61 再会
1ヶ月後、私とシルクは、この国最南端の街、メランジにやって来た。
「相変わらず、高い壁ですねえ…」
南の半島の付け根、丁度本土と半島を分断する形で造られたこの街は、非常に独特な造りをしている。
街の周囲はぐるりと高い石壁に囲まれ、出入り口は南の半島に出るための南門と、こちら、本土の平原地帯に繋がる北門だけ。
東西は断崖絶壁で、その下は海だ。
その威容から、『崖壁都市』とも呼ばれている。
《南の半島の魔物がこっちに出て来ないようにするための防壁でしょ? これくらい当然じゃない》
感嘆の声を上げる私に対し、シルクはとても冷静だった。
「まあそうですね」
私は頷き、北門へと向かう。
南の半島は本土とは環境が全く異なり、特殊な魔物の巣窟になっている。
(…と言うか、アレ、魔物と呼んで良いのか…)
『過去』の記憶がある私からすると、南の半島に生息するのは魔物ではなく、『過去』の世界の古生物──恐竜や、それよりも昔に生息していた不思議な形をした生き物たちだ。
名前もそのままで、『南の半島の陸の生態系の頂点はティラノサウルス』と聞いた時は耳を疑った。
もっとも、こちらの南の半島に生息する生き物は魔法を使うし、厳密には『過去』の世界の古生物とは違う。
古生物がこの世界に合わせて独自の進化を遂げたもの、という解釈が一番しっくりくるだろうか。
(うちの一族みたいに、『過去』の世界の記憶を持った人間も居るし…『あっち』と『こっち』は何かしら繋がってる気がする)
考えてみると、『年度』の概念が『4月始まり、翌年3月終わり』という区切りで存在しているし、『1月は冬』といった季節の感覚も、『あっち』の世界と──と言うか、『日本』と一致する。
長さの単位なんて、全く一緒だ。
偶然と言うにはおかしいレベルの符合。
『過去』の記憶持ちという立場からすると、馴染みがあって都合が良いのだが。
(もしかしたら、この国の制度とか暦を作った人の中にも、『過去』の記憶持ちが居たりしてね…)
取り留めも無い事を考えながら、北門の大扉をくぐる。
途端、
「クリス──!!」
真横から駆け寄って来た人物が、思い切り私に抱き付いた。
「ヴィクトリア、お久しぶりです」
笑顔で応じると、大柄で華やかな人物──ヴィクトリアが、こちらを抱き締めたまま、満面の笑みを浮かべる。
「ええ久しぶり! 待ってたわ!」
大歓迎の雰囲気を感じて、ちょっと──いや、かなり嬉しい。
ヴィクトリアは私を解放すると、すぐ足元へと視線を移した。
「マダム・シルクも、お久しぶり。会えて嬉しいわ」
《ええヴィクトリア、久しぶりね。元気そうで何よりだわ》
前回私がここを訪れた時には、シルクはアンガーミュラー領で留守番だった。
シルクとヴィクトリアが顔を合わせるのは、ヴィクトリアが『ヴィクトル』としてアンガーミュラー領に滞在していた時以来、数年振りだ。
「移動は乗合馬車だったかしら? 長旅だったんじゃない?」
《まあ、それなりにね》
「直行便が無くて、王都経由でしたからね。でも2週間程度ですし、移動中は何もしなくていいので快適でしたよ」
身体強化魔法付きで王都-アンガーミュラー領間を走破したり、ミッドナイトオウルのエルダーの背中に乗って夜間飛行したりする事に比べれば、馬車はかなり楽だった。
時間が掛かる事に目を瞑れば、だが。
「アレを快適って言えるのは相当だと思うわよ…」
ヴィクトリアが苦笑する。
荷物持つわよという申し出に甘えて、ショルダーバッグを差し出したら、何故かヴィクトリアは頬を膨らませた。
「こういう時は大きい方の荷物を差し出すべきだと思うわ」
「え?」
ヴィクトリアの視線の先は、私が背負っている大きなバックパック。
「こう見えて、私の方が筋肉あるんだから」
「…じゃあ、お言葉に甘えて」
こう見えても何も、見た通り、私よりもヴィクトリアの方が身長が高いし全体的に筋肉質だ。
