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スーパー派遣令嬢は王宮を見限ったようです ~無能上司に『お前はもう不要だ』と言われたので、私は故郷に帰ります~  作者: 晩夏ノ空
アフターストーリー

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64 栄光の裏で

「よくやったなあ!」

「すげぇ!」


 褒め称える声が響く受付ホール。皆の視線の先は、男性4人の冒険者パーティだ。

 リーダー格らしい一番体格の良い剣士の前には、爬虫類っぽい巨大な生首が鎮座している。


 口先から後頭部まで、2メートル近くあるだろうか。

 大きな顎に、存外小さな眼。

 本来はのこぎりのようにぎっしり生えているはずの歯が欠けたり抜けたりしてぼろぼろになっているのは、激しい戦いの結果だろう。


 その面構えは流石に知っている。


 南の半島、陸の生態系の頂点。ティラノサウルスの生首だった。


 南の半島のティラノサウルスは、身体強化と硬質化の魔法持ち。さらに、口から火を吐く。

 まるで映画の怪獣だ。


 剣や鈍器は硬質化でほぼ無効化し、遠距離からの攻撃は強化した身体能力でシンプルに避ける。

 主な攻撃手段は、岩盤も余裕で噛み砕く顎と、蹴り、そして尻尾。

 なお硬質化した状態での体当たりは分厚い城壁も壊すと言われている。


 倒すにしても、普通は攻城戦級魔法で超遠距離から狙い撃つくらいしか方法が無いため、素材を回収できるのはまれ。


 ──つまり、今ここにあるティラノサウルスの生首は、とんでもない貴重品。


(すごく生臭いけど…)


 まあナマモノなので当然である。


 奥から出て来たギルド職員たちが討伐証明となる生首を確認し、受付カウンター用の圧縮バッグに収納する。


「胴体も買い取ってくれるんだろう?」

「勿論です。ここで出すと大変な事になるので、裏の解体所で出していただけますか?」

「ああ」


 リーダー格の男もギルド職員も、やや興奮した顔で話している。


 その後ろで、控えめな水の魔法が床に放たれた。


 血みどろの床を洗い流して綺麗にしているのは、ローブ姿の青年。

 冒険者とは思えないほど肌が白く、ほっそりとしている。


 立ち位置からしてティラノサウルスを討伐したパーティの一員なのだろうが、他のメンバーからも明らかに浮いていた。


(あれ…?)


 その青年の額には、脂汗が滲んでいる。


 …どうも様子がおかしい。


 じっと様子を窺っていると、青年は自分の胸元に手を当て──ひどく辛そうに顔を歪めた。


「──ちょっと失礼」

「!?」


 私は青年に近付いて、囁くように声を掛ける。


「…怪我をしているのではありませんか?」

「…!」


 青年が目を見開いた。


 周囲は興奮して騒ぐばかりで、こちらには気付いていない。

 青年の仲間たちでさえも、こちらに視線を向ける事は無かった。


 青年は少し逡巡した後、小さく頷く。


「…少し、胸を、ぶつけて」


 喋るのが辛そうだ。


 歩けますかと訊ねると、青年はまた小さく頷いた。


「ゆっくりで構いませんので、治癒室に行きましょう」


 肩を貸そうか迷ったが、もし肋骨が折れていた場合、変な体勢になったら悪化するかも知れない。今はシルクも外出中なので魔法での補助も難しい。本人に歩いてもらうしかない。


