63 冒険者ギルドのお仕事
冒険者ギルドメランジ支部で働き始めてから、5日が過ぎた。
今のところ、治癒室の仕事は平穏そのもの。
一応毎日怪我人が運び込まれて来るが大体は軽傷で、酷くても腕の骨折止まり。
聞けば、南の半島は危険な魔物が多いため、ギルドでは回復術師をパーティに入れるよう推奨しているそうだ。
半年ほど前にケツァルコアトルス──巨大な翼竜の姿をした魔物の変質個体が出て以降、冒険者ギルドでは南の半島の想定危険度を一段階引き上げた。
パーティ編成についてギルドが注文を付けるのは異例中の異例だが、相当危険な個体だったらしい。
「よりによって、氷属性の魔法を使うケツァルコアトルスだったのよ」
「氷属性…。確かケツァルコアトルスは本来、風魔法を使いますよね?」
魔物が持つ魔力の属性は、種族ごとに決まっている。
その『決まった属性』以外の魔力を持つ個体を、『変質個体』と呼ぶ。
この変質個体、最近の研究で、生まれつきではなく後天的に──文字通り『変質』して発生する事が分かった。
具体的には、自身と異なる属性の魔力や魔素を短時間に大量に浴びた場合。
多くの個体は死亡するが、ごく稀に生き残り、その浴びた魔力もしくは魔素と同じ属性を獲得する。
…なお、この事実を発見したのは王立研究所の研究員。リサの元同僚である。
一体どうやってその事実を突き止めたのか──ちょっと想像したくない。
「ええ。変質した経緯もかなり特殊だったみたいだわ。結局その時は、期待のルーキーのお陰で何とか倒せたんだけど」
「期待のルーキー?」
私が首を傾げると、ヴィクトリアは頷いた。
「ほら、前に話した『訳あり』のケットシーと、その相棒。ケットシーもかなり高度な魔法をガンガン使ってたんだけど、相棒の方が冗談みたいな身体能力の持ち主でね。跳び上がったオルニトミムスの背中を踏み台にしてさらに跳んで、飛行してるケツァルコアトルスの頭を武器でぶん殴って撃ち落としたらしいわ」
「…すごいですね」
普通、飛行型魔物には射程の長い弓か魔法で対処する。
変わったところでは、投石器やスリングショットなどもあるが──『武器で直接ぶん殴る』という選択肢は普通存在しない。
なおオルニトミムスというのは、南の半島にのみ生息する魔物だ。
二足歩行型のほっそりとした体格で、走るのが非常に速い。自分が認めた相手には絶対服従するという性質があるため、手懐けて飼育する事も出来る。
メランジではこのオルニトミムスを捕獲して繁殖し、南の半島限定で貸し出している。
ケツァルコアトルスの討伐に活躍したのも、そうした個体なのだろう。
「──ヴィクトリア、すみません」
雑談していたところに、買取カウンター担当のジュリアが顔を出した。
「あらジュリア。急患かしら?」
「いえ、その…クリスティンにカウンター業務の手伝いをお願いしたいのですが…」
ものすごく遠慮がちな態度だ。
初日にギルド長を威圧したのが知れ渡っているのか、手伝いを頼みに来る職員たちは皆こんな感じである。
もうちょっと気軽に頼んでくれても良い──いや、あまりホイホイと仕事を投げられても困るから、これくらいの距離感で丁度良いのだろうか。
難しい。
「クリス、頼めるかしら?」
「了解しました」
ヴィクトリアに頷いて、私は立ち上がる。
ジュリアがホッとしたように表情を緩めた。
「すみません、クリスティン」
「構いませんよ。あと、もし良ければ私の事は『クリス』と呼んでください。『クリスティン』は長いでしょう? 敬語も不要です」
ちょっとくらい距離を縮めた方が良いだろう。そう思ってお願いすると、ジュリアは少し驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。
「──分かったわ、クリス。今日は依頼受付の裏方をお願いしたいんだけど、良いかしら?」
「承知しました」
