68 特別な薬草
オルニトミムスの走りは想像以上に快適で、想像以上に速かった。
「着いたわ。ここよ」
門を出てから2時間ほどで、目的地に到着する。
なお通常、徒歩では丸一日以上掛かるそうだ。
オルニトミムスのレンタルが人気な理由が良く分かる。
「これは…大きいですね」
ロクイチの背から降り、私は目の前の光景に改めて感嘆の声を上げる。
──平原に唐突に現れる、大きな樹木の集まり。
ここは南の半島なので、勿論生えているのは普通の木ではない。
シルエットは、ずんぐりむっくりしたヤシの木、だろうか。
幹の直径は余裕の1メートル超え、根元ではなく地面から数メートル上が一番太い。
幹の表面はうろこ状になっていて、木と言うより大きなトカゲの背を眺めているようだ。
高さは10メートル以上ある。
その先端部分に、クジャクの尾羽のような大きな葉が複数枚、放射状に広がっていた。
特筆すべきはその色合いだ。
ほんのり緑色を帯びた鉄色──金属光沢のある黒灰色。
地面に葉が落ちていたので軽く蹴ってみたら、ガイン!と正に金属を蹴った時のような音がした。
…これは本当に植物なんだろうか。
「クロガネソテツよ。実が薬の材料になるの」
疑問が顔に出ていたのか、ヴィクトリアが苦笑しながら教えてくれた。
クロガネソテツは南の半島の限られた地域にのみ生える植物で、土属性の魔素を溜め込む性質があり、このような植物らしくない色合いと硬さになる。
薬効があるのは実の部分。
赤黒く熟した実を炒ってすりつぶし、各種処理を加えると抗炎症剤兼解毒剤として使えるそうだ。
「手間が掛かりそうですね」
「そうね。でも、錬金術師が作った薬並みに薬効が高いのよ。価格もちょっとだけお安いから、治癒室としては是非とも持っておきたい薬なのよね」
言ってヴィクトリアはクロガネソテツに近付き、拳を振りかぶった。
「採取は、こうして魔力を手に集中させて──」
気合い一発。
──ゴィン!
魔力を纏った拳で幹を殴りつけた直後、バラバラと音を立てて赤黒い実が降って来た。
《ちょっ…!》
一つがシルクの耳元を掠める。
慌てて飛び退ったシルクは、非難の目をヴィクトリアに向けた。
《最初に警告しておくべきだと思うわ》
「あらら、ごめんなさいね」
ヴィクトリアが苦笑する。そのままこちらに向き直り、
「高密度の魔力を打ち込むと熟した実だけ外れるんだけど、実は木の天辺にあるから、揺らさないと地面まで落ちて来ないの」
だから、それなりに採るのが難しい。
「冒険者たちに採取依頼は出さないのですか?」
「南の半島に来る冒険者って、大体ベテランでしょ? 討伐ならともかく、採取は『初心者の仕事だ』って敬遠されちゃうの。それにこの実、持ち帰る時に別の魔力を含んだ素材と一緒にすると、見た目は変わらないんだけど変質して使い物にならなくなるのよ」
外見が変わらずに変質してしまうとなると、よほど信頼できる者が採って来た実でなければ使えないだろう。
だったら自分で採って来れば良いという結論に達するのは、いかにもヴィクトリアらしい。
「私もやってみて良いですか?」
「ええ。魔力を込め過ぎると幹が破裂するから、気を付けてね」
「…留意します」
さらりと恐ろしいことを言う。
私は手近なクロガネソテツに近付き、拳に魔力を集めて行く。
《クリス、魔力込め過ぎよ》
「…難しいですね」
すぐにシルクの警告が飛んで来た。
先程ヴィクトリアがどれくらい魔力を込めていたのか、ちゃんと覚えているらしい。
全力で魔力を込めるのは難しくないが、加減するのは正直苦手だ。
それでも慎重に調整し、シルクの合格が出たところで、私は幹を殴りつけた。
──ドン!
ヴィクトリアが殴った時より重い音がして、
「わっ!?」
大量の実が一度に落ちて来た。
ヴィクトリアがケラケラと笑う。
「流石クリスね!」
…多分、こうなると分かっていたのだろう。
(…まあ良いけど…)
改めて周囲を見渡すと、一面に赤黒い実が落ちている。すごい量だ。
落ちた実を拾ってみると、『果実』と言うより『種子』だった。
果肉は無く、種が剥き出しになっている。
若干赤みを帯びているが、これも金属光沢がある。触った感じも非常に硬い。
「…砕けるんですか? これ」
「専用のハンマーと乳鉢を使うのよ。最近タッカーがミスリル銀の乳鉢セットを作ってくれたから、随分楽になったわ」
なおハンマーは鋭意制作中。
予算が無いので、一度に全て買い替えるのは難しかったそうだ。
その話が意外過ぎて、私は首を傾げた。
「メランジの支部は、この国の冒険者ギルドの支部の中でも一番予算が潤沢だと聞いたのですが…」
「予算は、ね。…その分支出も多いのよ」
ヴィクトリアが溜息をつく。
「ほら、例の宴会、あるでしょ? あれの費用もギルドの予算から出てるの。毎回結構な人数が参加するし、阿呆みたいに高い酒飲むし、最低でも月に1度はあるから…ね」
積もり積もって予算を圧迫しているらしい。
「……もしかして、冒険者向けのレンタル品が妙に古臭いのも、そのせいですか?」
冒険者ギルドには、冒険者に単価の高い装備品を貸し出す制度がある。
特に圧縮バッグは冒険者必携の品だが、錬金術師にしか作れないので非常に高価だ。
初心者が購入するのはほぼ不可能なので、ギルドが安価で貸し出している。
冒険者が気に入れば借りた物を買い取る事も可能なので、ギルドが所有する貸し出し品は結構な頻度で更新される──はずなのだが。
──つい先日見せてもらったメランジ支部の貸し出し用圧縮バッグは、どれもこれも数年単位での使用の形跡がある中古品だった。
大抵新しいものから借り手がつくとは言え、ストックの中に新品が無いのは異常だ。
中には圧縮機能が半減している物まであり、正直目を疑う惨状だった。
私が指摘すると、ヴィクトリアは深々と溜息をついて頷く。
「…大正解よ。正直、あの宴会に予算を割く余裕があるなら、ギルドの備品にお金掛けて欲しいのよね」
散々な状況になっているのは、貸し出し品だけではない。
依頼を貼り出すための紙は、サイズが統一されていない一番安いグレードのものが使われているし、職員が使う事務机や椅子も長年更新されておらず、ガタがきているのをだましだまし使っている。
治癒室はもっと深刻で、薬や各種消耗品の予算が毎年途中で尽きるので、クロガネソテツを始めとする南の半島独自の薬草で作った薬を他支部に融通し、自力で予算を稼いでいるのだという。
「…つまり、今採ったこれも、売り物になる?」
「そうよ」
こっくり。
暫しヴィクトリアと見詰め合い、私は内心が煮えて来るのを感じた。
(あのバカ騒ぎのせいで、仕分けにくい書類が発生して、設備の更新もままならないって?)
──冗談じゃない。
思うと同時に、口の端が吊り上がる。
「…良く分かりました」
「あ、あと、ついでに言うとね」
ヴィクトリアも負けず劣らず、何かを企んでいそうな顔で付け足して来る。
「あの宴会が嫌で辞める職員が、毎年一定数居るのよ。それも若くて仕事が出来る子ばっかり」
「──なるほど」
…どうやら、『何とかした方が良い事』の根本は、あの宴会にあるらしい。