1-3 仲間
手を引かれ、辿り着いた先は小さな教会であった。
「お、お邪魔します……」
人気のない、古びた礼拝堂のドアを引きながら、リィナは控えめな声音でそう洩らした。ステンドグラスから陽の光が濾され、入口を細い光線を以て照らしている。それが少し眩しくて、彼女は目を塞いだ。
再び目を開けると、振り返った修道女の姿があった。
「ごめんね。無理につれてきちゃって。でも、あいつらがいない場所は、街でここしか無いから」
「い、いえ……助けてくれて、ありがとうございましゅ……」
「いいのよ。それがあたしの仕事だからさ。馬鹿馬鹿しいわよね。信じている神は同じなのに、少しの規範の違いで啀み合って、何百年も戦争を続けているなんて」
「アンゲルス教の歴史は、複雑、ですもんね」
「そうね。あたしは、ただ静かに暮らしたいだけなのに」
確かに、ここは先程のギルドと大きく違って静かだ。木々の葉擦れも、床の軋む音も。無音のような気配がした。
「そういえば、あの薬草採取の依頼書を書いたのって……」
「あたしだけど……もしかして、受けてくれるの?!」
「は、はひ……! 助けてもらったお礼にと、思って」
「やっときたぁ……! 銀貨三十枚でも来なかったら、もう諦めるところだったの……。貴女が来てくれて助かったよ!」
細身なリィナの両手を握り、輝かしい目で見つめてくる。あまりの熱意に少し尻すぼみする。
「あ、あの……ちょっと近いです……」
「ご、ごめんね。それより、ほんっとうに薬草採取の依頼を受けてくれるんだね!?」
「は、はい……! そのつもりです!」
「ほんっとにいいんだね? 薬草採取って、この世で一番地味で退屈なクエストだと思うんだけど、本当にいいんだよね!?」
「も、もちろんです……!」
あまりに顔が近く、ローブの中が覗かれてしまいそうだった。
「ありがとう……! あたしはシスターのエル。この小さな教会を一人で切り売りしてるんだ。まぁ、めったに人は来ないのだけれど……」
「そう、なんですね」
アスラン帝国の北方都市であるここノルトウェルゲンは、同国第二の都市として知られる。もとはこれより北にあるフレゼリシアの首都であったが、数十年前アスラン帝国が侵略し今に至る。今日ではすっかりアスランの役所が置かれ、アスラン人の住居が跋扈し、古通りにはアスランの国旗があしらわれている。それほどの都市に、この空っぽな教会は、些か不自然であるというのは否めない。
「こんな調子じゃパン一つも食っていけないじゃない? だから、兼業としてヒーラーの職分もやっているのだけれど……。如何せん、最近は街の近くの薬草は殆どが他のパーティに採られてしまって……。ここからかなり離れた場所に行かないと、調合に必要な分を採取できないの」
「他のパーティ? そんな危険なクエストがあったんですか……?」
「あれ、貴女は魔王軍討伐に参加していないの?」
「魔王軍?」
「そうそう。あ、えっと、もしかしてノルトウェルゲンに来たのは初めて?」
「あ、はいっ! アスランの少し東の方から……」
「なるほど、東方の人なのね! それじゃあ知らないわけだ……。最近、西の小さな村や町が、魔王軍の攻撃にあって壊滅してしまったの。その進路が重要なのだけれど……。どうやら、ノルトウェルゲンに迫ってきているみたいなの。だから、街のギルドが総力を上げて迎え討とうって。……だから宗派の違いで争ってる場合じゃないの。もう交戦もあったらしくって、たくさんの負傷者が出て。急激に薬草の需要が高まっているのだけれど……。アスランでも北の北にある辺境だからさ、全然生えないのよね……」
「だから、報酬も高くなるんですね」
「群生地が結構遠いのよ。馬で行っても二時間とか。帰ってくる頃には日が暮れちゃうの。ただの小銭稼ぎなのに、そんな手間かけてくないでしょ?」
エルは自嘲するように語った。魔王軍討伐に参加するパーティは多くの装備やポーションを欲している。そのためには目も眩むほどの金が必要である。だからこそ零細のクエストは人気がないのだろう。「なんだ、薬草採取か」なんて吐き捨てて報酬額を確認せずに無視している冒険者も多そうだ。
「たしかに……」
「だからだからだから! 貴女がやってくれるって言ってくれてほんっとうに嬉しいの! いいことした甲斐あったわぁ……」
「ち、近いです……!」
「いいじゃない少しくらい! 北方民族のマナーよ!」
必死にフードで顔を隠しながら、抱きついてきたエルを受け止める。
