78 【ヴィクトリア視点】ミラベル来訪
閑話ではなく本編ですが、話の都合上ここから2話、ヴィクトリア視点です。
改革チームの打ち上げ翌日。
(ああああああ……)
アタシは内心で悶絶していた。
…いや、分かってはいる。自業自得だ。
調子に乗って飲み過ぎた。
みんなと話して楽しくなってしまった。
何より帰り道、クリスティンと2人きりになったのがいけなかった。
ギルドの治癒室で業務記録簿を用意しながら、昨夜の行動を猛省する。
──『貴女のお相手、アタシじゃダメ?』
(いやいやいやいや、『ダメ?』じゃないでしょアタシ!!)
せめてもうちょっと格好良く言いなさいよ! もっとちゃんと!!
昨日の自分に全力で突っ込みを入れる。
…どうせなら忘れていたかった。
でもアタシの場合、どんなに飲んでも記憶が飛ぶことは無いわけで。
昨日ポロッと本心を零してしまった後、一瞬で酔いが醒めたアタシは、全力で誤魔化して挨拶もそこそこに自宅へ逃げ帰った。
今朝もクリスティンに合わせる顔が無くて、いつもより30分以上早く家を出て、1人で出勤する始末。
…我ながらヘタレだわ…。
肩を落としながら業務の準備をしていると、
「ヴィクトリア、おはようございます」
「あらジュリア、おはよう」
入り口から顔を出したのは、受付に居たはずのジュリアだった。
その顔に困惑が浮かんでいるのを見て、アタシは首を傾げる。
「怪我人?」
「いえ…ヴィクトリアにお客様です」
「お客様?」
「その…ミラベル・ボウエン伯爵令嬢が、応接室でお待ちです」
「え」
ギルド2階にある賓客用の応接室の扉を開けると、ソファに座っていたミラベルがぱあっと顔を輝かせて立ち上がった。
「ヴィクトリア様!」
「おはよう、ミラベル」
顔が引き攣らないように全力で表情を整え、ご令嬢に挨拶する。
王宮を出奔した後、アタシは王宮での部下だったミラベルの叔父の伝手でこの街にやって来た。
碌な準備も無くやって来たアタシを、自分の屋敷に仮住まいさせてくれたのはミラベルの父──現メランジ市長だ。
彼女の一族には多大な恩がある。
市長とは、今でもたまに食事を共にする。
ミラベルの事も彼女が少女だった頃から知っている。
家庭教師の真似事をしていた事もあるし、一緒に街を歩いた事もある。
──だが、ミラベルがギルドに直接やって来るのは初めてだ。
仕事の邪魔はしないようにと、市長から言い聞かされていたはずなんだけど…。
「先日は危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
得意気な顔で貴族の礼をして着席したミラベルは、にこにこと礼を述べる。
なるほど、誘拐未遂の礼ならば、市長も本人が出向くのを許可するだろう。
「アタシたちが助ける事になったのは偶然よ。礼には及ばないわ」
と言うか、礼は誘拐事件の翌日に既に市長から貰っている。
正規の礼状と、街の飲食店で使える食事券だ。
現金やかさばる物にしないあたりは流石の配慮である。
クリスティンは礼状だけ貰って食事券をアタシに押し付けて来たから、2人分合わせて昨日の打ち上げの費用にした。我ながら良い使い方だったと思う。
(まだ結構残ってるから、またクリスを誘って──いやいやいや、あんな発言してどんな顔して会えと!?)
クリスティンと顔を合わせるのを想像した瞬間、ぶわっと汗が噴き出した。
どうしよう、昨日の発言は本心だったのに。
自分の迂闊な行動のせいで、身動きが取れない。
「──本日は、大切なお話があって参りました」
そんなアタシの内心はつゆ知らず、ミラベルはキリッと表情を整える。
真面目な顔なのに、どうしてそんなに目が輝いているんだろうか。
「ヴィクトリア様──いえ、ヴィクトル・ヴァイゼンホルン殿下。私と結婚して、王都に凱旋なさいませんか!?」
「……………は?」
今、何て?
この子今、アタシの事『ヴィクトル』って呼んだ?
この街じゃ、市長以外知らないはずなんだけど…?
「ミラベル、貴女何言ってるの?」
一瞬で頭が冷えた。
平坦な声で問い掛けると、ミラベルはこくりと頷く。
「驚くのも無理もありませんわ。ヴィクトル様は王位継承権争いを避けるために王宮を離れたと聞きました。──でも!」
ぎゅっとハンカチを握り締め、
「第2王子殿下は隣国に遊学名目で追放されたのでしょう!? 王宮が混乱している今こそ、ヴィクトル様がお戻りになり、その手腕を振るうべきですわ!」
「…」
「私と結婚してくだされば、我が家と叔父様の家が後ろ盾になります! 王都に着けば、他にも味方になってくださる貴族家はたくさんあるそうですわ! 私も妻として、全力でサポートいたします!」
目が本気だ。
…どうしよう、話が通じそうに無い。
と言うか、前提が色々と間違っている。
まずアタシが王宮を出奔したのは、アタシがアンガーミュラー領から王宮に戻ったら勝手に出来ていた『第1王子派』とか言う派閥が『ヴィクトル様は王家の中で冷遇されている』とか言い出して内乱になり掛けたからだ。
王位継承権争いを避けたいとか、そんな漠然とした理由じゃない。
『第1王子派』は特殊な魔法道具を持ち出して王都内でクーデターを画策していたので、アタシとその他数名でそれを阻止した。
元々『アタシ』が『アタシ』として生きるためには王家に居続ける事は出来ないと思っていたから、その後アタシは『責任を取る』という名目で王位継承権を放棄した。
引き留めようとした父と母に、『私は王子ではなく、『アタシ』として生きたいのだ』と暴露して。
次に、第2王子のユリウスは、隣国に追放されたのではなく実際に文官として鍛え直されているところだ。
まだ卒業の見込みは立っていないようだが、王宮にユリウスの席は残っているはずだし、追放は有り得ない。
さらに、ミラベルの父は伯爵、王都に居るミラベルの叔父上は子爵である。
…残念ながら、後ろ盾としては弱すぎる。
あと──どうしてアタシがミラベルを妻に迎える前提で話をしているのか。
ミラベルは可愛らしいご令嬢だが、妹とか姪とか、そっちの感覚だ。
貴族の結婚に恋愛感情は不要と言われているが、妻として考えても未熟過ぎる。
(配偶者として迎えるなら、それこそクリスとか──ああああもう煩悩……!!)
頭を掻きむしりたい衝動に駆られる。
…落ち着け、アタシ。
問題は、どうやってこの場を切り抜けるかだ。
この部屋には防音対策が施されている。
ミラベルのトンデモ発言が漏れる可能性は低いが、逆に言うと第三者の登場で話を有耶無耶にするという手段は採れない。
つまり、助けは期待出来ない。
「私が妻になったら、ヴィクトル様を──」
ミラベルは完全に自分の世界に入り、脳内の『輝かしい未来』を垂れ流している。
とりあえず彼女が疲れるのを待とうと、アタシはそれを聞く振りをした。
…十数分ほど経っただろうか。
なおも話し続けるミラベルに、アタシが頭痛を覚えた時、
──バン!
ノックも無しに扉が開き、思わぬ人物が入って来た。
「失礼しますよ」
「く、クリス…!?」




