表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スーパー派遣令嬢は王宮を見限ったようです ~無能上司に『お前はもう不要だ』と言われたので、私は故郷に帰ります~  作者: 晩夏ノ空
アフターストーリー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/114

66 宴の翌日

 翌朝出勤すると、ヴィクトリアがさわやかな笑顔で迎えてくれた。


「おはよう、クリスティン。昨日はお疲れさま」

「おはようございます、ヴィクトリア」


 宴会の片付けの後、私は借家に戻ったが、ヴィクトリアは治癒室に泊まった。アランが治癒室に居たからだ。

 そのアランは朝イチで宿に帰ったらしく、治癒室のベッドは全て空いている。


 …が。


「ヴィクトリアー……」


 幽鬼のような顔色のギルド長が、身体を引きずるように治癒室へやって来た。


「ふ、二日酔いの…薬を…」

「無いわよ」


 髪もぼさぼさ、昨日と同じ服装──恐らくホールの片隅に転がされてそのまま朝を迎えたのだろう。

 げっそりとやつれた二日酔い患者に、ヴィクトリアはにべもない。


「明日二日酔いになってても()()()()()()って、昨日言ったでしょ?」

「そんなん…覚えて…ない…」

「酔ってた時に聞いた都合の悪い事は忘れる人って、多いですよねー」

「覚えてようが忘れてようが、こっちで決めた事は変わらないけどねぇ」


 ヴィクトリアと2人、したり顔で頷き合う。

 ロベルトがべしゃっと床に突っ伏した。


「な、なんで…」


 もう酔いは抜けているはずなのに、とても酒臭い。


「なんでも何も、ご自分の自業自得では? 翌日仕事があるのに二日酔いになるほど飲んでいる時点で、自制が出来ていない証拠でしょう」


 私が冷たい目で見詰めると、ロベルトはなおも食い下がった。


「…俺が、こんな状態だと、今日の業務に支障がだな」

「知らないわ。自分で何とかなさい」


 ヴィクトリアが冷たく言い放ったところで、ロベルトの首根っこをほっそりした手が掴んだ。


「朝から申し訳ありません、ヴィクトリア、クリス」

「あら、おはよう、ジュリア」

「おはようございます、ジュリアさん」


 おはようございます、と笑顔で応じるジュリア。

 ロベルトの首根っこを掴むその白い右手には、青筋が浮いている。


「ギルド長はこちらで回収します。本日もよろしくお願いしますね」

「了解、よろしくね」

「よろしくお願いします」

「待っ…──」


 ああああああ、と絶望感溢れる呻き声を上げながら、ロベルトがジュリアに引きずられて行く。


(…何か昨日から、大の男が誰かに引きずられてる絵面が多発してる気がする)


 深く考えてはいけないのだろう、多分。





 その後いつも通り業務を始め、昼過ぎ、私はおつかいのため街に出た。


 ヴィクトリアには、帰りは夕方になっても良いと言われている。

 休日も何だかんだとヴィクトリアの仕事の手伝いをしているので、息抜きをして来いという意味だろう。


《目的地は?》


 ギルドを出ると、シルクが合流する。


 彼女は私が業務をしている間、街を散策している。

 昼休みには一旦ギルドに帰って来るので、午後街に出ると話をしたら、一緒に行ってくれる事になった。


 私はまだこの街の地理には疎いので、正直かなり心強い。


「ええと…『タッカーの武具工房』ですね。この街唯一の、ドワーフが営んでいる武具工房だそうです」

《ああ、それなら街の北西ブロックね。こっちよ》


 シルクは迷う事無く歩き出した。


 ギルドが面している大通りを北に進み、北門の手前で左に折れる。

 武具や魔法道具の工房、各種素材を取り扱う商店などが立ち並ぶ通りを抜け、程無くして小さな建物の前に着いた。


「ここが?」

《ええ、そのはずよ》


 扉の上の看板には、大きなハンマーのシルエットに剣と槍の彫刻。

 建物の上から突き出す煙突はとても立派で、煙こそ殆ど出ていないが、先端からゆらゆらと熱が立ち昇っているのが見えた。


「ごめんください」


 扉を開け、少し大き目の声で呼びかけると、おう!という野太い声が応えた。

 丁度休憩中だったのか、すぐにがっしりとした体格の男性が奥から出て来る。


 思ったより背が低いのは、彼がドワーフだからだろう。

 重厚感のある筋肉質な体つきに、鉄鈍色の髪と髭。

 意外に柔和な瞳が印象的だ。


「お? お前さん、初めて見る顔だな。──俺はこの武具工房の主、タッカーだ」


 ドワーフと会うのは初めてだ。


 興味深く観察していたら、先に名乗られてしまった。

 私は急いで背筋を伸ばし、丁寧に一礼する。


「冒険者ギルドのクリスティンと申します。こちらは、相棒のシルクです。整備をお願いしていたハサミを受け取りに参りました」

「ああ、あれか! ちょっと待っててくれ。──ロゼ!」


 タッカーはすぐに理解したらしく、奥へ向かって声を掛ける。


《はーい!》

「そっちに置いてある5番の箱を持って来てくれ!」

《分かったわ!》


 響いたのは念話だった。


 程無く、小さな金属製の箱を持った少女が小走りにやって来る。


《これで良い?》

「ああ、大丈夫だ」


 満足そうに頷いたタッカーが少女から箱を受け取り、蓋を開ける。


 中に入っていたのは銀色のハサミ。

 錆落としと噛み合わせの調整を頼んでいたらしいが、きらりと輝く色合いといい、新品にしか見えない。


「ヴィクトリアの依頼だったな。書類の控えは持ってるか?」

「はい」


 ヴィクトリアから預かった書類をタッカーに渡し、タッカーが出して来た別の書類にサインする。


「代金は後で冒険者ギルドに請求するからよ、ヴィクトリアにもそう伝えといてくれや」

「分かりました」


 ハサミを受け取り、顔を上げると、興味深そうな顔をしたタッカーと目が合った。


「あの…何か?」


「ん? ああ、スマン! クリスティンって事は、お前さん、ヴィクトリアの幼馴染のクリスティンか? アンガーミュラー領の」

「ご存知でしたか」


 多分ヴィクトリアが話していたのだろうが、ちょっと驚く。


 私が肯定すると、タッカーは納得したように頷いた。


「やっぱりな。()()()()()()だぜ」

「…ヴィクトリアは、何と?」


 彼女が私の事をどう話しているのか、正直とても興味がある。


「昔っから落ち着き払ってて、誰に対しても敬語を使ってて、書類仕事に関しては右に出る者が居ない切れ者。そのくせ、部屋は取っ散らかってるし魔法の制御は下手だしで、次に何をしでかすか分からない」


 一体他人に何を吹き込んでいるのだ。


(…ちょっと頬をつねって問いただした方が良いかも…)


 私が内心で呻いていると、タッカーは楽しそうに笑った。


「お前さんがこっちに来るってんで、随分楽しみにしてたんだぜ。何せ──」

《タッカー、喋り過ぎよ》


 ロゼが突然タッカーの言葉を遮った。


 タッカーはすぐにはっと表情を変え、ああいやスマン、と苦笑いする。


「年寄りは口が軽くなっていけねぇな。──ま、そんなわけだ。滞在中御贔屓に」

「はい、よろしくお願いします」



 何だか思い切りはぐらかされた気がしたが、素直に頷いておいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