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紫陽花

作者: 福地 正実

SF好きなので、全てSFのつもりです。「センス・オブ・ワンダー』が合言葉!

不思議な感覚の小説を作ります。残念なことに勉強不足で「転生もの」や「異世界もの」とかライトノベルはかけません。でも、簡単な言葉で綺麗な情景を描写するようにしている。

いやあ。ホント、流行に逆行します。

下記は拙書(Amazon)の購入リンクです。

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紫陽花は多情な花だと言われる。花びらの色が時期によって変化するからそう言われるのだろう。でも、私は紫陽花が好きだ。


雨が降る。

ずっと雨が降っている。弱くなったり強くなったりはない。ずっと降っている。風もないから雨の粒は真っ直ぐに地面へ向かって落ちてゆく。重力に引き寄せられているので正確には真っ直ぐじゃない。この星の中心部にまで雨が届くのなら、雨はそこに集まる。

地面へ落ちた雨はその上で他の雨粒と一緒になって流れを作る。土壌に染み込みやがて大きな川へ集まり、赤い色をしたこの星の海に流れ出すのだろう。


この星には紫陽花に似た花が咲く。テントを張った草原のあちこちにアジサイそっくりの花が咲いている。空から落ちてくる雨を受けて、淡いブルーの花びらを揺らせている。それはテントから離れるごとに青へグラデーションして変わってゆく。


プロジェクトに選ばれたのは十人。

それぞれがこの星で人間が生活できるのかを調査する。私は植物学者だ。ずっと雨が降り続くこの星で何があって、何が不足なのかを調査する。

動物学者もいて調査しているが地球でいう魚類も、爬虫類も、哺乳類もいない。原始的な単細胞生物が海に漂っている。脊椎動物までには進化し切れていない。


星間航行が可能になったのは前世紀だ。量子力学の賜物と言われたがどんな理論なのか植物学者には全くわからない。

数度の無人機のテストの上で人類は初めての有人星間飛行へ乗り出した。


私がこのプロジェクトに参加したのは妻に先立たれたのが大きい。私はすでに六十を超え、地球ではあと十年生きられる。70歳で安楽死できる権利が得られるが帰路が計画されていないこのプロジェクトに参加してデータさえ地球に送れば、あとは各個人の判断に任されている。


選ばれたのはさして実績もなく、定年過ぎの研究者ばかりだ。その中でも私は若い方に入るのかもしれない。

一緒に来た、気象学者は大気の素性を調べ、人間が活動するには問題がないと調査結果を送信した後で行方不明になった。

そんなことより、この雨がいつ上がるのか知りたかったのだが、「それは気象衛星とデータが必要だ」と皆に言ったのが彼の最後の言葉だった。


その後の行方は知らない。彼が地球でどんな実績があったのかも知らない。


雨の中、全天候対応型のスーツを着て外へ出る。

ここにキャンプを張ったのは別に理由はない。他のメンバーから離れたかった。フィールドワークを理由にして一台きりの四輪駆動車を強引に借り出した。

クルマは少し離れた場所に止めた。群生している花を踏み潰したくなかったから。


日本生まれの妻は紫陽花が好きだった。日本固有種。日本にだけしか咲かない花。

ずっとアメリカ暮らしだったが紫陽花を持ってくることはできなかった。個人で他地域の動植物を持ち込むことは厳しく禁じられていた。紫陽花の咲く頃になると帰りたがったが貧乏な研究者だった私はその願いも叶えてやれなかった。


雨はまだ降り続く。ここへ到着して一ヶ月になるが、その間ずっと雨は降り続けている。弱くなったり強くなったりするが晴れることはなかった。

アジサイに近づいた。ルーペで花弁を見る。やはりそっくりだった。手を伸ばして茎に手を触れた。手袋ごしに触るが滑って上手くさわれない。簡単に雨の素性を調べた。地球で言う水。思い切って手袋を外した。しばらく、そのままにしておくがなんの変化もない。思い切ってヘルメットも外して、空を見上げて口を開けて雨を口に入れた。なんの味もしなかった。

「大丈夫だ」


もう一度花弁を見た。細かく見てもアジサイにそっくりだった。

サンプルを取ろうと茎に向けて採取用のベルトに下げたハサミを取り出した。根本から切断しようと屈み込んだ。

首筋に何かが触れた。素手になった手をそこに当てる。花弁が触れた。

「え」

真っ直ぐに立っているはずだった。

いつの間にか大地に倒れている。

目を開く。

花が目の前にあった。そして視界を花が埋め尽くした。

全身を痛みが襲う。逃れようともがくが大地から水が染み出し、雨も激しくなっている。あっという間に泥濘が広がり身体が大地に沈んでゆく。痛みはさらに激しくなる。そして意識を無くした。


花は何事もなかったかのように咲き乱れていた。その色は赤い。空の雲は切れて、日差しが赤い花を照らし出した。

誰もいない大地にはアジサイが広がる。

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