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彼女が異世界に行く前の話

初めまして。

勢いだけで書き始めました。

とりあえず、完結出来るように頑張ります。



 平日の午前9時、とある物流倉庫で始業の鐘が鳴った。

それまで散らばっていた人々は1枚のホワイトボードの前に集結する。


「皆さん1分間体をほぐしてくださ〜い」


 ホワイトボードの横に立つ女性が声をかけると各自思い思いに屈伸やアキレス腱を伸ばし軽く体操を始める。



「はい、それでは8月1日金曜日の朝礼を始めます。おはようございます」


「「「「「「おはようございます」」」」」」」


「まず今日の入荷ですが、ちょっと多めで10トントラック6台分の製品が入ってきます、その中ですぐに検査して出荷しないといけない製品が…………」




 物流倉庫の朝は忙しい。

まず、朝礼の時間に当日の入荷物と出荷物の確認から始まる。前日にきちんと確認し翌日に備えているが、当日になって急な追加が入り、せっかくの準備がぶち壊しになることはよくある。

 そのため現場責任者は朝一で予定の確認と従業員への周知は徹底しなければいけない。

 この泰平物流で現場責任者の地位に立つ椎名美琴もその1人だ。



 「………最後に今日は本社から○○課長が打ち合わせでいらっしゃいます。廊下ですれ違ったら元気よく『お疲れ様です』と挨拶してください。では今日も暑いですが水分補給を忘れずに頑張りましょう。よろしくお願いします」


「「「「「「よろしくお願いします」」」」」」



 こうしていつもどおり椎名美琴の1日は始まった。





* * * * * *





「お先に失礼します。お疲れ様です」

「「お疲れ様です」」


 同僚に挨拶をして美琴は建物から出た。

出た瞬間に襲いかかる湿気と建物との温度差に顔を顰めながら、自転車を取りに敷地内の駐輪場へ向かう。


 時刻は午後8時過ぎ。

今日はいつもより帰りが遅くなってしまった。と言うのも今日は次から次へとトラブルが起こり、その対応で自分の業務が全く進まなかったのだ。

 美琴の定時は18時。そこから2時間残業をした。

日中の業務をほぼ残業時間でやることになってしまったが、それも無事に終わり美琴はホッとしていた。


「あ〜外が暗い。6時台だと明るいけど、8時過ぎてるから仕方ないか」


 夏は日が暮れるのが遅い。

毎日同じような時間の帰宅でも季節次第で明るいうちに帰ることが出来る。暑がりな美琴は夏が好きではないがこの点だけは気に入っていた。


 カシャン


 自転車の施錠を解除し、ヘルメットを被ると美琴はすぐさま自転車を漕ぎ始めた。


(あ〜〜疲れた。もっと早く帰るはずだったのに……もうこんな時間)


 今日はいろいろあったのだ。

午前中はよかった。特にトラブルもなく穏やかに過ごせた。


 問題は午後だ。


 お昼休憩から戻ってすぐに出荷チームから電票を発行する機械が動かなくなったと連絡が入ったのだ。

 伝票がなければ製品を顧客に送ることが出来ない。つまり納品が出来ない。えらいこっちゃと駆けつけてなんとか復活したと喜んでいたら、総務チームから電話が入った。


 何かと思えば隣の会社から電話が掛かってきて『お宅の従業員がノラ猫に餌をあげています。うちは食品を扱っていますし、そちらは医療関係の倉庫でしたよね。ノラ猫が住み着くとお互いに衛生的に良くないので止めさせてください』とクレームを頂戴してしまった。

