62 冒険者ギルドメランジ支部
「本日付けで配属となりました、クリスティンと申します。主に治癒室と、書類整理の内勤業務をお手伝いさせていただきます。短い間ではありますが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
配属の挨拶も、3回目ともなると慣れたものだ。
職員たちの前で丁寧に一礼すると、パチパチとまばらな拍手が返って来た。
(お疲れ気味?)
時間帯的に、夜勤明けのギルド職員も居るはずだ。
彼らには後日挨拶できるから、帰ってもらった方が良いと思うのだが…ギルド長が招集を掛けていた。
「クリスティンには、治癒室、書類整理の他に、状況によって受付業務や買取カウンターの補助にも入ってもらう。皆、よろしく頼む」
私の横で、冒険者ギルドメランジ支部の長、ロベルトが笑顔で補足している。
…さり気なく私の業務を積み増している気がするのだが、どういう事だろうか。
この支部のギルド長は、ヒューマンではなく『魔人』──魔法道具の作成や錬金術に高い適性を持つ種族だ。
ロベルト本人は褐色肌の大柄な美丈夫で、技術者と言うより拳闘士といった見た目だが。
(まあヒューマンにも色々居るし、技術者っぽくない魔人が居てもおかしくはないか)
そのロベルトの指示で、ギルド職員たちは三々五々、解散して行く。
ヴィクトリアが笑顔で近付いて来た。
「それじゃ、クリス。ギルド内を一通り案内するわね」
「分かりました」
出勤初日、ヒトとモノの配置を覚えるのは基本だ。
ヴィクトリアはまず、今居る1階を案内してくれる。
冒険者たちが使う表側は、両開きの大きな扉からホールに繋がり、横手に依頼を貼り出す大きな掲示板、正面に受付カウンターと買取カウンター。
ホールにはテーブルセットがいくつか置かれ、冒険者たちの待ち合わせ場所にもなっている。
朝イチで依頼を受けに来る冒険者が多いらしく、今はかなり混雑していた。
依頼掲示板の反対側には奥へと続く廊下があり、ヴィクトリアが勤める治癒室に繋がっている。
ギルド職員しか入れないエリアには、依頼の書類を処理する部屋と、冒険者から買い取った素材を一時保管する倉庫、出勤時に制服に着替えるための更衣室。
私は基本的に治癒室勤務なので制服ではなく白衣着用なのだが、担当部門によっては制服を着る必要があるそうだ。
「ちなみに、こっちの廊下の突き当りは裏口よ。表側が混雑してるとか、入りにくい事情がある時は裏口を使って頂戴」
「分かりました」
そんなに使う機会も無いと思うのだが、聞けば、使用頻度はそれなりに高いらしい。
「ほら、前に話した、突発的な酒盛り。表側は酔っ払いの巣窟になるから、騒ぎに巻き込まれたくない冒険者とか、参加しないで帰りたい職員とかは裏口を使うのよ」
ちょっと難しい依頼を達成した冒険者が居ると、すぐにギルド長権限で近隣の店から酒とつまみが集められ、酒盛りが始まる。
そうなると、ギルド1階のホールは勿論、建物の前の大通りにまでテーブルが並べられ、即席の宴会場になってしまうらしい。
大変迷惑な話である。
「参加したくない人も多いのですか?」
「ええ。たまになら良いんでしょうけど、月に一度くらいの頻度であるから。それに、居合わせた冒険者を無差別で誘うから、酒癖の悪い奴に絡まれる可能性も高いのよね」
《…どう考えてもダメな酒盛りの典型だと思うんだけど》
シルクがぼそりと呟いた。
私も心底同意する。
「そうなんだけどねぇ」
ヴィクトリアが頷きながら溜息をついた。
「それがメランジ支部の伝統らしいのよ。ちょっと大きな功績を挙げた冒険者を盛大に祝って、士気を上げる、みたいな」
「それも必要だとは思いますが…やり方の問題な気もしますね」
「ええ」
2階は主に、依頼人とのやり取りをする部屋と、各部署が並ぶフロアだ。
応接室や資料閲覧室、会議室などもある。
冒険者には荒くれ者も多いので、依頼人の一般人が絡まれないよう、こうして別フロアを用意している支部が多い。
「アンガーミュラー領の支部は、依頼人も冒険者も一緒くただったわよね?」
「支部の建物自体が小さくて、別フロアを用意できませんからね」
《それ以前に、冒険者が一般人に絡んだら、支部から叩き出されるでしょ。あそこ、下手な冒険者より強い職員がゴロゴロ居るじゃないの》
だから別フロアなんて要らないじゃない、と言うシルクに頷いたら、通りすがりの男性職員に驚きの表情で見られた。
冒険者ギルドの職員は元冒険者も多いし、武力に秀でた者も珍しくないと思うのだが。
3階は資料室に備品の保管庫、そしてギルド長室。
今日は最初にここに来てギルド長に挨拶したから、ギルド長室はスルーだ。
「おいコラ、待て」
…と思ったら、ギルド長室の扉が開いてロベルトが顔を出した。
「あらなーに、ギルド長。廊下の雑談に聞き耳を立てるなんて長らしくないわよ」
ヴィクトリアがわざとらしく首を傾げると、ロベルトが仏頂面になる。
「お前な…詳しい話は後でっつっただろ。何で入って来ないんだよ」
「忙しいもの」
すっぱりと言い放つ。
シルクが溜息をついた。
《ナメられてるわね、ギルド長》
「…言うなよ」
否定はしないあたり、自覚はあるらしい。
しょうがないわね、と肩を竦めるヴィクトリアの案内に従って、ギルド長室へと足を踏み入れる。
「ところで、さっきの貴方の挨拶だけど」
ロベルトが口を開く前に、ヴィクトリアが眉間にしわを寄せて言った。
「受付業務も買取カウンターの手伝いも、アタシは聞いてないわよ」
私は立場上、期間限定ではあるがヴィクトリアの部下だ。
私に割り振る仕事に関しては、ヴィクトリアを通すのが筋。
だが先程、ロベルトは職員たちの前で勝手に余計なオプションを付けて私の事を紹介した。
指揮命令系統を無視した振る舞いだ。
ロベルトはぽりぽりと頬を掻いた。
「いや、文官経験のある優秀な人材、って話だろ? どこの部署も人手不足だから…な?」
言いつつ視線が泳いでいるあたり、一応罪悪感はあるようだ。
(…そっちも手伝うのは別に良いけど…上司をすっ飛ばしちゃダメでしょ)
「ホント、あんたは…」
ヴィクトリアが深々と溜息をつき、こちらに視線を向ける。
「ごめんなさいね、クリス。アタシの方から訂正しておくわ」
「いえ、大丈夫です。治癒室も常に忙しいわけではないでしょう? 隙間時間に他の仕事をするのは慣れていますから」
一応それなりに場数は踏んでいるし、こちらに来る前、数日間アンガーミュラー領の冒険者ギルドで一通りの仕事を見せてもらった。
こちらでの仕事の流れはまだ分からないが、全く違うという事も無いだろう。
「そうか!」
「ですが」
ぱあっと顔を輝かせるロベルトに、にっこりと笑みを浮かべて言葉を続ける。
「──二度目は無い、と思ってくださいね?」
「……は、はひ…」
あまりこちらを舐めてもらっては困る。
漏れた殺気を感じ取ったのか、ロベルトはギクシャクとした動きで頷いた。
私の隣で、ヴィクトリアが額に手を当てる。
「…先が思いやられるわ……」




