74 冒険者ギルドメランジ支部改革計画
ロベルトは暫し固まっていたが、やがてがっくりと頭を落とした。
俯いたまま、呻く。
「…宴会で『大変な迷惑を被っていた』ってのは、ホントか?」
いや、注目するのはそこでは無いのだが。
内心で突っ込む私をよそに、ヴィクトリアが深々と頷く。
「ホントよ。ついでに言うと、『あの宴会が嫌』って言って辞めてく子、結構居るのよ。知らないだろうけど」
「…」
「普通に考えて、飲み屋でもないのに職場が唐突に飲み会会場に変わるなんて誰も喜ばないと思います」
「……メランジ支部の、伝統、なんだが…」
ヴィクトリアが衝撃的な事実を伝えているのになお食い下がるあたり、ロベルトの思考停止っぷりもなかなかのものだ。
私は半眼になって応じた。
「伝統って言葉、便利ですよね。必要かどうか考えなくて良いんですから」
少しは考えろ、阿呆。
私の心の声は多少なりともロベルトに伝わったらしい。
ロベルトはビクッと背筋を伸ばし、ヴィクトリアに視線を送って──首を横に振られて泣きそうな顔になった。
「………そうか。スマン…」
塩を掛けられた青菜のようにしおしおになっている。
一応、フォローしておこう。
「別に宴会を全部やめろと言っている訳ではありませんよ。ただ、『功績を挙げた者を称える』のなら、参加自由・予算ギルド持ち・会場ギルドの宴会という形はやめた方が良いという話です」
「ど、どういう事だ?」
「先程言った予算の問題や、職員の迷惑の問題もありますが──恐らく、その宴会を当てにして、ろくに実績も積まずにメランジに滞在し続けているダメ冒険者も相当数居るのではありませんか?」
「!?」
「ああ、居るわね。そういうの」
「んな!?」
私の予測をヴィクトリアがあっさり肯定し、ロベルトが目を剥いた。
金銭の問題と、ギルド職員の迷惑の問題は当然重要だ。この支部の運営に関わって来る。
だが、『冒険者ギルド』の存在意義を考えると、最も厄介なのは『働かない冒険者』の存在だろう。
(ある程度予想はしてたけど…やっぱり居るんだ、そういうの)
功績のおこぼれに与ろうとする者はどこにだって居る。
特に冒険者は実力主義の世界だ。成果が出なければ報酬も無い。
実際、依頼を達成できなくて辞めていく者は多いし、やさぐれて問題を起こし、除名処分になる者も居る。
そんな中で、その場に居合わせただけで好き勝手飲み食いできる宴会が結構な頻度で開催されるとなれば、それを目当てに名前だけの『冒険者』で居続ける者も出て来るだろう。
結果、現役冒険者の質が下がる。
由々しき事態である。
「そ、そんな奴らが居るのか!?」
「居るわよ。例えば、あんたが仲良くしてる──」
ヴィクトリアがいくつかの個人名やパーティの名前を挙げると、ロベルトの顔色が次第に悪くなって行く。
「…じゃあ、前に俺が出した依頼は」
「大変だったでしょうねぇ。殆ど実戦経験が無いんだから」
「……」
どうやら、ダメ冒険者にそうとは知らずに無茶な依頼を出していたらしい。
ギルド長と仲良くなるのも良し悪しか。
「分かったでしょ? ギルドでの宴会は、利益より実害の方が多いのよ」
ヴィクトリアに言われ、ロベルトがまた項垂れる。
「冒険者の質を維持する面でも、改革は必須でしょうね。ギルド長、この件、私が担当してもよろしいですか?」
「…お前がやってくれるのか?」
意外そうな顔をされた。
流石に、ここで全てロベルトにぶん投げる気は無い。
…忙しさを言い訳にしてそのまま放置する可能性が高そうだし。
「こういう事には慣れてますから。外部から来た人間が言い出す方がすんなり進む事もありますし──ああでも、他の職員の皆さんにも協力をお願いするので、そちらはご了承くださいね」
「あ、ああ。勿論だ」
言質は取った。後は行動するだけだ。
内心でにやりと笑う私の隣で、ヴィクトリアが苦笑していた。
その後私は職員に片っ端から声を掛け、数日掛けて意見を聴取して行った。
アンケートを実施する事も考えたが、書く時間が惜しいだろうし紙にまとめようとした途端に枝葉の意見が省略される可能性もある。雑談も交えて会話の中で本音を聞くのが一番早かった。
そして。
「──皆さんにお話を聞いたところ、ヴィクトリアと、受付窓口のジュリアさんとカールさん、会計部門のトラヴィスさんにご協力いただける事になりました。今後、勤務時間外に2階の会議室で話し合いを行う予定ですが、時間外業務という扱いでご了承いただけますか?」
「あ、ああ」
途中経過を報告すると、ロベルトは戸惑いながら頷いた。
「それから、聞き取りの結果をまとめた紙がこちらになります。予想していた予算に関する意見、宴会に関する苦情、実情、冒険者の質に関する意見の他に、『ギルド職員間の不公平感』に関するご指摘をいただいています」
「不公平感…?」
「宴会は誰でも参加自由。ですが、実際にはごく少数の特定の職員のみ、参加頻度が飛び抜けて高くなっています。実質、『彼らだけがギルドから別途報酬を貰っている』状態ですね」
「あ」
「参加したくても家の都合で参加できない方、お酒が飲めない体質、あるいは医者に止められていて参加しにくい方、そもそも宴会自体が苦手な方…そういった方は恩恵に与れないわけです」
「…ああー……」
ロベルトが頭を抱える。
私も認識していなかったが、確かに『ギルドの金で好きに飲み食いできる』のを『ギルドから金銭を貰っている』状態だと解釈すると、これは不公平と言わざるを得ない。
これをどう修正して行くか、腕の見せどころではある。
「これらのご意見を元に、ジュリアさんたちと改善案を話し合います。逐一ご報告しますので、何かご意見があればいつでもおっしゃってください」
「…分かった。よろしく頼む」
「はい」
ロベルトから了承を得て、私は治癒室に戻る。
改革計画が始動しても、私のメイン業務は治癒室の手伝いだ。
ヴィクトリアはある程度業務を調整してくれているが、疎かにして良いわけではない。
「ヴィクトリア、戻りました」
「おかえり。丁度良かったわ」
治癒室には、ヴィクトリアと助手のエヴァンの他に、もう一人、細身の男性が居た。
ヴィクトリアはその男性の肩に手を置き、嬉しそうに笑う。
「改めて紹介するわね。今日から治癒室の回復術師として配属された、アランよ」
「アランです。その、先日はお世話になりました」
ティラノサウルス討伐を成し遂げたパーティの回復術師。
話は聞いていたが、本当に冒険者を辞め、冒険者ギルドに就職したらしい。
「クリスティンと申します。よろしくお願いしますね、アランさん」
聞けば、パーティを抜ける際にはそんなに揉めなかったそうだ。
アランが骨折の治療を受けている時に臨時でパーティに入った回復術師がパーティメンバーと意気投合したため、実質アランとその回復術師が交代する形で丸く収まった。
説明してくれたアランが、頬を掻きながら苦笑する。
「深刻に考えてたのは俺だけで、みんなあっさり納得してくれました。『俺らが治癒室の世話になる時は治療費割引してくれよ』って、調子良い事言われましたけど…」
「治癒室に割引規定は無いわ。きっちり定価で請求するわよ」
ヴィクトリアが腕組みして言うと、分かりました、とアランが笑って頷いた。