71 掃討
馬車を引いていた馬たちはスピネルとロクイチの姿に動揺し、すぐに足を止めた。
後で御者が必死に鞭を振るっているが、殺気立つオルニトミムスの雰囲気に呑まれたのか、馬たちはそれ以上一歩も動かない。
《上手く行ったわね》
「ええ」
ロクイチから降りて、私は肩の上のシルクと囁きを交わす。
馬車を横転させる事無く、比較的穏便に止めることが出来た。
内心でホッとしていると、御者台の中央に付いている扉が開き、男が複数人走り出て来る。
「──ロードランナーだと!?」
「何でだ!」
「くそっ、追手か!」
追手とか言っているところを見ると、乗合馬車のふりをするのは早々に諦めたようだ。
地面に降り立ったヴィクトリアが不敵に笑う。
「察しが良くて助かるわ。メランジから連れ去った火精霊と卵、きっちり返してもらいましょうか」
軽い口調だが、纏う気配は武芸者のそれ。
ヴィクトリアも、私の父ハロルドに古武術を学んでいた。
今でも鍛錬は欠かしていないから、下手な冒険者よりよほど強い。
今はいつもの白衣ではなく、革の胸当てに使い古された外套、鋲が打たれたグローブという格好なので、大暴れするのにはお誂え向きだ。
「一応言うけど──素直に投降するなら、痛い目見ずに済むわよ?」
「ふざけんな! たった2人で何が出来るってんだ!」
「…オルニトミムスたちと私の相棒を数に入れていない辺り、浅はかですね」
ぼそり、呟いた直後──
《昏倒しろ、阿呆ども!》
大分アレな呪文と共に空中に火花が散って、馬車から最も離れた位置に居た男3人がその場に崩れ落ちた。
『!?』
《2人じゃないわ。失礼ね》
魔法を放ったシルクは、半眼で男たちを睥睨し、軽やかに地面に飛び降りる。
まさかケットシーの魔法1発で3人もやられるとは思っていなかったのだろう。
シルクの視線に、男たちはたじろいだ。
魔力量こそそれほど多くないが、ケットシーはとにかく魔法の制御能力が高い。
人間には扱えないような緻密な魔法も軽々と扱う。
戦力外などではない。立派な主戦力だ。
それに、スピネルとロクイチも群れの卵を盗まれてブチギレている。
男たちはひたすら私とヴィクトリアとシルクに注目していて、私たちを降ろしたオルニトミムスたちが、誘拐犯を包囲するようにじりじりと左右に展開しているのに気付いていない。
そして──
「くそっ、こっちには人質が──ぎゃあ!?」
馬車に取って返そうとした一人が、鞭のようにしなるスピネルの尾の一撃を受けて吹っ飛んだ。
「何!?」
「ハイ、隙有り」
「ぐはっ?!」
よそ見をした瞬間、ヴィクトリアが肉薄してもう一人の鳩尾に拳を叩き込む。
「何だこいつ、オカマのくせに──ギャン!?」
「失礼ですね」
ヴィクトリアに暴言を吐こうとした男にクロガネソテツの種を投げたら、かなりイイ音を立てて眉間に当たった。
隙を逃さず間合いを詰め、首筋に手刀を叩き込むと、男はそのまま地面に崩れ落ちる。
(…クロガネソテツの種って、下手な投石より威力があるんじゃ…)
種を拾い、ポーチに回収しながら、そんなことを考える。
残りは3人。
あっという間に半数以下になった誘拐犯たちは、馬車の前で剣を構えた。
「何だってんだ、こいつら…!」
リーダー格らしき男が舌打ちする。
「おかしすぎるだろ!」
「何もおかしくはないわよ? 貴方たちが世間知らずだったってだけでしょ」
「こんな『世間』があってたまるか!」
(…まあヴィクトリアとスピネルとロクイチはともかく、私やシルクは見た目とのギャップがね)
追い掛けて来たのが私たちだったのが運の尽き。
「さっさと投降して頂戴。私たちも暇じゃないのよ」
「ふざけんな!」
助言なのか挑発なのか微妙なヴィクトリアの呼び掛けに、男が激昂して叫ぶ。
「──残念ですね」
私は溜息をついた。
そして、
「うおおおおお!」
突っ込んで来る男の剣を手の甲で弾き、右に半歩ずれた状態で左足を男の前に出しながら腕を掴んで、くるっと。
「んな!?」
宙を舞った男は背中から地面に落ち、あっという間にシルクの魔法で拘束された。
「破!」
顔を上げた先では、ヴィクトリアの掌底で一人が吹っ飛んでいる。
「化け物が!」
最後の一人は──
「クルァ!」
「ピイッ!」
ドゴッ!
左右から同時に放たれたオルニトミムスたちの尾の一撃を腹と背中に食らい、悲鳴も上げずにその場で崩れ落ちた。
「…わあ」
「痛そ…」
えげつない音に、私とヴィクトリアの呻きが重なる。
──ともあれ、あっという間に誘拐犯の掃討は完了した。
「シルク、犯人たちの拘束をお願いできますか?」
《ええ、任せて頂戴》
「スピネルとロクイチは、彼らが逃げないように見張りをお願いします」
「ルルッ」
「ピッ」
馬車は4頭立て。
パッと見には、本当に乗合馬車にしか見えない。
馬たちは先程の戦闘とオルニトミムスたちの存在に恐れをなし、その場で固まっている。
念のため近くの木に馬たちを繋ぎ直し、箱部分だけになった馬車の後ろの扉を開けた。
薄暗い車内の手前側には、木箱や袋が積み上げられている。
奥へ進むと、木箱の陰に赤い髪の少女が座っていた。
「ロゼさん、ご無事ですか?」
「!」
バラ色の瞳が輝いている。
しかし、返事が無い。彼女は精霊なので、猿轡をかまされていても念話で話せると思うのだが──
「居たのね! ──って、これ魔法道具じゃない」
車内に入って来たヴィクトリアが、ロゼの両手につけられている手錠を見て眉を顰めた。
王都の衛兵部隊などでも使われる、魔法を封じるタイプの拘束具だ。
これでは、念話も使えなくて当然だった。
「鍵は──」
「…!」
ロゼがもぞもぞと動き、視線で訴える。
視線の先、御者台を探すと、備え付けらしい小さな木箱の中に鍵が入っていた。
その鍵で手錠を外すと、ロゼが深い安堵の溜息をつく。
《…ありがとう、本当に助かったわ。魔法も使えなくて、どうしようかと思った》
「怪我は?」
《無いわ。大丈夫》
精霊にも怪我の概念はある。人と違って見た目では分からないのだが。
ロゼ本人が大丈夫だと言うなら、問題無いのだろう。
私はホッと息をついた。
「ヴィクトリア、オルニトミムスたちの卵はありましたか?」
「ちょっと待って──…え?」
大きな布袋を開けたヴィクトリアが、突然動きを止めた。
何事かと覗き込むと、袋の中身は──どう見ても上流階級の、仕立ての良いドレスを着たご令嬢だった。
(え、何で?)
あっけにとられる私たちの前で、ご令嬢がゆっくりと目を開く。
目を開けた先に居るのはヴィクトリアだ。その姿を認めた途端、ご令嬢の顔が輝いた。
「ヴィクトリア様! 助けに来てくださったのですね!」
「…ミラベル、貴女どうして誘拐されてるの」
頭痛を堪える表情で、ヴィクトリアが呻いた。




