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アザレアの射手  作者: 佐倉花梨
第一幕 冒険者篇
5/11

1-5 薬草採取

「それじゃ、ここら辺にしましょうか」


 三人の足元そこここには、紫色の花をつけた薬草たちが密集していた。これらを摘んで、調合すればリィナの腰についているような回復ポーションになる。

 回復ポーションの服用は極めて簡単だ。大怪我の場合は患部に塗布し、軽傷の場合は瓶一杯を飲み干すだけ。疲労や眠気にも有効で、東方では漢方などとも呼ばれるそうだ。

 1つだけ欠点があるとすれば、服薬してから数十分後に若干の疲労感が発生することだろうか。戦闘中に服用したとして、万一その戦闘が数十分続いたら、一気に体力と魔力の消費量が増えてしまう。諸刃の剣のような薬物であることは否めない。


「えっと、どれくらい集めれば……」

「そうねぇ……。みんなポーチやバッグがあるじゃない? それが満杯になるくらいまでやってほしい」


 リィナは腰に巻かれた革製のポーチのボタンを開ける。ひもじい生活を送っていたので、中身は空っぽだ。これなら十分入るだろう。

 

「効率を考えたらやっぱり分散して摘むほうがいいわよねぇ」


 エルがそう呟くと、ミミリーの肩が少し反応した。

 人間と離れられる。

 リィナは、深いイドから湧き上がる歓喜に溺れていた。永遠に離れられるわけではないどころか、一時間もすればまた合流することになるだろう。だけど、その一時間人間の存在が消えるなんて夢のようだ。そう思うと今すぐにここから離れたかった。


「あ、あたしは少しあっちの方で、やってきます……」

「わかったわ。じゃあミミリーちゃんは向こうで。一通り終わったら、笛を吹くから集合してちょうだい」

「わかりました」


 リィナはこくんと頷き、足早にその場から離れる。その様子を、二人は気遣わしげに見て、次に目を合わせる。


「リィナちゃんって、少し不思議よね」

「何がですか?」

「いやほら、顔隠してるじゃない。ずっと何でだろうって思ってたのよね」

「何か、見せたくない理由でもあるのでしょう」

「追求はしないけれど、少し怖いわ。背中に大きな武器も背負ってるし」

「おそらく弓矢だとは思いますけど、あんなに大きいものは初めて見ました」

「私もよ。どこか、只者ではない感じがする」


 そんな会話をした後、2人は自分の持ち場へ移った。

 

 リィナは、大木の裏に隠れて、二人の姿が見えないことを確認した後、その場にしゃがみ込んだ。


『もう出てきていいよ、ろんろん』


 ろんろんは『よいしょ』と零して彼女の背中から這い出る。白く光る鱗に覆われた硬質の体に、小さく広がる両翼。流線型の可愛らしさを纏ったその輪郭は、彼をぬいぐるみのような雰囲気たらしめている。

 彼はリィナの柔らかい太ももにちょこんと座り、上目遣いでこちらを見つめる。


『やっとあの暑苦しい背中から出れた』

『暑苦しくて悪かったね』

『それにしても、ずいぶん仲良くなったね。特にあのラパンの子。あの子、リィナに懐いてるんじゃない?』


 ろんろんは揶揄うようにそう言った。


『まだ初対面だよ、そんなわけないでしょ』

『そう見えるけどなぁ?』

『好かれても、邪魔になるなら容赦しない』

『まぁまぁ、まだ敵だって決まったわけじゃないんだし。もっと話してからにしよ?』

『……わかってるけどさ』


 柔らかいろんろんの顎下を撫でると、彼は目を瞑って心地良さそうに反応する。


『ほら、そろそろ薬草集めよ? 僕も手伝うからさ』

『うん。ありがとう』


 リィナは細く繊細な指で薬草の茎を挟み込み、更に細い枝を絡め取って引き抜いた。罪のない徒花を散らしてしまったようで、虚脱感が少々湧き上がる。これも生きていくためだと自分に言い聞かせ、薬草をポーチの中に突っ込んだ。

 地面に足をつけて座り込み、「よいしょ、よいしょ」と零しながら引き抜いていく。

 すっかり陽光は天頂に位置し、日差しと地面の温もりが程よく眠くなってしまう。こんなところで寝るわけにもいかないので、瞼に力を込める。早く終わらせようと、余計な思考は排除して薬草を摘み続ける。

 ろんろんは茎を咥え込んで地面から体を浮かせて地面から引っ張り出し、それを地面に置いていく。リィナほど器用にはできていないものの、一人でやるよりは大分効率的だ。

 彼はリィナにとって最高の相棒であり、親友である。ここまで来れたのも彼の支えあってのことだ。


『リィナ、後どれくらいで終わりそう?』

『ろんろんが手伝ってくれたからそろそろ終わるよ』

『本当? じゃあ僕昼寝してもいい?』

『あ、待って私もする』

『リィナは見つかったらサボってると思われちゃうよ』

『大丈夫だって。この木の下で寝れば見つからないよ』

『そうかなぁ』


 リィナは木の幹に背を預け、ろんろんに『おいで』と言って手を大きく広げる。ろんろんは翼をパタパタとしながら胸の中に飛び込んでいった。リィナは彼を強く抱きしめ、顔を擦り寄せる。


『ちょっと、痛いよ、リィナ』

『大好きだよぉ、ろんろん』


 とろんと垂れた灼眼が、彼の目をじっくりと見る。目尻と頬が紅潮しているのは、眠気からかそれとも別な感情からか。それは彼女にしかわからない。

 

