75 改革案提出
ジュリア、カール、トラヴィスと私、そしてヴィクトリアからなるメランジ支部改革チームが発足して数日後。
「──こちらが最終案になります。あくまで案ですので、これを採用するか否かはギルド長がお考えください」
「いやいやいや、早過ぎだろ!?」
「そうでしょうか?」
書類を受け取って叫ぶロベルトに、私は首を傾げる。
こういう動きは、みんなの注目が集まっているうちに進めた方が良い。
組織は変化を嫌うので、時間を掛ければ掛けるほど、『やっぱりやめよう』とか『それは伝統にそぐわない』とか、難癖をつけられる可能性が高くなるのだ。
「むしろさっさと終わらせた方が良いのですよ、こういう事は」
「…」
絶句しているロベルトを尻目に、私は手元に残った最終案の複写に視線を落とす。
「内容をざっくりご説明しますと、まず冒険者の功績に対する褒賞の宴会は廃止。代わりに、素晴らしい活躍をした冒険者には、依頼報酬とは別にギルドから褒賞金を出すのはどうかと」
「褒賞金の額は…こっちに一覧があるか」
ちゃんと目を通してくれるらしい。
書類を見詰めるロベルトに、私はちょっと嬉しくなった。
「はい。実際にはそれぞれ状況が異なりますので、その都度個別に金額を決める事になると思いますが、宴会よりは安上がりです」
「……そうだな」
ロベルトの額に汗が浮いた。
ヴィクトリアが昨年度の会計報告をきちんと見ておくよう根回ししてくれたので、1回の宴会でどれくらいの予算が飛んで行くのか、ロベルトもようやく把握したようだ。
「それから職員に対してですが、飲み会や食事会に対する補助金制度の案が出ています」
「補助金?」
「はい。職員が飲み会や食事会に参加したら、その領収書を提出してもらい、その費用をギルドが出す仕組みです」
私が把握している限り他の支部にそんな制度は無いが、ここは元々タダで飲み食いできる宴会が定期開催されていたので、事情が特殊だ。
ただギルドでの宴会をやめるだけでは、それまで宴会を楽しんでいた職員が不満を漏らすだろう。
その対策と、これまで宴会に参加できなかった職員への救済措置として、この案を出した。
「それだとよく飲みに行く奴が得をするんじゃないか?」
「年間の利用金額に上限を設ければ大丈夫です。それと、職場の飲み会に参加できない方向けに、ご家族やご友人同士での外食にも適用できるようにすれば良いかと」
「なるほど…。そしたら、家族が居る奴は上限金額を上げるとか」
「いえ、そこまでは現状必要無いと思います」
私は首を横に振った。
「ご家族が居る方には、給与の方で家族手当が付いているでしょう? 人によって上限金額が違ったら会計処理の手間が増えますし、必要だと思ったらその都度変えて行けば良いと思います」
「あ、ああ。そうだな」
別にこれが最終決定ではない。制度は時代に応じて変えて行くものだ。
その他、予算配分の見直し案などの説明を加え、質問にも答えると、ロベルトは納得したように一つ頷いた。
「──分かった」
書類から顔を上げ、苦笑する。
「まさかこんなに早く案がまとまるとは思っていなかった。後はこっちで詰める。また相談したい事が出来たら声を掛けるから、よろしく頼む」
「承知しました」
一礼してギルド長室を出ると、私は大きく伸びをした。
(終わった…!)