いってらっしゃい、と手を振るヴィクトリアにこちらも手を振り返し、廊下を早足で歩く。
ジュリアは商業ギルドからの出向で、買取カウンターを担当している。
忙しい時には受付カウンターも兼務しているらしい。受付担当の職員たちからも頼られていて、いかにも『できる先輩』といった感じだ。
…なお、ジュリアが受付を担当している場合、あからさまに彼女の前に列をなす冒険者の数が多くなるのは『お察しください』というヤツだ。
美人に仕事を頼みたいと考える冒険者は多いらしい。
(実際美人なだけじゃなくて、ものすごく仕事も早いし、気持ちは分かるけどね)
受付カウンターの前には、既に結構な数の冒険者が並んでいた。
もう夕方だ。早めに探索を切り上げた冒険者たちが帰って来ているのだろう。
私はすぐに受付カウンターに入り、担当者に声を掛けた。
「お手伝いします」
「ああ、それじゃあこの書類を仕分けて上へ──」
溜まりに溜まった受付書類の束──と言うか、山を示される。
(一体どうしてこうなった)
朝の受付ラッシュが過ぎたら、一度仕分けて2階の担当部署に持って行く事になっているはずなのだが、どう見てもこれは朝の分も入っている。
忙しくて仕分ける時間が無かったのだろうか。
とりあえず、書類の山を抱えて裏の部屋に引っ込み、散らかったテーブルを大雑把に片付ける。
テーブルの上は、受付カウンターの担当者が昼食を食べてそのままになっていた。
マグカップまでそのままだ。
忙しいのは分かるが、もうちょっと何とかしないとまずいのではないだろうか。
(書類に食べ物の汁がついたりしたらダメと思うんだけど…)
色々と思うところはあるが、まずは目の前の仕事が優先だ。
冒険者が受注した依頼と、終わった依頼。
それをさらに、討伐、採取、探索、護衛、その他と内容で仕分ける。
それほど難しい仕事ではないのだが、問題は、書式が決まっていないせいで書かれている内容がとてもフリーダムで、上から下まできちんと読まないとどの種類の依頼か分からないということだ。
しかも、書類のサイズも一定ではない。
A3並みの大判紙もあれば、メモ書きのような手のひらサイズの紙もある。中には千切られたような不定形の紙も混ざっていて、とてもやりにくい。
「これ、何とかならないのかな…」
ぼそり、眉間にしわを寄せながら呟く。
例えば、件名、依頼の種別、内容といった感じで区分けしてある一定の様式の紙を作れば、依頼内容の判別はかなり容易になるはずだ。
後はサイズ。
サイズを統一するだけでも、かなり変わる。
何せ現状この支部では、終わった案件の資料を保管する際、依頼書の内容を保管用の別の紙に書き写しているのだ。
最初から保管用の紙と同じサイズの依頼書を作っておけば、書き写しの手間も無くなる。
(職員は現状に慣れてるんだろうけど…不便過ぎる)
たった数日だが、見えて来るものはある。
どこまで踏み込んで良いものか、迷う部分はあるが。
「さて…」
書類を仕分け終わると、担当部署ごとに袋に入れて2階へ持って行く。
「すみません、依頼書をお持ちしました」
受注依頼を処理する部屋の入り口で声を掛けると、複数人が駆け寄って来る。
「こちらが討伐、これが採取、こっちが護衛で、これは探索です。その他はありません」
「袋で分けたのか! 助かる!」
そう。袋に入れたのは私の独断だ。
2日前に教えられた時は、書類を仕分けた後、全て積み重ねて2階へ持って行った。
…積み重ねるので、どこからどこまでがどの種別なのか、一見して分からない。それをまとめて渡すものだから、受け取るこの部屋の職員たちは若干嫌な顔をしていた。
1回分けたのだから、分けた状態で持って来れば良い。私の予想は当たったようだ。
袋は1階の裏の部屋に返してもらうようお願いし、完了依頼を処理する隣の部屋にも書類を渡し──やっぱり袋の事を喜ばれ──受付カウンターに戻って来ると、ちょっとした騒ぎが起こっていた。