『僕もだよ』


 そう言いながら、ろんろんは擬態の戦技を用いて透明化した。だがそこには温かなろんろんの熱と、少し鋭く硬質な肌の感触が残っている。

 リィナは猫のように丸まって、透明な彼を抱きしめながら目を閉じた。



 次に目が覚めたのは、何者かの甲高い悲鳴がリィナの耳を劈いた時だった。不思議に思って少し微睡みながらも、細目で悲鳴の方向を見やると、尻餅をついたエルがその巨軀を震えながら見上げていた。

 恐竜モンスターだった。それもかなり大型の個体。おそらくはギガントレックス。

 周辺の木々よりも長大で、地面に座りこむエルを睨視するその双眸と顔面は、威風堂々の風格があった。

 涎のべっとりとこびりついた歯牙を顕にしている。今にもエルを捕食しようとしている。


「嫌だ……助けて……死にたくない……!」


 リィナは思わずそちらへ手を伸ばした。「逃げて」と、叫ぼうとした時だった。


「こっちです! こっち向いて!」


 一生懸命枝を高く振るミミリーがそこにいた。もう片手には大剣があり、必死にギガントの標的を自分に逸らせようとしていた。


「今のうちにエルさんはリィナさんの方へ!」

「で、でも……」

「ゆっくりしている暇はありません! 私が引き寄せている間に、早く!」


 ミミリーはタンクらしく挑発の戦技を用いて彼奴の視線を自らに逸らす。枝を地面にかなぐり捨て、大剣を盾のようにして構える。

 エルは勇気を振り絞って、後ろを振り返ることなくリィナがいるところに向かい全力で疾走する。


「リィナちゃん……ミミリーちゃんが、ミミリーちゃんが……!」

「だ、大丈夫ですから、あたしの後ろに隠れててください……!」

「あ、ありがとう……!」


 ギガントは人間三人分はあるかという大きさの足で地面を踏み鳴らし、ドスドスという轟音を立てながらミミリーの元に走る。

 頭の位置を低くとり、頭突きの構えをとってさらに加速した。

 鼻尖が地面を抉り、葉や土が宙に舞い上がる。


「ミミリーちゃん、避けて!!!」


 エルが叫び終わるのと同時に、それは起こった。

 彼奴の硬質な鱗が、金属製の大剣にぶち当たり、火花を散らして相殺したのだ。

 家一つ分はあろうかという彼奴の重さに押されて数メートル後退してしまったものの、見事に彼奴の動きを静止させた。


「エルさん、あたしとミミリーさんで引き寄せますから、今のうちに馬に乗って逃げてください……!」

「わ、わかったわ……」


 エルは首にかかった骨笛を取り出し、力一杯吹いてみせる。ギガントはミミリーに夢中なようで、見向きもしない。

 笛の甲高い音が森中にこだました。馬がどこにつながれているかは知らないが、確実に聞こえているだろう。

 いつまで経っても、馬は来なかった。「なんで? どうして? ベス、シリィ!」と、エルは笛を吹きながら何度も何度も2頭の名前を叫んだ。

 来ることはなかった。最悪な考えが、リィナの頭を過ぎる。


「まさか、先に移動手段を潰そうと馬を襲ったんじゃ……」

「そんなこと、あり得るの!?」

「歴戦のモンスターなら、十分あり得ると思います……。冒険者パーティはよく馬を使って離脱しているので、それと同じく馬を先に潰してからあたし達を襲ってるんじゃないかと……」

「じゃあベスとシリィは……」

「おそらく……」

「嘘だと言って! ねぇ嘘だと言ってよ!」

「ごめんなさい……。本来なら、あたし達が守らないといけないのに……。油断したばっかりに……」

「う、うぅ……。私たち、ここで死ぬのね……」


 エルは顔を真っ青にし、その場にへたり込んでしまう。ミミリーが耐えるのも時間の問題だ。リィナが加勢したとしても、正体を明かすことができない以上本来の力は出せない。ミミリーを置いて逃げることもできるが、彼女は人外だ。人間でないラパンを置いていくことはできない。ミミリーとリィナの持ち前の俊敏さを以て逃げることも可能だが、正体を察せられる可能性に加え、そもそもエルの身体能力ではまともについて来ることができない。彼女の存在が足手纏いになることは確実だ。かといってミミリーの性格上、彼女を置いていくことも難しいだろう。

 ミミリーとギガントはお互いに距離を取り、突進して相殺するを繰り返していた。目を見開き、大剣を持つ手を震わせながらも、今にも突進してきそうな彼奴と対峙していた。リィナは理解した。ミミリーは戦うつもりであると。選りすぐりのベテラン冒険者を集めたパーティでやっと討伐できるような凶暴なモンスターを、駆け出しの冒険者だけで倒すつもりだということを。

 ミミリーの体力がなくなるまでの間に、少なくとも彼奴の行動を鈍らせることができれば、戦線を離脱することができるだろう。一か八か、やるしかない。

 リィナは背中に眠る巨大な弓を叩き起こすように取り出す。折り畳まれた布を被る銀の弓は、構えると同時に金属音を立てて展開され、ストリングがピンと張る。

 展開された弓はリィナの上半身と同程度の大きさで、背後のエルは思わず目を見張る。

 腰の矢筒からくるりと矢を引っ張り出すと、夜の帳を纏うようなマントがたなびく。


「リィナ……あなたは……」


 エルはその背中を、ただ見ているだけだった。見惚れていたのかもしれない。

 リィナに感じるただものではない雰囲気に。同じ人間であるとは思えない重厚さに。

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