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アザレアの射手  作者: 佐倉花梨
第一幕 冒険者篇
2/11

1-2 冒険者ギルド

 盛況なギルド内は酒を交わす男たちにあふれていたが、異質な夜を振りまくその少女が扉を開いた途端、束の間の静寂が訪れた。

 それも一秒ほどで、皆それぞれのジョッキを持ち上げ乾杯の音頭を叫ぶ。

 だが数人ほどは、怪訝そうな顔でリィナを凝視している。いずれも正義感の強い冒険者なのだろう。

 リィナは顔を沈めて気まずそうに、受付らしき場所に向かった。冒険者になるには、まず受付嬢に話しかける必要があるらしい。

 リィナは勇気を振り絞るような、子供が大人を見上げて何かを訴えるような身振りで、ギルドの受付嬢に話しかけた。受付嬢もまた、口しか見えない少女の不気味な雰囲気に少し怖気づく。


「あの、あたし……冒険者に……えっと……」


 見た目の怪しさとは裏腹に、リィナの口から発せられた声色はか細く、弱いものであった。

 人間の思考はあまりに単純明快だ。一度自分よりか弱いという印象を受ければ、その対象を脅威として認識することは少ない。

 既に慣れきった演技だ。正体が知られる心配はない。


「冒険者の登録ですか?」

「は、はひ!」


 必死の身振りで返事をするリィナに、受付嬢はついほくそ微笑む。


「うふっ。でも、冒険者登録は十五歳になってからなんですよ、お嬢さん」

「あ、あたし! その……もう十五歳なんです……」

「あっ、ご、ごめんなさいっ! では、冒険者登録を始めます。心配しないで、ただ名前を書くだけですから」


 長身のブロンド美人の受付嬢は、カウンターから出てきてリィナの背丈に合わせ屈む。未だに彼女が十五を超えた成人であることに驚きを隠せないようだが、背中に背負う矢筒の姿や、腰のベルトにかかるポーションを見て察したのだろう。小さなカードを手渡した。


「ここに名前を書いてください。えっとぉ……種族は……」

「人間です!」

「はいっ、わかりました」


 フードの中に隠れた灼眼と龍角は、見せないように。

 人語の読み書きは最近独学で習得したばかりなので、身震いする指を扱い、拙い文字で名前を書いた。


「汚くてごめんなさい……」

「大丈夫ですよ。読めれば十分ですから。……リィナさん、ですね」

「そうですっ!」

「カードにはまだまだ記述欄はありますが……まだ初心者さんですものね。職分や戦技は、習得した後から書き加えてもらって結構ですよ」

「あ、ありがとうございます……」


 なんだ、人間に対する人間は、こんなにも優しいのか。サナトスにはあれほど厳しいのに。

 受付嬢はリィナから少し離れて、頭を下げる。それを見上げる彼女は不思議そうな顔をして。


「では、リィナさん。これからよろしくお願いしますね」

「はいっ! よろしくお願いしましゅ!」

「うふふ。こんなに可愛らしい冒険者さんは、久しぶりです」

「えっ? 可愛いなんて、そんなこと……」


 俯いた瞬間、頭頂部に手が触れそうな気配を察知し、瞬時に受付嬢の手首を華奢な指が捕まえた。

 頭をなでようとしただけの受付嬢は、それを遮られ、また自らの手首に食い込むリィナの指による激痛に、思わずうなり声を上げる。


「んんっ、いたっ……!」

「ご、ごめんなさい……。少しびっくりしちゃって」


 慌てて離すと、先ほどまでの微笑みがパッと散ったように、受付嬢は恐怖の色をした目でリィナを見下ろしていた。


「いえ……大丈夫です。それより、クエストを受けてきては? あの掲示板に依頼書がたくさんありますから……」

「は、はひ……」


 受付嬢はリィナから逃げるように、その場から立ち去った。

 

「はぁ……」


 溜息を一つ。

 リィナは一人残され、フード越しに龍角を触る。人間だと嘘を吐いたのに、これがバレてしまったら元も子もない。

 掲示板には多くの人だかりができているので、その間を縫うようにして、軋む木製の床を歩く。

 無数の依頼書の文字に目を凝らしながら、


『ろんろん、やっぱりクエストは手っ取り早く稼げるやつのほうがいいよね。今日泊まるお金もないし……』

『まぁそうだね。でも、難しいクエストほど、パーティーを組んだ方がいいんじゃない? ほら、右端の依頼とか報酬凄く高いけど、ドラゴンの討伐だよ』

『またドラゴン……はぁ』


 一際光る、如何にも難易度の高そうなクエストがあった。ドラゴンの中では最弱種であるフェルドラの討伐らしいが、屈強そうな大男ですらも頭を抱えるほどのものらしい。


『まぁ、ドラゴンは倒したくないよね。じゃあ、下のやつは?』

『薬草採取……?』


 ドラゴン討伐の下にあった依頼書。陰に隠れるようにひっそりと佇むそれは、報酬額の欄が幾度と書き直された痕跡があった。

 銀貨十枚という文字が消され、銀貨十五枚という文字が消され、銀貨二十枚という文字が消され。最終的に、銀貨三十枚という報酬となっている。

 依頼人は、街にある教会の聖女らしい。

 難易度の割に報酬が高いものの、戦闘力の高いリィナには似合わない地味なミッションだ。別のものにしよう。


「ちょっと、そこの貴女!」


 甲高い声がギルド内に響いた。

 振り返ると、そこには腰に剣を携えた女がいた。

 金髪の女で、小柄だが威圧感があった。やけに豪奢なドレス姿で、パーティの準備でもしてきたみたいだ。付き人と思われる黒尽くめの男が二人いて、そいつらはいつでも剣を抜けるようそれに手を添えていた。