「これがマナーって……」
「さぁ、早速行きましょうか! 時間は待ってくれないわ!」
「そ、そうですね。行きましょうか」
エルに手を引かれて、リィナはあわあわとたどたどしい足取りでついていく。二人は教会の扉の前に立った。古めかしいが立派で背の高いそれにエルは手をかけ、木材の軋む音をたてる。白い陽光が扉の間隙から差し込み、教会内に浮かぶ埃を照らす。
エルが扉を二割ほど押し込んだところで、その動きを止めた。彼女は慌てた様子ですぐに扉をすり抜け、外に出る。リィナは不思議がって、その後を追った。
「い、いたたたた……」
「大丈夫!? ご、ごめんね……」
エルが手を差し伸べた先には、尻をつく兎耳の少女がいた。赤く腫らした額を抑え、目には涙を浮かべている。
こんな教会に用がある者なんて、もの好き以外に一つしか思いつかない。リィナは自分と同類だと、直感した
「大丈夫……ですか?」
リィナもエル同様、倒れ込んだ兎耳の少女に手を差し伸べる。少女は両の手をしっかりと掴み、よろよろと狼狽しながら立ち上がる。
頭身ひとつ分の長く美しい兎耳は、ラパンの特徴である。北方民族らしく、通常のラパンより若干毛並みがふさふさで、触り心地が良さそうだ。茶色のポニーテールには立派な花形の髪飾りがあしらわれており、冒険者には似つかわしくない清潔さを醸し出している。
端正な顔立ちと瑞々しい存在感の青目。だがどこか儚げな輪郭とその表情は、まるで傾国の女王のよう。
そんな美しさの集合体である顔立ちとは裏腹に、ところどころ傷の入った革製の胴衣やコルセットスカートは、今日までの旅路の苦慮を物語っている。
間違いない。この少女は冒険者だと、リィナは確信した。
スラッとした小柄のラパンであるが、例によって腰つきや太ももは健康的で、敏捷性のよくありそうな体つきだ。だが背中にはラパンに似合わない、少女の上半身くらいはある剣が居座っていた。ラパンは持ち前のすばしっこさを存分に活かす軽い武器種で戦闘を行うものだが、こんな背負うだけで肩に負荷をかけるような武器は、ラパンに理想的とはまるで言えない。
逆境を自ら背負うタイプか、それとも自分の能力を推し量れないほど愚鈍なのだろうか。堅実そうな見た目によらず頭は使わないタイプなのかと、それならタンク向きだからちょうどいいなと、リィナは感じた。
薬草採取クエストで戦闘が発生することなんてないだろうし、万一あったとしてもリィナがすべて諌めれば良い。
「ごめんなさいっ……私、この教会に用があって……」
「それってもしかして、薬草採取のクエストだったりする?」
「えっ、どうしてそれを?」
「私がそのクエストの依頼主だからよ! 貴女も受けてくれるのね! 嬉しいわ! ねぇ、えっと……」
エルはリィナの方を見てなにか言い淀んでいた。そうだ、まだ名前を教えていなかった。エルの止まることを知らないトークを前に、リィナは自己紹介のタイミングを見失ってしまったのだ。彼女の言った静かに暮らしたいとは、一体何だったのか。
「り、リィナです。ごめんなさいぃ……名前言い忘れてました……」
「リィナちゃん! 人手が増えて嬉しいわよね!」
「は、はひ! 嬉しいです!」
「私はエル! ここの教会のシスターとギルドのヒーラー職をやってるの! まぁそこまで稼いでるわけでもないんだけど……。そんなことはいいとして! 今からちょうどリィナちゃんと薬草の群生地に行こうとしてたの! 貴女も一緒に行くわよね?!」
相変わらずの熱弁で、相変わらずの早口で。どうしてそこまで熱くなれるんだろうとリィナは感心する。
「ど、同行させてもらっていいんですか!?」
「もちろんよ! いいわよね、リィナちゃん?」
「は、はひ……!」
「そういうことだから、一緒に行きましょう。貴女、名前は?」
「ミミリーです……ミミリー・ヨルゲンセン」
「ミミリーちゃん、よろしくね!」
「よ、よろしくおねがいします!」
ミミリーは二人に向い深く頭を下げる。
トントン拍子に話が進んでいることに少し引っかかりを覚えるものの、考えるだけ無駄だと思ってエルの背中についていくことにする。彼女は「じゃあ、早速馬に乗っていこうか」と言い出し、教会を後に馬小屋へ向かう。リィナとミミリーは互いに顔を合わせた。ローブに隠れ目の見えない少女を、些か気遣わしげに見るミミリー。
「あの、どうかしましたか?」
「い、いえ……! なんでもありませんっ!」
我に返ったようにしてリィナから目を離し、ミミリーはエルの後を追う。




