70 特急で対処します。
街を南北に横断する、地下道の存在。
シルクが指摘した事実に、場の空気が凍り付いた。
「──ロゼさんが誘拐されたと分かったのはどれくらい前ですか?」
私が話を振ると、オーサンはハッとして視線を巡らす。
「…2時間くらい前だ。『赤い髪の女の子が男に抱えられて南の方へ行った』と市民から通報があった」
「赤い髪の女の子が、ロゼさんだと分かった理由は? 顔を確認していたのですか?」
「いや、頭から袋を被せられてて、顔は見えなかったらしい。袋からはみ出ていた髪の毛が赤かったってだけだ。で、その背格好で赤い髪となるとこの街にはロゼしか居ないんで、タッカーの所に確認に行ったら、案の定買い物に出たまま帰っていなかった」
「なるほど…」
2時間前に男に抱えられて連れ去られたとなると、もう既に街の外へ出ている可能性がある。
精霊を誘拐し、オルニトミムスの卵を盗んだ。
地下道がある事を考えても、まず間違い無く計画的な犯行だ。
街を脱出したら、徒歩ではなく馬車などを使って逃走するだろう。
(追い付くには…)
私はシルヴィに声を掛ける。
「シルヴィさん、この街の北、平原地帯に、街から離れる方向へ走っている馬車はありますか?」
「馬車?」
「幌付きもしくは箱型の、荷物が見えないタイプの馬車です。犯人が逃走するとしたら、ロゼさんと卵を中に隠して、相当な速度で走っているはずです」
「…分かったわ」
シルヴィが目を閉じ、集中し始める。
──この世界の移動手段はそれほど多くない。速度を求めるなら、間違い無く馬車を使うはずだ。
程無く、シルヴィは頷いた。
「──北東方向に進む荷馬車が1台と、北へ向かう大型の箱馬車が1台あるわー。大型の馬車の方は、この街と王都を結ぶ乗合馬車ねー」
(…うん?)
「なら、荷馬車の方か!」
オーサンが色めき立つが──
「──いえ、怪しいのは大型の馬車の方ね」
ヴィクトリアが指摘した。
「は!? 乗合馬車だぞ!?」
「良く考えて頂戴オーサン。…この街から王都へ発つ乗合馬車の出発時刻って、いつよ?」
「そりゃあ、朝イチ──あん?」
オーサンが変な顔で固まった。
──そう。この街と王都を結ぶ乗合馬車は、1日1回、朝に出発する。
今は夕方。
この時間に乗合馬車が王都へ向かう事は、有り得ない。
「恐らく乗合馬車の方が正解ですね。ヴィクトリア、私たちが向かいましょう」
私が言うと、ヴィクトリアは一瞬きょとんとして──私が思い切りロクイチの手綱を握っているのを見て、溜息をついた。
「…あー、そうよね。追い付くならそれが一番よね…」
悟ったように空を仰いだ後、オーサンへと向き直る。
「オーサン、怪しい乗合馬車の方は私たちが対処するわ。貴方たちは街の中と南の半島、特にこの近くにあるって言う地下道の捜索を継続して頂戴。──あと、シルヴィ。違うとは思うけど、北東方向へ向かってる荷馬車の方を任せても良いかしら?」
「ええ、もちろんよー」
「…いきなり吹き飛ばすとかしちゃダメよ?」
とてもイイ笑顔で頷いたシルヴィにヴィクトリアが釘を刺すと、ふわりと浮き上がった風精霊は涼しい顔で小首を傾げる。
「そうねぇ、気を付けるわぁ」
(何だろう、このものすごく不安を煽る感じ…)
シルヴィが飛び去ると、シルクが私の肩に飛び乗る。
《やれやれ、忙しいわね》
「お、おい、ちょっと待て!」
オーサンが慌てたように声を上げた。
「私たちで対処するって…馬車だぞ? 騎馬でもなきゃ追い付けるわけ──」