ヴィクトリアは生物学的には男性だから、当然と言えば当然だが。
素直に頷いてバックパックをヴィクトリアに引き渡すと、彼女はそれを背負い、大きく首を傾げた。
「…何でこっちの方が軽いの?」
そう、実はショルダーバッグよりバックパックの方が軽い。
『重量軽減10分の1』の効果は絶大だった。
「マーカスとリサが、全力で魔改造しまして。圧縮バッグと同程度の性能になっています」
「まさか、錬金術師じゃなくて魔法道具技術者が作ったって事? 大事件よ、それ」
ヴィクトリアの指摘に頷く。が、
「残念ながら、魔法回路が複雑すぎて量産には向かないそうです。マーカスはともかく、リサまで『もう一度やれと言われたらちょっと…』と渋っていました」
それでも一応、1個は完成させたのだ。
魔法道具技術者としてのプライドというやつだろうか。
…色々素材を注ぎ込んだ上、私のバックパックを無断使用したせいで、途中で止められなかったのかも知れないが。
「リサ…ああ、去年例の件絡みでスカウトしたっていう魔法道具技術者の子ね」
「ええ。魔法道具の新規開発に掛けては右に出る者が居ません。マーカスも敵わないようです」
「それってすごいじゃない。あの魔法道具マニアが一目置いてるって事でしょ?」
これからそっちはすごい事になりそうねぇ、という言葉に、笑顔で頷いておく。
「それじゃ、そろそろ案内するわ。北区画に部屋を確保してるから、行きましょ」
ヴィクトリアはバックパックを背負い、ショルダーバッグも持ったまま、当たり前の顔で歩き始めた。
「ヴィクトリア、どちらかは私が持ちます」
ついて行きながら慌てて声を掛けるが、涼しい顔で肩を竦められてしまう。
「良いから。長旅で疲れてるでしょ? これくらいはやらせて頂戴」
《…流石、『完璧紳士』はやる事が違うわね》
シルクの呟きを拾ったのか、ヴィクトリアは人差し指を唇に当てて笑う。
「完璧紳士じゃなくて、『完璧淑女』って呼んでくれると嬉しいわ」
《次からそうする》
シルクが真顔で頷いた。
案内されたのは、メランジの北区画の中でも中央に近い、閑静な住宅街だった。
周囲の家はそれなりに大きい。裕福層の住む区画だろう。
こんな所に賃貸住宅がある事自体、意外だが──
「この辺って実は、賃貸型の別荘が結構あるのよ。大体は王都の裕福層向けの、越冬目的のやつね」
「越冬?」
「ほら、王都は冬、結構寒いじゃない。この街なら冬でも凍らないし、こっちで冬を越す大商人とかも多いのよ。ついでに、こっちの珍しい品を仕入れたりするらしいわ」
「ああ、なるほど」
ある程度住む場所に融通が利くなら、それも有りだろう。
一つ二つ角を曲がると、目的の賃貸住宅に着いた。
一つの敷地に3つの細長い建物が並んでいる。
『部屋は確保した』と言われていたから、部屋が連なる普通のアパートを想像していたのだが、かなり立派な戸建ての賃貸住宅だ。
ヴィクトリアはその右端の建物に進み、ポケットから鍵を取り出してドアを開けた。
「ここが、メランジ滞在中の貴女とシルクの家よ。調理器具とか寝具は新品が一通り揃ってるはずだから、確認して頂戴」
「調理器具はともかく、寝具もですか?」
驚いて訊ねると、ヴィクトリアは片目を瞑った。
「ここも賃貸型の別荘なのよ。短期だから、なるべく生活用品を揃えてくれるところを探したの」
予め、衣類や寝具は現地調達すると伝えておいたのだが、ヴィクトリアは気を回してくれたらしい。
正直寝具を買いに行くのは面倒なので、大変有難い。
「ありがとうございます、ヴィクトリア」
「これくらいは当然よ」
家の中を一通り見て回ると、本当に大体の生活用品は揃っていた。
これなら、後は足りない衣類と細々とした小物を買いに行くだけで済む。
「良かったら、良いお店に案内するわよ」
「是非お願いします」
私が即座に頷くと、ヴィクトリアは楽しそうに笑った。