 どう考えても、その三人はリィナを警戒しているようだった。

 この中の誰よりも存在感があり、酒飲みをしていた男どもは皆この女に視線を向けていた。


「ん、なんですか……?」

「なんですか、じゃないわよ! 貴女、そのフードは何なの?」

「いや、えっと、これは……」


 リィナは助けを求めるようにして周囲を見回す。

 だが、冒険者たちは間に入ることは愚か、知らん振りを貫こうとしているようだった。

 この女に対する噂話をしている。

 どうやら、とんでもない有名人らしいのだ。


「あの女、もしかしてカフカ様か……?」

「カフカって、カフカ・シンフォニー?」

「三年前あった東方遠征の軍団長だぞ。聖地を奪還したっていう」

「マジか……そんな英雄が、どうしてこんなところに?」


 カフカと呼ばれた女は背中から絶賛を浴びて調子に乗っているのか、それとも噂話に慣れて辟易しているのか、ふんと鼻を鳴らして再び口を開く。


「聞いただろう。私は聖堂騎士団北方遠征軍団長のカフカ・シンフォニーだ。私には責務がある。この街や、これより北にあるフレゼリシアの教会と信者を守る責務が。守るというのは、危害を及ぼされてから対処するのではなく、未然に防止することも含まれる。貴女の、そんな小柄な体じゃあ大したことはできないでしょうけど、それでも怪しいのは確かよ。貴女が何の信徒であろうと関係ない。今すぐそのフードを脱いで顔を見せなさい」

「それは……できません……」

「この私の命令を、拒否するっていうの?」

「……はい」

「面白いじゃない……! ならば強引に、脱がすまでよ!」


 大股で近づいてきたカフカが、リィナのフードに掴みかかろうとする。


「や、やめてくださいッ!」


 必死に伸びてくるカフカの手を躱し、次に距離を取ろうとする。

 顔を隠していてもいいじゃないか。だってこのフードの下には。

 見られたら殺される。そう直感した。

 同時に思い出される。五年前記憶にこびりついたトラウマが。自分の顔よりも大きな掌がこちらに伸びてきたときの恐怖が。

 五回目に手を躱した瞬間、壁に体がぶつかった。一瞬の痛みを覚えるも、すぐさま目の前の脅威に目を向ける。


「この女を取り押さえなさい!」


 カフカは屈強な付き人に命令した。すると、二人はリィナの方へ歩き出し両腕を掴もうとする。


「い、いやぁぁ……!」


 一部の冒険者が「まだ子供だろう」「無理に脱がせようとするな!」「横暴だ!」と止めに入ろうとする。

 だが、十字架を首にかけた教会の信徒らしき冒険者たちが、彼らを静止した。

 もう望みはないらしい。

 武器を抜く覚悟はできていた。

 ここにいる全員を皆殺しにしてでも、生き残ることを最優先とする。


『サナトスは、運命に逆らわない。そうだよね、おじいちゃん』


 そう語りかけても、聞いているのはろんろんだけだ。彼はリィナの一挙一動に深くかかわらない。ここで死をともにしたって、構わないのだ。

 リィナは腰のダガーに手をかけた。まずは二人の付き人を素早く殺し、次にカフカだ。そう簡単に倒すことのできる敵だとは思えないが、やるしかない。

 ダガーを抜こうとした、その時だった。


「待ちなさい!」


 ただ傍観していた群衆の中から、一筋の叫び声が現れた。

 その少女は、人の間隙を縫ってこちらに駆け寄ってくる。二人の男は足を止め、彼女を見た。

 少女はモノトーンの修道服を身にまとっている。銀色に輝く美しいロングヘアを激しく揺らし、逞しげな表情と氷のような目つきで三人の手練を見上げ、恐れ慄くことなくリィナの手を掴んだ。


「何よ貴女、信者なのに私に逆らう気?」

「よく見なさい。あたしにあんたと薄汚れた教会勢力に屈服する義務なんて無いわ!」

「貴女……その十字架の色は、もしかして……」

「そうよ、清教徒よ。あたしは、あんたたちとは違うから」

「くっ……! その女も捕らえて!」

「フレイファ勅令を忘れたとは言わせないわ! 何人も、アスラン帝国内で宗派の違いにまつわる紛争を起こしてはならない! 昔散々殺し合ってわかったでしょう? そんなの無駄だって」

「……ちっ」

「ほら、行こ? 安全な場所に案内してあげるから」

「は、はひ……」


 彼女はリィナの手をガッチリと掴み、覗き込むようにして宥める。

 多くの視線を奪いながら、二人の少女は手を繋いでギルドを後にしようとする。

 リィナがカフカの横を通り過ぎようとするとき、カフカが口を開いた。


「私の故郷の秩序を乱したら、絶対に許さない」


 リィナが一瞬足を止めると、修道女は再び彼女を引っ張って歩き出す。

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