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アザレアの射手  作者: 佐倉花梨
第一幕 冒険者篇
11/13

1-11 太陽を見ていた

 礫をほいと蒼穹に向け投げてそれを目で追ってみれば、まるで両の瞼を潰されてしまったかのような感覚に襲われた。幼女の視線は陽光から滑るようにして落ちていき、砕けた礫に終着した。手を翳して、再び太陽を見やる。

 谷の中腹へ日光が差し込むのは、それほど長い間じゃない。その眩くも美しい閃きに心を奪われただけでなく、何にも負ける気配のしない陽光の圧倒的な光量と熱量に、怯えのようなものを覚えた。

 それが、あの日のちょうど昼を告げる合図であった。

 幼気なリィナは、祖父の巨大な背中を見上げ、そのしわくちゃな手に引っ張られ、太陽を眺めながら歩き始めたのであった。

 

「あまり直視するな」

「どうして? 太陽さんはあんなにきれいなのに」

「目が痛くなるだろう。 鍛錬に支障が出る」

「ちぇ。はーい」


 かつて、この世の全てを擁したと言われている古龍ミラージュは、太陽で生まれたとされている。サナトスはこの伝承を数千年以上忘れることなく、後世へ紡いできた。

 太陽より降臨せし古龍ミラージュという伝説は、今日のサナトスによる古龍信仰の礎となっている。

 それでも、太陽は所詮自然の一部である。自然は生きとし生ける物に数多の恩恵を与えるが、時に牙を剥き命まで脅かす。

 リィナは自分の目に針を刺されたような感覚を一瞬覚え、小さな喘ぎを零しながら顔を下に向けた。


 数分上り坂を歩いたところに、小丘が鎮座していた。

 周囲の光景と同じように荒れ果て、草木一つ無い岩の丘であったが、そこからの眺望は一級品であった。

 サナトスの集落を見渡せるほか、眼前に広がる峰々を特等席で目の当たりにすることができる。

 丘の上には、小さな即席の決闘場と望楼があった。

 望楼には同胞が火災や敵の侵入をいち早く集落に伝えるため、大きな鋳造の鐘が宙吊りになっている。

 サナトスである仲間のひとりが望楼からこちらに手を振ってきたので、すかさずリィナも手を振り返した。

 リィナとその祖父は、集落の人々から度々信奉的な目線で見られることがよくある。リィナなんて、毎日マスコットのような扱いだ。

 なぜかといえば、二人の遺伝子にその答えがある。そしてそれを、知らない者はこの集落に存在しない。

 古龍ミラージュが育てたロンシャン王の血脈は、かつて彼が建国したサルゴン王国無きあとも、直系として続くこの世で最も古き伝統のある系譜である。

 リィナの祖父は没落したサナトスの集落をまとめ上げるいわば村長で、今頃は自らの息子にその座を譲り余生を謳歌している筈であった。その息子とその妻を、忌々しい人間に殺されるまでは。

 生まれて数ヶ月という幼さで両親を失ったリィナが、彼の跡継ぎの候補となったのは言うまでもないが、いつその身が壊れてもおかしくない彼は、リィナによくこの言葉を投げかけた。それは、少女一人になっても集落をまとめ上げ、決してサナトスとしての高潔さを忘れることがないように。


「強い女になれ、リィナ」

「いつもそれ言う。わかってるってば。……っていうか、あたしはヴィンドラをひとりで討伐したんだよ? あのレベルをひとりで倒せる女の子なんて、世界にあたししかいないよ。たぶん」

「……リィナ、なぜ弱い者ほど自分を強く見せようとするか、わかるか?」

「それは……えっと、自分が強いと思い込んでるから?」

「違う」

「ううう……降参、わかんないよ」

「弱い者は、自分の中で自分は弱いと心の何処かでわかっているのだ。だからこそ、口だけでも強くして相手を圧倒する。今のお前がそれだ」

「何が悪いの?」

「大賢は愚なるが如し。本物の強者は、その実力を表に見せず、一見するほど弱者のように見えるものだ。自分が強いとわかっていれば、強いことをひけらかさない。そんな強者になれ、リィナ」


 そう言った白ひげの祖父は、ところどころ傷がついて欠けた木刀をリィナに手渡した。


「わかった……」


 その剣を受け取る。


 

