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アザレアの射手  作者: 佐倉花梨
第一幕 冒険者篇
12/13

1-12 死んでしまいたい

 ミミリーは終始リィナの言葉に耳を傾けていた。

 だが次第にその瞼が覚束なくなり、遂にはリィナの肩へ頭を放ってしまった。恐らくは回復ポーションの副作用だろう。

 

「ミミリー、そろそろ寝ようか。あたしの話を聞いてるだけじゃ、退屈でしょ」

「んんぅ……そんなこと、ないです……」

「かなり眠そうだけど」

「ちゃんと、最後まで聞きますから……」



 祖父は槍を地面に突き刺し、迫りくる人間の大群を鬼のような顔で睨む。その背後に、黒鉄のありふれた片手剣を右手に携えるリィナの姿。

 

「来い。人間」


 槍を天に掲げた騎兵たちが、雄叫びを上げながら突貫してくる。金のためなら何でもする傭兵集団を先鋒に選んだか。

 こいつらは厄介だ。命なんかより金をまず選ぶような性格。

 報酬を盛られれば盛られるほど命に対する感情が軽くなる。

 サナトスへの憎しみも相まって、凄まじい形相の者たちばかりだ。


「間抜けな龍人が二体も突っ立ってやがるぜ!」

「俺たちは幸運だなぁ! あれを倒せば報酬アップ間違いなしだ!」

「はっはっはぁ! 殺してやるぅ!」


 血の気の多いやつだと落胆しながらも、微かな北風に白髭を揺らして祖父は目を細めた。

 奴らの鋒が、小丘の袂に延びた瞬間、地に落としていた槍を勢いよく天にあげた。

 まるで今から儀式を始めるかのような身のこなしで、歴戦の太い腕を振るい、槍は風切音を立てながら鋭い刃を人間に向けて剥いた。

 黒鉄の甲冑を被った、人形のような傭兵たちは、その恐ろしさなどいざ知らず、金を求めて我先にと彼に切りかかったのであった。


 一瞬のことであった。


 暗赤色の稲光がしだり尾のように走り、馬たちの間を駆け抜けていく。音を置き去りにして、気づけば先鋒部隊の背中にいた。

 刃に付着した鮮血を振り払った瞬間、稲光が広範囲の十字砲火となって爆裂した。

 龍属性の強力な攻撃を受けた人間たちと馬たちは、慣性を持ったまま骸として数歩前進して、そのすべてが崩れ落ちた。

 金の亡者たちが、文字通りの亡者と成り果てた瞬間であった。

 先程までの威勢が跡形もなく沈んだ光景を、表情一つ崩さず見ていた男は、呆然と立ち尽くすリィナに話しかける。


「こいつらは雑魚だ。お前でも倒せるような、そんなやつらだ。だが、これから来る兵士は猛者たちだろう。私一人ではこのようにできないかもしれない。お前にも刃が向けられるかもしれない。それでもいいなら、剣を構えろ。命を奪うことを恐れるな。大口を叩く前に、自分の強さを証明しろ」

「……わかった」


 剣の柄を強く握り、ゆっくりと、祖父のもとに歩き出した。人の命を奪う覚悟を、その数瞬の間隙に決めた。

 灼眼が、微かに煌めいた気がした。


 まず、数体の馬が小丘に飛び出してきたと思えば、勢いよく騎士たちが着地して、こちらに武器を向ける。

 先程の傭兵たちとは比べ物にならない重武装を施しており、その容姿はさながら巨人のよう。祖父の前に立った男の出で立ちは彼とさほど変わらないが、リィナと比べてみれば、その体格差は明らかであった。


「貴様ら……何の用でこんな真似を」

「国王陛下の勅令である。大人しく我々の命令に従えば、命だけは助けてやる」

「武器を持った用心棒集団を差し向けておいて、よくもそんな物言いができる……!」

「もうすぐ本隊が到着する。その身体能力を駆使したとて、あの方には勝てまい。今のうちに降伏しておいたほうが、身のためだ」


 黒鉄の甲冑の男たちは、武器で二人を牽制しながらそう語りかけた。

 まるで、サナトスを倒すことのできる切り札があるかのような物言いで。


「貴様らが何を言おうと、私はひれ伏すつもりなどない」

「そうか。残念だ」

「かかってこい。私が相手だ……!」


 リィナと祖父は背中を合わせ、ともに武器を構える。

 背の全く違ったサナトス二人。

 命の炎を燃やす灼眼の彼らに、兵士たちは恐れるどころか本能のままに、武器を振り下ろした。


「うぐっ……!」


 リィナはまるで落石のように重くのしかかるその巨大な斧を、細く草臥れた片手剣で受けた。

 骨が軋む音がする。細く華奢なリィナの腕は、今にも折れてしまいそうだ。

 やっとのことで振り払い、次の攻撃に備える。

 幸い、敵は装甲も武器も規格外の重量であるため、少しでも体制を崩せばかなりの隙が生まれる。

 その一瞬を、リィナは見逃さなかった。

 日々の鍛錬で学んだ成果だ。

 自分よりうんと大きく、うんと重い敵はその分隙も大きくなる。どんなに短い時間でも、針に糸を通すような難しさでも、隙を制すものは決闘を制す。

 剣術の汎用戦技である突きを利用し、後ろ足で蹴りを入れて勢いを乗せる。

 敵の懐に入り込み、体中すべての力を結集して繰り出した攻撃は、あっさりと跳ね返された。

 銀の装甲に、一筋の擦り傷がついたのみで、終わった。

 甲高い金属音を立てて、剣には何の手応えもなく。虚空に向けた切っ先が、すべてを物語っていた。

 

