塊となりはて、飛散していた。

 鱗が大量に落ちている箇所を、リィナは見下ろす。


「あんたの犠牲は、絶対無駄にしない」


 リィナはそう零した。

 続いて、背後から近づいてくるミミリーに目を向けた。彼女は足を引きずりながら、リィナの顔を、恐怖の目で見つめていた。


「ごめん、ミミリー。少しやりすぎた」

「リィナさん……」


 立ち止まって、リィナの頭部を主に見ていた。

 彼女はまるでこの世のものではない異形がそこにあるかのような目で、龍角を睨んでいる。

 リィナは少々顔を赤らめて、フードを被り直した。


「……途轍もない身体能力に、この爆発……。なぜフードを被っているか、ようやくわかりました」


 ミミリーはどこか名残惜しそうに、だが少し警戒している様子だった。


「その様子じゃ、この角の意味も大体わかってるみたいだね」

「龍人は、かなり恐れられていますから。ラパンなんて比べ物にならないくらい……。それにしても、見たことのない角の形をしてました。東から来たと仰っていたから、ラズリ種かムラクモ種……。でも形がかなり違って――」


 一拍置いて。


「もしかして」


 ──サナトス。と、続けてこぼした。

 リィナはそれに、小さく頷く。

 魂が抜けてしまったかのような驚き顔をして、ミミリーはぼうとしている。

 そりゃあそうだ。リィナは五年前に死んでいたはずの龍人。絶滅したと大々的に宣伝されていた種族の一人。死んでいるはずの存在が目の前に立っていたら、亡霊かと勘繰るだろう。

 そして、その亡霊は千年間悪魔と散々謳われた民族であり、実際先程大爆発を起こした女である。

 その恐怖は、至極当然な反応と言わざるを得ない。


「そんな……あり得ません……! 冗談と言ってください!」

「冗談じゃない」

「でも……だって……! 私は夢か何かを……」


 突然、あることに気づいたかのようにミミリーは戦慄し始める。

 殺されると、直感したのだろう。

 ミミリーの眼球はあまりの恐怖にわなわなと震え、腰が抜けてしまい尻餅をついた。


「……ないで! 殺さないで!」

「……」


 リィナはミミリーに冷徹な視線を向ける。灼眼が、ぼうと煌めき怯えるミミリーを見つめていた。


「たとえ、誰にも言わないと約束したとしても、あたしはこの角を見た者全員を殺してきた」


 地面に落ちたダガーを拾い上げ、すっかり力が抜けてしまったミミリーの前にしゃがみ込む。目線を合わせ、次に彼女の腕を無理やり抑え込み、押し倒す。浮き出る首筋の血管に切っ先を突きつけた。


「あんたを殺すつもりはなかったけど、気づかれたなら仕方ない。ごめん」

「嫌ッ……! いやぁぁぁッ!」

「暴れないで。あんたには勝てない」

「やめてくださいッ! 誰にも言いませんからぁッ!」

 

 先程の戦いを見ていたら、ミミリーのような少女にリィナを倒すようなこと、できっこないのは自明だ。しかし彼女は必死に抵抗する。リィナの手首を掴み、足をジタバタさせる。


「私はッ! 生きないといけないんですッ!」


 その訴えは迫真であった。今までされたどんな命乞いよりも。彼女は、それだけ生に固執しているのだ。

 率直に気になった。どれだけの希望を持てば、どれだけの決意を持てば、これほどまでに生を渇望することができるのか。

 力を少しだけ緩め、リィナは問うた。


「どうして?」

「やり残したことが、あるんです……!」

「言ってみて」

「復讐を、母の仇を、打たなければならないんですッ! それまで、私は死ねない……! 絶対に!」


 その眼差しはただ一点を見つめていた。白目が浮かぶほどに目を見開き、瞬き一つもしない。

 これほどの怒りならば、内に大きな生存本能があっても何ら不思議じゃない。


「お母さん? 何かあったの?」

「殺されたんです……! 唯一の、肉親だったのに……!」

「それでも、あたしは知られたならなら殺すしか」

「私は、私は小さい頃、冷たく暗いあの小屋で、母と二人で過ごしました……。お腹が空いて、喉が渇いて、足先が痛くても、母だけじゃどうしようもないから、母を困らせたくないから。……母が大好きだったから。なのに、なのに……ッ!」

 

 ミミリーの目には涙があふれ、刃の当たる首筋には汗が滲んでいた。両の手は震え、ガッチリとスカートをつかんでいる。

 だがその瞳は、涙に滲みながらもしっかりとリィナを見つめていた。嘘はついていない。直感的にそう思った。

 

「殺ざれだんです……! 私が忌み子だがらって理由で! 母は、お母ざんは何も悪ぐないのに!」

 

 ぐちゃぐちゃな言語で、必死に、死に物狂いで訴えかける。

 

「だから、だがら、だからだからだがらっ! 私は、こんなところで死ねないっ! 死ねないんです!」

 

 勢い余ってリィナの突き立てる刃に首筋が触れても、

 そこから赤黒い血液が流れ出ても、続けた。

 

「奴を、見つけ出して、それで、それでっ…!」

 

 遂にリィナは、ダガーを降ろした。

 

 

「ごろじたいんですッ!」


 

 ミミリーは優しく、そして温厚な性格をしていると思っていた。まさか、ここまで巨大な憎悪を抱えているとは考えもしなかった。

 その迫力に負け、リィナは殺すことすら馬鹿らしくなった。

 すべてを吐き出したミミリーは、熱くなる目頭を自由となった両手でガッチリと抑える。


「ごめんなさい、ごめんなざい……! お母さん、ごめんなさい」


 彼女が泣き止むまでの数分間、そんな中身のなさそうな、だが悲痛なトートロジーが、虚空に沈んだ。リィナはそれを止めることなく、寧ろ彼女の頬を優しく撫でてやった。冷徹なあの言動が嘘のようだ。

 彼女の心の穴は、決して埋まることのないクレーターだ。今こうして坐している大地の穴は、いずれもとに戻る。しかし、人の感情というものはそうはいかない。と、リィナは知っていた。

 親族を殺された者の絶望や憎しみは、痛いほどよく分かるから。

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