 とりあえず謝罪をした。

でももしかしたら近隣住民では……とそれとなく聞いてみたが、うちの制服を着ていたとのこと。明らかクロなのでもう一度謝罪。止めさせますとしか言えなかった。


 電話を終えて、さぁ午前の続きをやるぞと張り切れば、今度は検査チームかヘルプの声が。

次はなんだと思えば、入荷した製品の付属品を確認していたら、入っているはずの取扱い説明書が入ってないと。

 美琴が働く物流倉庫は医療用機械・用品を専門に取り扱っている。人の生命に関わる恐れがあるので取扱い説明書や付属品の有無は非常に重要な問題だ。

 結局この件は納品元に問い合わせをした。

担当者曰く、“今回納品分からペーパーレスを導入しました。今後は製品に印刷されているQRコードを利用してネットで確認してください”と……。


 あ〜、そういうことね。

そりゃあ紙が無い方が環境に優しいし、紙分のコストカットが出来るもんね。

こっちも取扱い説明書の有無を気にしなくて良いし、お互いにWin-Winだよね〜。

でもさ、始めるならこっちに一言連絡くれても良いのでは?




「あ〜嫌なことを思い出してしまった。風も生ぬるいし最悪だ」


 赤信号に捕まったが、待っている間することがないため今日の出来事を振り返る。


「くそ〜、○○○メディカルめ。せめて納品したときに連絡しろよ。猫だってさ……ねぇ。私は猫派だから猫の可愛さがわかるし、ご飯をあげる気持ちもわからなくはないけどさ、職場の近くであげるなよ。あげるなら私服でやれ」



 美琴は周囲に人がいないのをいいことに小声で愚痴をこぼし続けた。


「今日も頑張った。私頑張ったよ。すっっごい疲れたけど」



 美琴が働く物流倉庫は入荷・出荷・検査・総務・仕入れの5つのチームから成り立っている。

 そして、各チームのトップに立つのが現場責任者だ。美琴は28歳と若いながらも検査チームの現場責任者を務めている。

 検査チームは入荷した製品の状態や動作チェックを行い売り物に出来るように検査及び確認をするのが仕事だ。


 本来であれば、伝票の件は出荷の人間がノラ猫の件は総務の人間が対応するはずだった。だが実際は出荷の現場責任者は機械に弱く頼りにならず、総務の現場責任者は休み、他の人は手が空いておらず対応する人間がいなかった。結果、責任感が強く機械に強い美琴にお鉢が回ってきてしまったのだった。



「とりあえず、月曜日の朝礼でノラ猫とペーパーレスのことを連絡しなきゃ」


 ちょうど良く信号が青に変わる。

頬に当たる風に美琴の少しだけ気分が上向きになった。


(今日はコンビニに寄り道しよう。シュークリームとアイスとポテチを買って明日に備えよう)


 土曜日は読みかけの小説を読むつもりだ。

平日は動き回っている分、土日は家に引きこもり好きなものを食べながら小説投稿サイトで小説を読み漁る。これが美琴の休日の楽しみ方なのだ。


(確かトリップして冒険者ギルドに向かっているところまで読んだんだよね)


 最近は異世界トリップ系の小説にハマっている。チートスキル持ちの主人公が異世界で冒険者になる話だ。幼い頃からファンタジー好きな美琴はこの手の話は何でも読んでいる。



 コンビニ直前に信号機がもう1つあるが今度は青だった。


(アイス何食べようかな。やっぱりここはカップかな。途中で溶けてもなんとかなるし。でもガ○ガ○君の期間限定も食べてみたい……)


 これから食べるアイスのことで頭がいっぱいのあまり、コンビニを見つめながら自転車を走らせていると、突然右横からライトの激しい光で全身を照らされた。驚きそちらを見るとクラクションの音とともに大型トラックがこちらへ迫ってきていた。


 マズいと思ったときにはもう手遅れで、美琴はトラックと衝突した衝撃で自転車とともに宙に投げだされた。

 そしてすぐに大きな音を立て地面に叩きつけられた。


 トラックの運転手であろう男性がこちらへ走ってくるのが見えるが、指一本も動かすことは出来なかった。


(痛い……暑い……。死ぬんだ。お母さん先に死んじゃってごめんね……。でも小説全部読みたかったな……)




 こうして、椎名美琴は帰宅途中に大型トラックの信号無視により交通事故で死んでしまった。



 彼女の心残りは小説を最後まで読めなかったこと。










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