 背中に、鋭い痛みが走る。

 刃物ではないが、細い棒状のもので背中を突かれ、肉に食い込んだ。

 リィナは礫の山に顔を突っ込み、少しの間意識を手放した。


 気がつけば鎧の兵士たちは皆死んでいて、残ったのは祖父だけであった。息を切らしながら死体を見下ろしている、その背中を見た。

 目を開いたリィナを見、失意の念をその瞳に宿して。

 

 ───どうしてそんな顔をするの。


「ごめん、なさい」


 理由も分からず、そう零した。

 死んでしまいたい。そう思ったのは人生で初めての経験だ。

 蹄の音が迫りくる。

 祖父にもう戦う体力は残っていない。

 膝をついて、血を流す脚を抑える。


「老いには抗えない。まさか数人の人間ごときで、こんな有り様になるとは」

「おじいちゃん……。逃げないと……」


 集落を見下ろすと、すり抜けていった先鋒部隊の多くが、女子供を執拗に攻撃し、村の戦士たちと剣を交えていた。

 乱戦の様相を呈していた。

 太陽の当たらなくなった集落は、文字通りの地獄と化していた。

 リィナにはもう、起き上がる気力も失っていた。

 守るべきだった集落を、逃がすべきだった小さき命たちを、眼の前で失っているのに、何もできなかった。

 手を伸ばしても、遅かった。

 逃げることのできたものはいない。

 こんな簡単に終わってしまうものか。数千年のサナトスの血筋は。


 絶望にくれる二人に追い打ちをかけるようにして、小丘に本隊と思われる男たちが到着した。

 震える脚をどうにか奮い立たせ、流れる血液も気にせずある男に槍を向けた。


「これは、これはただの武者震いだ」

「お前がジエン・ロンシャンか」

「……ああ」

「悪魔と呼ばれる種族を統率する村長ともあろう男が、この有り様とはな。大金叩いて大所帯で来たのが間違いだったよ」


 そう嘲笑うのは、豪奢な馬車の荷車に乗った、偉そうな白ひげの老人。冠を頭頂部に載せて、座っているのに周囲の誰よりも頭が高い。


「その小娘は、孫か。守るどころか戦わせて苦しませるとは。祖父とは思えんな」

「孫にだけは……! 孫にだけは手を出すなぁ!」


 のそりと、リィナのもとに歩み寄るジエンに、一人の男が立ちふさがった。

 その男は十代後半ほどの青年のようで、青を基調とし金の差し色が入った、これまた豪奢な装備に身を包んだ容貌であった。

 顔は見えないが黒髪で、背はそこまで高いとは言えない。

 体格もどちらかといえば細身で、騎士より商人のほうが似合っている。

 腰にかかった剣はこれもまた金色で、夕日に輝きを返していた。

 リィナは違和感を覚えた。

 お世辞にも良いとは言えない体格と、最高級レベルの装備品。それらの齟齬に、引っかかった。

 

 後に勇者と呼ばれ世界から信奉の眼差しを向けられる彼であるが、そう呼ばれる経緯の原点が、今から起こる全てだ。



「お前は、誰だ……?」

「悪魔の種族に教える義理はない」

「フッ……そうか……」

「国王。この男は、どうします?」

「わかっているだろう? あの村にいた雑魚どものように、殺せ」

「まさか、私の仲間たちも!」

「ああ、もちろんだ。全員、この男がやった」

「悪魔めっ! 彼らには何の罪もない!」

「悪魔はどっちだろうな? これで私もこやつも、英雄だ。やっと帝国内の脅威を排除できるのだからな」

「名声のために、こんなことを……!」

「よく喋る虫だな。早くやれ。この小娘もだ」


 勇者は剣を抜く。傷一つない、神剣のようなそれを両手で持ち上げて、天へ掲げた。

 すると上空に、その剣とよく似た、だが規格外に巨大な幻影のそれが現れた。

 その切っ先は、崩折れるジエンの頭頂部に向いている。

 おじいちゃんが殺されてしまうと、リィナは直感した。


「おじいちゃん! うっ……やめてっ!」


 駆け寄ろうとしたリィナは、それを数本の槍に諌められる。


「やめろ! 手を出すな!」

「殺せ!」


 立ち上がったジエンの頭上に、剣が迫りくる。

 破裂するような音の後、鮮血が飛び散った。

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