言っているうちに視線が横にずれ、私を乗せながら既に覚悟を決めた顔をしているロクイチと、ヴィクトリアを乗せて鼻息荒く地面をかいているスピネルを見る。
…オルニトミムスは、馬をはるかに上回る速度で走る、非常に特殊な魔物である。
「……お前ら、まさか」
「ええ。その、まさか」
ヴィクトリアがにっこりと笑い、手綱を引き絞る。
「お説教は後で聞くわ! 冒険者ギルドとお偉方への連絡、よろしくね! ──良いわよスピネル!」
「はあ!?」
「クルアアアアアア──!」
オーサンが何事か叫んでいるが、スピネルの雄叫びでかき消される。
「ロクイチ、お願いします!」
「ピルルルルルル!」
私もロクイチに声を掛けると、高らかな鳴き声が響く。
あっけにとられるオーサンを尻目に、スピネルとロクイチが同時に地を蹴った。
すぐにヴィクトリアとシルクが隠蔽魔法を展開する。
街中をオルニトミムスで突っ切ったら、混乱は必至だ。
隠蔽魔法を使えば、少なくとも姿は見えなくなるので多少はリスクを下げられる。
問題は、身体自体が消えるわけでは無いので、何かにぶつかったら丸分かりだという点だが、
「クリス、人通りの少ない道を選ぶから、ついて来て頂戴」
「分かりました」
声は聞こえるものの、お互いの姿は見えない。
気配と音でヴィクトリアとスピネルの位置を追い、私たちも裏路地を縫うように走る。
途中数人とすれ違ったが、大きく跳躍して頭上を跳び越え、そのまま進んだ。
「な、何だ!?」
風と音は完全には消せないので、何人かに驚かれたが。
そうこうしているうちに、北門に着いた。
昼間、門は開け放たれたままだ。
数人の兵士の頭上を跳躍し、私たちは平原地帯に出た。
そのまま北に向かって走っていると、滲み出るようにスピネルとヴィクトリアの姿が現れる。
それを見て、シルクも私たちに掛けた隠蔽魔法を解いた。
「このまま追い掛けるわよ!」
「はい! ──シルク、気配は感知できますか?」
《任せて頂戴》
シルクが探査魔法を展開し、すぐに叫んだ。
《このまま真っ直ぐ北! 3キロくらい先よ!》
「了解!」
「クルァ──!」
「ピルルルル!」
スピネルとロクイチが鳴き交わし、ぐんとスピードが上がった。
オルニトミムスの真骨頂。身体強化を掛けた上での高速走行だ。
私はぐっと上体を伏せて、出来るだけ風を避ける。
本気のオルニトミムス──いや、ロードチェイサーの走りは想像以上だった。
今の速さに比べたら、南の半島で経験した走りはランニング程度。
風圧で目が開けていられない。
肩にシルクの爪が食い込んで、ちくりと痛む。
普段は絶対に爪を立てたりしないが、振り落とされないようになりふり構っていられないのだろう。
(すごい…!)
恐怖を通り越して、妙な興奮が沸き上がって来る。
そのまま疾走すること、僅か数分。
「──いたわ!」
ヴィクトリアの声が響き、オルニトミムスたちの速度が下がり始めた。
かなり前方に、大型の箱馬車が見えた。
結構な速度で走っているが、オルニトミムスには敵わない。
「左右から足止めに入るわよ!」
「了解です!」
スピネルとヴィクトリアが右へ、ロクイチと私、シルクは左へ。
二手に分かれて馬車の斜め前へ出ると、スピネルとロクイチが同時に鋭く鳴いた。
「クルァ!」
「ピルルルっ!」
「!!」
驚いた馬が棹立ちになり、足が止まる。
「何だ!?」
御者台に座っていた男が慌てて手綱を引き絞った。
終わりが見えて来たので、1日に1~2話、連続投稿(と言える頻度か分かりませんが)始めます。
よろしければお付き合いくださいませ。