「今となっては、毎日のようにその言葉を反芻してる。当時は意味もわからなかったけど、成長してから徐々に理解した」

「大賢は愚なるが如し……。私も、肝に銘じておかないと」



 使いもしない刀剣の流派を強制的に叩き込まれたこの数年間。適性はまったくないが、サナトス伝統の祭礼で殺陣を行うので、惰性で続けている。

 剣術はもちろん槍術も祖父には遠く及ばず、残ったものが弓術であった。

 そしてその分野においては、彼をも目を見張るような実力を発揮したのである。

 とはいったものの、未だリィナはサナトスの古龍神器を手に取ったことがないどころか、この目で見たこともない。

 祖父はその手に神器の一つを持っているのに。


 本日の鍛錬も滞りなく終わり、気がつけば陽が傾いていた。

 望楼に立つ仲間の後ろ姿を見ながら、決闘場を後にする。


「……っ!」


 突然、リィナの前を行く祖父が、立ち止まったと思えば、黄昏をつんざく大声で、叫んだ。


「伏せろ! リィナァ!」

「えっ、うわぁぁ!」


 防郭の術式を展開した祖父の外套が、リィナの背中を覆う。

 まるで傘が驟雨を弾き返すようにして、放物線を描く無数の矢たちが、防郭に阻まれ崩れたそれらが地にぽろぽろと落ちる。


「敵襲だ! てきしゅ───」


 一心不乱に鐘を鳴らしていた望楼の仲間は、背中に矢を受けて勢いよく落下した。鮮血を辺り一帯に撒き散らしながら、最期は礫の海に顔を突っ込み、角の片方は折れて地面に転がった。

 

「いや……っ。いやぁぁぁ!」

「クソっ!」


 矢の雨が止んだあと、二人は落ちた仲間の元に駆け寄る。彼はすっかり息を引き取ったようで、不帰の客となった。

 丘の頂点から集落を覗き込んで見れば、突然の敵襲に村人たちが騒ぎ出し、逃げ回っていた。

 目を凝らせば、矢をまともに受けて倒れている者もいた。


「おじいちゃん……」


 リィナは、どうしようかと考えあぐねている祖父を見て、そう零した。

 もう時間はない。矢が飛んできた方向を見れば、砂埃がこちらへ向かってきている。まるで海岸に寄せる波のように。


「……私が引き付ける。リィナは村の女と子供を連れて逃げるんだ」

「なんであたしだけ?! おじいちゃんは逃げないの?」

「私はこの村を守る責務がある。そのためなら死んだって構わない。……どうせ長くない命だ」

「そんなの嫌だ! おじいちゃんがいないなんて! 一緒に逃げるの!」


 年相応に駄々をこねるリィナに呆れるも、再び彼は迫りくる無数の騎兵たちを見る。

 帝国の傭兵やら教会の軍やら。普段は争っているのにどうして今になって。

 自分の腕を引っ張るリィナの姿を、彼は見下ろした。涙を流して、無数の人間たちを恐怖の色をした瞳で見ている。

 決断の時が、刻々と迫っている。


「ここで私が止めなければ、全員死ぬ。奴らは本気だ」

「それなら、あたしも一緒に戦う!」

「そんなの無理だ。お前は弱い。人間と戦ったことなんてないだろう」

「違う! あたしは強いの!」


 地面の礫が振動するほどの轟音を立てながら、無数の馬たちは徐々に大きくなる。まるでそれは天界との距離を、端的に表しているような。

 そんなこともお構い無しに、リィナはここにとどまると駄々をこねる。

 先鋒くらいなら村から増援が到着するまでの間に全滅させられるであろうか。リィナがどれほど対人戦において能力を発揮するか未知数ではあるが。

 彼は頭を抱え、もう一度リィナを見た。


「危険を感じたら、すぐに逃げろ。いいな」

「わかってる。でも、そのときはおじいちゃんも一緒」

「わかった」


 彼に、逃げるつもりはさらさらなかった。ただ、この小さき命を守るため。

 地面に崩折れている仲間の骸から、一本の剣を取り出しリィナに手渡す。

 高齢の男とその膝丈くらいの少女は、立派な武器を携えて、たった二人で人間たちの大群に顔を向ける。

 これ以上、同胞たちへの迫害を許さない。人間たちを迎え撃って、全員殺す。そうすれば、二度と奴らは来ないはずだから。

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