制度が導入されるのはまだ先だろうが、自分に出来る部分は終わった。
…後はロベルトがあの案を放置しないよう、定期的に圧を掛ければ良いだろうか。
(…そんな必要は無い事を祈る…)
内心で呟きながら、夕暮れの迫る廊下を歩く。
今日は改革チームのメンバーで打ち上げの予定だ。仕事は早めに片付けてしまおう。
打ち上げの会場は、ジュリアおすすめの店だった。
どうせすぐまとまるだろうし、一区切りついたらみんなで夕飯食べましょ!と提案していたのはヴィクトリアだ。
昨日の時点で目途がついたので、ジュリアが店を予約してくれた。
前日予約だったにも関わらず、通されたのは個室である。
店員と親し気だったので聞いてみたら、ジュリアが昔お世話になった人が経営しているのだという。
「──それにしても…」
食事を楽しんだ後、ぼそり、果実酒の水割りを飲むジュリアが呟く。
「本っ当、クリスが来てから変わったわよね…」
「変わった、とは?」
私が首を傾げると、ジュリアたちが苦笑する。
「こうしてあの宴会の見直しが出来るとか、前までは考えられなかったわよ?」
「依頼書の運搬も楽になりましたし」
カールもしみじみと頷いた。
「そうそう! 書類のサイズを統一しろってギルド長に掛け合ってくれたのもお前さんだしな。購入コストは上がったが、これで処理はかなり楽になるはずだぜ!」
効果が出るのはこれからだけどな! と笑うのは、会計部門所属のトラヴィス。
無骨な見た目の元冒険者だが、頭の回転が速く数字にも強い。
今回の件を処理するにあたって、取り急ぎ書類のサイズを統一してはどうかと提案した際、コストが上がると難色を示した会計部門の仲間たちを、『変なサイズの書類をまとめる手間も書き写す面倒臭さも無くなるから、絶対処理速度が上がって残業が減る! 全体で見ればコストは下がる!』と説得してくれた。
ちなみに、カールが言った『依頼書の運搬』は、仕分けた後の依頼書を入れて運んだ袋の事だ。
受付や処理部門から大好評で、私がやった翌日からすぐに他の職員たちも真似し始めた。
今では受付のすぐ後ろに種類を表記した袋を並べて吊るし、書類を直接そこへ放り込む方式に進化して、仕分け自体の手間が無くなった。
動き始めれば、とても速い。冒険者ギルドの良いところだと思う。
「みなさんのお陰ですよ。私もまさかこの短期間で改善案が形になるとは思っていませんでした」
ジュリアは商業ギルドからの出向なので、他組織の制度に関する知見がある。
改善案を最も多く挙げてくれたのは彼女だ。
カールは生え抜きの若手ギルド職員で、ギルド内でも顔が広いので、職員たちの意見を聞き回り、自身も率直な意見を述べてくれた。
トラヴィスは、出て来た意見に関してコストの観点からアドバイスをしてくれた。
最終提案にどれくらいの対費用効果が見込めるのか計算してくれたのもトラヴィスだ。
ヴィクトリアは独自の情報網を使って情報収集をする傍ら、私たちが脱線しないように注意していた。
『改善のための会議』は『愚痴大会』になりがちなので、ストッパー役が居てくれるのは大変有り難い。
正直、私がやったのは会議内容の記録と取りまとめくらいだ。
会議が始まってからは殆ど何もやっていない。
「なーに言ってるのよ、今回の立役者は間違い無く貴女でしょ」
ヴィクトリアが蒸留酒の水割りを飲んできっぱりと言う。
「今まで何も変えられなかったのよ。変わり始める切っ掛けをくれたのはクリスなんだから」
ちょっとは胸を張りなさい。
言って頬をつついて来るヴィクトリアは、若干目元が赤くなっている。
…確かヴィクトリアはあまり酒に強くなかったはずだが、大丈夫だろうか。
明後日の方向に思考を飛ばしていると、そうよ、とジュリアが強く首肯した。
「あのギルド長を笑顔でぶった切って止められる人はそう居ないもの。できれば、これからもずっと働いていて欲しいくらい」
「笑顔でぶった切る…」
いつの間にか、ジュリアのグラスの中身が水割りからロックに変わっている。
「ですよね。書類整理も恐ろしく速いですし」
「見てて面白いしな!」
(面白いって)
良いのか悪いのか微妙だが、ジュリアもカールもトラヴィスも、私の事を評価してくれているのは間違い無いようだ。
嬉しさがこみ上げて来るが、私が期間限定の職員である事は変わらない。
私は苦笑して応じた。
「ありがとうございます。残り期間、出来るだけお役に立てるように頑張りますね」
家族での外食に補助金が出る制度、現実にも欲しい…。




