67 南の半島へ
それから半月後。
「──さあ、今日は休日だし、薬草採りに行くわよ!」
今日はヴィクトリアも私も休みなので、2人で南の半島に行く事になった。
《……休日?》
シルクが隣で盛大に首を傾げている。
まあ確かに、薬草はギルドの治癒室で使う薬の材料なので、それを採りに行く日が『休日』扱いなのは少々疑問が残る。
が、
「気にしちゃダメよシルク。こういう日じゃなきゃ、気兼ねなく外出なんて出来ないんだから」
外出先が中級以上の冒険者向きと言われる南の半島なのはとりあえず置いておく。
実は、ギルド治癒室所属の回復術師はヴィクトリアだけだ。
あと2人、助手は居るのだが、彼らは回復魔法を使えない。
結果、ヴィクトリア一人に相当な負荷が掛かっている。
──ちなみにヴィクトリアの休日はおおよそ10日に一度。普通のギルド職員の半分の頻度だ。
その休みも、街に住む元冒険者の回復術師を拝み倒して代わりを務めてもらっているから何とか確保できているらしい。
…まあ休みと言っても、こうして治癒室のために行動しているあたり、責任感の強いヴィクトリアらしいと言うか…もうちょっと何とかした方が良いと思うのだが。
(代理を置くんじゃなくて、せめて助手さんたちみたいに、2人で交代勤務するとか…)
ヴィクトリアと同等の知識と技術と度胸と腕力を持つ回復術師をもう一人確保できるかと言われると、少々難しいところではある。
「まあ折角だし、今日はちょっと遠出しましょうか。行きましょ」
「はい」
《ええ》
南側の門は、北側と違って3重になっている。
以前シルクが言った通り、『南の半島の魔物が北側に出て来ないようにするため』だ。
南の半島の魔物は非常に独特で、かなり戦闘能力が高い。
半島から本土に広がったら、人間社会に悪影響を与えかねないのだ。
──その昔、まだこの街の防壁がそれほど発達していなかった頃には、南の半島の大型魔物が群れをなして街を襲い、壁を越え、北部の平原地帯にまで進出して多大な被害を出したらしい。
被害を受けるたびに防壁が強化され、現在の3重の門が出来上がったそうだ。
一つ目の門をくぐると、その先は草原だった。
「こっちよ」
草原の中に申し訳程度に敷かれた石畳は、真っ直ぐ次の門へと続いている。
ヴィクトリアはそこを外れ、左へ折れた。
膝丈くらいの草が周囲に生い茂る中、草が踏み分けられて出来た道を進むと、すらりとした体格の二足歩行の生き物が複数、柵で区切られた向こうを歩いているのが見えた。
「あれは…」
近付くと、それが馬より大きな生き物だと分かる。
細長い首にほっそりとした頭。
すらりとした体は、よく見るととても筋肉質だ。
きょろきょろと周囲を見渡す仕草がどことなく鳥っぽい。
《ロードランナーね》
シルクがオルニトミムスの俗称を呟いた。
体長2メートルを超える、雑食性の魔物。特筆すべきはその走る速さ。
身体強化魔法を併用した走りは、馬や狼などを優に超える。
ここで飼育されているオルニトミムスたちは人間を乗せて走るが、全速力を出されると乗っているのがほぼ不可能と言われるほどだ。
私とシルクが興味深く眺めていると、ヴィクトリアが意味深な笑みを浮かべた。
「ふふ、そうね。──でも実はここ、ロードランナー以外も居るのよ」
「ロードランナー以外?」
ヴィクトリアはこちらの疑問には答えず、笑みを浮かべたまま柵の手前に居る兵士に声を掛けた。
「ハァイ、オーサン。予約してたはずだけど、準備は出来てるかしら?」
「ああ、スピネルとロクイチだな。ちょっと待ってろ」
兵士は顔見知りらしい。ヴィクトリアにすぐ頷いて、金属製の笛を吹いた。
(…犬笛?)
吹いたはずだが、笛の音がしない。
私が首を傾げていると、シルクが耳を伏せて眉間にしわを寄せた。
《騒がしいわね》
どうやら、ケットシーには聞こえる音域だったらしい。
程無く、遥か向こうから2つの影が近付いて来た。
「クルァ──!」
「ピルルルルッ!」
甲高い鳴き声も、2匹分。
私たちの目の前で盛大に土煙を上げながら止まったのは、他より一回り以上大きなオルニトミムスだった。
よく見ると、野太い声を上げていた方が若干大きい。
体色も鮮やかで、明らかに他とは違う。
もう1匹の方は、丁度他の個体と大きな個体の中間くらいだろうか。
ちょっと緊張しているらしく、私とシルクをちらちらと見ながら首を傾げている。
「クリス、この大きいのがスピネル。このオルニトミムスの群れのリーダーよ。で、こっちがロクイチ。どっちも『ロードランナー』じゃなくて、『ロードチェイサー』って呼ばれる特殊な個体なの」
「ロードチェイサー、ですか」
オルニトミムスの中に稀に生まれる、少し変わった個体。
身体が一回り大きく、魔力も一段階上。
雑食性だが肉食寄りで、獲物を執拗に追い回すことから、ついた名前が『追跡者』。
ヴィクトリアの説明を聞いて、私は改めてスピネルとロクイチに視線を戻す。
「ル?」
首を傾げる様子からは、『獲物を執拗に追い回す』のは想像できないが──牧場で飼われているからだろうか。
「今日はこの子たちを借りて採取場所まで行くわ。クリス、馬は乗れたわよね?」
「はい」
オーサンに馬具のような道具を装着してもらった2匹が、柵を軽やかに跳び越えて目の前までやって来る。
全く柵の意味が無い。
…多分柵は脱走防止とかじゃなくて、『ここまでなら自由に走って良い』っていうただの目印なんだろうな…。
「スピネル、よろしくね」
「ルルッ」
ヴィクトリアがにこやかにスピネルに声を掛けているのを見て、私も真似してみる。
「ロクイチ、今日一日、よろしくお願いします」
「ピルルッ」
間近で見ると本当に大きいが、ちょっと緊張気味な態度なので威圧感は無い。
よく見ると目尻が垂れ気味だ。
スピネルはキリッとした赤い目。同じロードチェイサーなのに、かなり違う。
「気を付けて行けよ」
「ええ、行って来るわ」
見送ってくれるオーサンに頷いて、ヴィクトリアがスピネルに飛び乗った。
私が続こうとすると、ロクイチが少し腰をかがめ、乗りやすいようにしてくれる。
「ありがとうございます、ロクイチ」
「ピッ」
気遣いの出来る性格のようだ。
ロクイチは嬉しそうに鳴いて、私が乗ったのを確認するとゆっくり背筋を伸ばす。
視界がぐんと高くなった。馬に乗った時よりさらに高いのではないだろうか。
背中は地面に対して水平ではないが、鞍の形が独特で、意外に安定感がある。
走り出すと背中の角度が変わるから注意するように、とヴィクトリアのアドバイスが飛んで来た。
「ま、貴女ならすぐ慣れるでしょうけどね」
何せミッドナイトオウルの背中に乗って飛んだ人間だし?
ぼそり、口の端を上げての囁き。
「そうですね」
私もちょっと笑って頷いた。