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72 事件解決

「ミラベル…?」


 どうやら、袋詰めされていたご令嬢はヴィクトリアの知り合いらしい。


 私が首を傾げると、ご令嬢を袋から出し、ちらりとこちらを見たヴィクトリアが困った顔で囁いた。


「メランジの市長──ボウエン伯爵の娘さんよ」


 なるほど、市長の娘なら、ヴィクトリアと顔見知りなのも頷ける。


 年の頃は18歳くらいだろうか。

 年齢の割に幼く見えるのは、底抜けに明るい笑顔のためだろう。


(眩しい…)


 何となく距離を取ってしまう。


 貴族社会では、こんな風に感情を表に出す人間は珍しい。

 ついでに、こっちの話を聞かずに突っ走る姿勢も。


「誘拐されても()()()()()()()()が助けに来てくださると、信じていました!」


(え)


 私は思わずミラベル嬢を凝視する。


 表情には、含みも裏も無さそうだ。

 ヴィクトリアが『ヴィクトル・ヴァイゼンホルン殿下』だと知っている訳では無く、純粋にヴィクトリアの事を『理想の王子様』だと思っているのだろう。


 …『女性』を前に、それもどうかと思うが。


「ミラベル、落ち着いて頂戴。──貴女、また勝手に出歩いてたわね?」


 ヴィクトリアが訊くと、ミラベルは頬を膨らませる。


「勝手に、ではありませんわ。普段の街の様子を知るのは、市長の娘として当然の責務ですもの」

「それを勝手に出歩いたって言うのよ」


 …どうやら、かなり行動力のあるご令嬢のようだ。


 行動力と共に、注意力と危機管理能力を身につけて欲しいものだが。


 ヴィクトリアが溜息をついた。


「…まあ、助かったんなら良かったわ。詳しい話は、街に帰って兵士たちに証言して頂戴」


 強引に話を終わらせると、ヴィクトリアは疲れた様子で外へ向かう。


「あっ、待ってくださいませ、ヴィクトリア様!」


 ミラベルは鳥の雛のようにその後を追った。


「…」

《…》


 残った私とロゼは、暫し無言で見詰め合い、


《…すっごい個性的なのね、伯爵の娘って》

「……一応貴族の名誉のために申し上げますが…貴族のご令嬢がみんなあんな感じだとは思わないでくださいね…」



 …何だろう、この脱力感。





 その後、オルニトミムスの卵は無事に木箱の中から発見された。


 馬を馬車に繋ぎ直し、ヴィクトリアが御者となって帰路に就く。


 ロゼとシルクは馬車の中で捕縛した犯罪者たちとオルニトミムスの卵を見張ってくれている。

 私は行きと同じように、ロクイチの上だ。

 ミラベル嬢は御者台の上で、ヴィクトリアにべったりと貼り付いている。


 スピネルに乗れば良いのではと思ったが、スピネルは元々野生のオルニトミムスで大変気位が高く、認めた相手以外は乗せてくれないのだそうだ。


 ちなみにスピネルが認めた相手とは、スピネルを街に連れて来た冒険者と、その冒険者に『自分が居ない間、スピネルを南の半島に連れ出して運動させてやって欲しい』と直々にお願いされたヴィクトリアだけだという。


 ──閑話休題。



 そんなこんなで、夕闇が迫る頃、私たちは無事にメランジに帰って来た。


「お前さんたち、無事か──ミラベル様!?」


 駆け寄って来たオーサンが、御者台で優雅に手を振るミラベルを見て目を剥いた。


「何でそこに…」

「…お察しの通り、巻き込まれてたらしいわ」


 疑問を口にしつつも、表情には疲労がにじみ出ているオーサンに、負けず劣らず疲労感溢れる顔でヴィクトリアが頷いた。


「馬車の中に、ロゼとオルニトミムスの卵と、誘拐犯たちが居るわ。任せて良いかしら?」

「あ、ああ。──そうだな。お前さんたちは、先にスピネルとロクイチを返却して来てくれ。…出来れば姿を隠して街中を通過してくれると助かる」

「分かったわ。──シルク、降りましょ」

《ええ》


 ヴィクトリアとシルクが馬車から降りると、ミラベルが当たり前の顔でついて行こうとして、


「ミラベル、貴女はオーサンと一緒に行きなさい」

「え!? で、でも、ヴィクトリア様も一緒に行くのでしょう?」

「私は別の用があるの。先に行ってて頂戴」


 縋るような視線に対し、ヴィクトリアはにべもない。

 落胆して肩を落とすミラベルは、オーサンに促されて兵士たちの方へ向かって行った。


「クリス、スピネル、ロクイチ、お待たせ。行きましょ」

「はい」

「クルルっ」

「ピルル」


 再び隠蔽魔法を掛け、裏路地を走り抜けて南門へ。


 待っていた兵士にスピネルとロクイチを預けた後、私たちは兵士の詰め所に案内された。


 オルニトミムスたちを勝手に北の平原に連れ出したのだから取調室っぽい所に通されるのかと思っていたら、ごく普通の応接室に案内され、紅茶を出される。


 ありがたく紅茶を堪能し、クッキーをつまみながらヴィクトリアとシルクと雑談していると、ようやくオーサンがやって来た。


「よう! お疲れさん」

「オーサンこそ、お疲れさま。ミラベル嬢はお屋敷に帰ったのかしら?」


 オーサンはソファにどかっと腰を下ろし、深々と溜息をつく。


「ああ。結構揉めたけどな。ついさっき市長が迎えにいらして、そのまま連れて帰った」

「…市長も大変ですね…」


 この街の市長は多忙な事で有名だ。

 それが直々に迎えに来たのだから、ミラベルの事を大事に思っているのが覗える。


(…大事にする方向性を間違えてる気がしないでもない…)


 突っ込む気は無いが。


「ま、そっちは良い。ロゼはタッカーが迎えに来るし、オルニトミムスの卵はもう群れに戻した。──で、だ」


 オーサンが視線を鋭くする。


「オルニトミムスを北の平原に連れて行った件だが──」

「件だが?」


 オーサンとヴィクトリアが見詰め合うこと数秒。


 オーサンが大仰な仕草で天を仰いだ。



「市長の娘を救ったってんで、無罪放免。特例として市長が後付けで許可、だとよ! 良かったな!」



 呆れたような笑顔で告げられ、場の空気が緩んだ。


「結果的に、ミラベルが巻き込まれてたのが功を奏したって感じかしら」

「だな。でなきゃ、反省文と罰金刑ってトコだ」

「その程度で済むのですか?」


 意外過ぎる。


 私が首を傾げると、オーサンが顔を顰めた。


「状況が状況だからな。お前さんたちが居なかったらこんなに早く行方の特定は出来なかっただろうし、捕まえる事も難しかっただろ」


 ただし、と続ける。


「今回は特例中の特例だ。次があるとは思わんでくれよ」

「ええ、勿論よ」

「肝に銘じます」


 私とヴィクトリアは真面目な表情で頷いた。





 ──ちなみに。


 荷馬車の方を追ったシルヴィは、勢いに任せて馬車を横転させてしまい。


 荷物が散乱して大変な事になったのだが──そちらの賠償も市長が負ってくれたそうだ。





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