 私と青年は騒ぎの輪を離れ、治癒室に向かった。


「──ヴィクトリア、怪我人1名です。胸をぶつけたそうです」

「分かったわ」


 入り口で声を掛けると、ヴィクトリアはすぐに立ち上がり、診察台を整える。


 遅れて入って来た青年を一目見るなり、


「クリス、石膏包帯広幅3本。薬瓶は14番と…22番を」

「はい」


 私が指示された道具を出している間に、ヴィクトリアは青年を診察台に座らせ、服を脱がせる。

 幸いローブも中の服も前開きだったので、服を切るためのハサミは使わずに済んだ。


 青年が申告した通り、胸には何か大きな物が当たったような形の内出血があった。


「…やっぱり折れてるわね。2本」

「えっ…」


 上半身裸の状態の青年が目を見開いた。骨折だとは思っていなかったのだろう。


 触れてもいないのに身体の中の状態が分かるのは、ヴィクトリアの特殊能力、『識者の眼』の力だ。

 昔は無駄情報ばかり拾っていたらしいが、今では診断に無くてはならないツールとして活用している。


「転倒してぶつけたって感じじゃなさそうね。何をしたの?」


 こういう時のヴィクトリアは結構怖い。真顔で問われ、青年は視線を彷徨わせた。


「…その…ティラノサウルスの尾で…」


 囁き声での説明に、ヴィクトリアが険しい表情になる。


 ──ティラノサウルスとの戦闘中、パーティメンバーに回復魔法を掛けようとした青年は、敵の攻撃の間合いに入ってしまい一撃を喰らった。

 幸い掠った程度で済んだが、その後ティラノサウルスを討伐して興奮している仲間たちに『怪我をした』とは申告できず、痛みで回復魔法も使えないままギルドまで戻って来てしまったのだという。


 彼は先程水の魔法を使っていたが、単に水を出すだけの魔法と違って、回復魔法には高い集中力と制御能力が求められる。骨折していたら使えないのは当然だった。


「…骨はズレてないから、とりあえず、先に処置するわよ」


 ヴィクトリアは溜息をついて表情を切り替え、薬瓶を手に取った。

 …これは多分、後でお説教タイムになるやつだ。


 薬を布に塗布して患部に貼り、石膏包帯を巻いて行く。いつもながら手早い。


 最後に胸の前に手をかざし、回復魔法を使う。


 骨折の場合、回復魔法で全快はさせない。

 骨の形成は本来時間が掛かるものだ。無理に魔法で完治させると、そこだけ脆くなって再骨折する恐れがある。


「──これで良いわ。数日は安静にして、入浴を控えること。定期的に薬を貼り替えなきゃいけないから、次は3日後に来て頂戴」


 道具を片付けながら言うヴィクトリアに、青年は困った顔になる。


「あの…明後日からまた南の半島に行く予定が」

「ダメに決まってるでしょ」


 ヴィクトリアが(まなじり)を吊り上げた。


「貴方は絶対安静よ。部屋に籠って寝てなきゃダメ。南の半島なんて冗談じゃないわ」

「で、でも、みんなが…」


 現在、よほど実力を認められた冒険者でない限り、南の半島には回復術師の同行が必須だ。

 つまり、彼が行けないと、仲間たちも南の半島には行けない。


「仲間が怪我したのよ? 予定通りに冒険なんて出来るわけないじゃない」


 ヴィクトリアは青年の懸念を切って捨てた。


「ティラノサウルスの討伐を成し遂げたんだから、暫くは働かなくても食べて行けるでしょ。貴方は回復に専念しなさい」


 懇々と言い聞かせていると──


「アラン、こんな所に居たのか!」


 大きな声と共に、先程ホールで皆の称賛を浴びていた冒険者たちが入って来た。


「静かになさい。怪我人の前よ」


 ヴィクトリアが即座に苦言を呈するが、リーダーらしき男はゲラゲラと笑って受け流す。


「細かいこと言うなよ! …って、怪我?」


 ようやく青年──アランが包帯でぐるぐる巻きなのに気付いたようだ。

 胡乱な目をした男は、アランを見て眉を顰めた。


「お前、何でそんな大袈裟な格好──」

「大袈裟じゃないわよ。肋骨2本、骨折。重傷だわ」

「はあ!?」


 男が目を剥いた。


「おっ、お前、明後日の予定はどうすんだよ!」

「ダメに決まってるでしょ? 何怪我人に無理強いしようとしてるのよ」


 苛立ちを隠そうともせず、ヴィクトリアが言う。


 彼らパーティにとって、青年が骨折しているという事実は予定を変える理由にならないらしい。


 私は思わず呟いた。



「……仲間は選んだ方が良いと思いますよ、アランさん」




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