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掌編置場

マボロシ奇譚 ~駅ノ章~

作者: 須藤鵜鷺

 子どものころの記憶というのは、一体どれくらい正しいものなのだろう。いつの間にかあいまいになって、おぼろげになって、それが本当に現実に起きたことなのか、それともドラマや映画で見たワンシーンだったのか、あるいはひどくリアルで朝飛び起きて泣いたような、夢で見た一場面だったのか、わからなくなる。

 そんな記憶のひとつに、ある駅の光景がある。

 昔、祖母に連れられて市街にある映画館に何度か行った。祖母にとっては子守の代わり、アニメでも見せておけば大人しくしているだろうという腹づもりだったのだろう。私たちきょうだいはなにかにつけて喧嘩をし、二人して泣きわめくことが多かったから。少しでも静かにしている時間が欲しくて、祖母は幼子二人の手を引いて、電車で何駅も離れた映画館にわざわざ連れて行っていたのだろう。映画はアニメのこともあれば特撮物のこともあった。とにかくなにか子供が好きそうなもの。それが選択基準だった。私たちがすすんで選んだ記憶はあまりない。そうして幾度となく通ったはずのその映画館もずいぶん前に閉館した。元の場所は再開発されて別の建物になっているはずだが、今となってはもうどこがその跡地なのかもわからない。

 そのころに使っていた、地方鉄道の小さな駅。これもまた今は存在しない。いや、正しくはその駅が存在したかどうかさえ、今ではあやふやになっている。

 おかしな話だ。電車を使っていたのは間違いないのだから、駅だって利用していたはずなのだ。祖母は車の免許を持っていなかったし、私たちが住んでいた場所から映画館までは電車に乗っても二、三十分はかかる。

 ではなぜ駅の存在だけがあやふやなのか。それは、その駅の話をすると必ず言われるからだ。そんな駅は、元から無かった、と。

 私の記憶にあるその駅は、駅舎自体はとても古かったものの、中は案外広かった。だがそう思ったのは私がまだ小さくて、低い視線から周りを見ていたせいかもしれない。入って右手側に待合のためのスペースがあり、左手側の奥に手土産などを買える売店があった。売店の奥側の壁には、高いところに棚がつくりつけてあって、備品のようなものがしまわれていた。その棚に並んで、古い家にあるような神棚が設置されていた。小さいころの私はそこに神棚があるのがなんとなくちぐはぐに感じてよくじっと見上げていた。券売機で買う切符はぺらっとした紙のもので、改札に立っている人に見せてカチッとスタンプを押してもらう。もっと遠くまで行くときに乗るJRの駅で押してもらう緑のスタンプよりも少し小さめの赤いスタンプ。

 待合から改札までの様子はこんなにはっきりと覚えているのに、ホームの様子はほとんど覚えていない。おそらくホームにはさして特徴がなかったのだろう。待合をはっきり覚えていたのは、やはりあの神棚が印象的だったからだと思う。

 その駅がなくなってずいぶん経ってから、私はただの世間話の延長のように、思い出話としてその駅のことを周りに話した。すると、その話を聞いていた誰もが途中から首を傾げだす。そして最後には判を押したように同じことを言うのだ。「その路線にそんな駅無かったけどなぁ」と。否定されると意固地になって、さらに詳しい様子を語ってみせる。曖昧な記憶をかき集めて、確かにあったと主張する。でもその主張で納得した人は誰一人いなかった。みんな最後には決まって、私を困った人を見るような目で見る。一番堪えたのは、一緒にその駅を使っていたはずの祖母に話したときだった。祖母の反応も、そのほかの人たちと変わらないものだった。

 ならばこの記憶は、すべて私の妄想なんだろうか……?

 怖くなって、それ以来私はその話をしなくなった。私の記憶の中だけにある、誰も見たことがない駅。それは口にしなくなったことで私の意識の深層に沈み、もはや浮かんでくることも稀になった。

 あの駅は一体何だったのか。どこかで見た映像?それとも完全に私が妄想で作り上げた幻?

 ガタンゴトン、電車が揺れる。その駅を出発した電車は、遠くかすむ靄の奥へと走り去っていった。

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