60 親友からの手紙
一度完結した作品ですが、まだまだこの主人公の話が書きたい!と思ったので、アフターストーリー開始します。相変わらずの気紛れ更新ですが、気長にお付き合いくださいませ。
!注意!
恋愛要素が入ります。しかもかなり特殊です。
苦手な方はご注意ください。
広い心で生温かく見守っていただけますと幸いです。
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ハァイ、クリス。元気にしてるかしら?
今年の『祓いの儀』は大変だったみたいね。
最近こっちに来た冒険者の中に『祓いの儀』に参加したって奴が居たんだけど、何か青くなってたわよ。
何したのよ、貴女。
こっちは相変わらず、ドタバタしてるわ。
暑くなってきて、南の半島の魔物たちも活性化してるから、冒険者連中も浮足立っててうるさいのなんの。
この間も若い冒険者パーティが大型魔物を討伐したからってギルド長がギルドで酒盛り始めちゃって、業務が滞って大変だったわ。
クリスはもうすぐこっちに来る予定よね。
この間、ギルド本部から正式に『臨時職員』として着任許可が出たって聞いたわ。アタシの推薦状が役に立って良かった。
ちなみに貴女の事、こっちのギルドでは『書類仕事が超優秀なアタシの幼馴染(平民)』ってことにしてるから。よろしくね。
本っ当に待ってるから。全力で待ってるから。
こっちに来たら、美味しいご飯が食べられるお店を紹介するわ。
看板ケットシーが居るお店もあって、結構楽しいわよ。
正式な着任日が決まったら、早めに連絡をちょうだい。
滞在中の下宿の確保とか、こっちで必要な手続きとか、準備を進めたいから。
それじゃあ、また。
会える日を楽しみにしてるわ。
南の街から、愛を込めて。
貴女の親友、ヴィクトリアより。
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南の街から届いた手紙。
流麗な文字はいつものまま、けれどそわそわしているのが見て取れる文面に、私は内心で苦笑した。
《ヴィクトリアの手紙?》
散歩から帰って来たシルクが、窓に飛び乗って伸びをする。
「ええ。よく分かりましたね」
《そりゃあ分かるわよ。貴女、顔がにやけてるもの》
「あら」
どうやら顔に出ていたようだ。
「仕方ありません。何せ親友からの手紙ですから」
《…親友、ねえ……》
何やら不満そうなニュアンスで呟いているが、とりあえず流しておく。
「今年の『祓いの儀』の事後処理は一通り終わりましたし、そろそろ本格的にメランジ行きの日程を決めましょうか」
今年の春、旧友のヴィクトリアと交わした約束。
南の街の冒険者ギルド治癒室の通常業務に加え、新しく始める事業の準備で忙殺されている友人に、『今年の『祓いの儀』が終わって繁忙期が過ぎたら、2ヶ月くらい手伝いに行く』と申し出た。
既に『祓いの儀』は終わり、ヴィクトリアの職場である冒険者ギルドの本部にも、南の街の支部に期間限定の臨時職員として着任する旨、許可を貰っている。
私が机に手紙を置くと、シルクはそれを覗き込みながら頷いた。
《そうね…ギルド本部の許可も出たし、早めに動いておいた方が良いわね》
ちらり、金色の瞳でこちらを見上げ、
《……ところで、やっぱり今年の『祓いの儀』は、やり過ぎだったんじゃないの?》
ヴィクトリアからの手紙には、『祓いの儀に参加した冒険者が青い顔をしていた』と書かれている。
多分、今年の『祓いの儀』で使用した新しい──厳密にはご先祖様の魔法を復刻した──複合魔法のせいだろう。
予想よりちょっと、いや大分、威力が高く効果範囲も広くて、余波で冒険者のうち数人が焼け焦げ掛けた。
その分、瘴魔や凶暴化した魔物を大量に消し飛ばしたので、その後の冒険者たちの負担はかなり減ったと思うのだが──上手く行かないものである。
「こちらも必死でしたからね…まさかあれだけの数の瘴魔が湧いて出るとは思っていませんでしたから」
今年の『祓いの儀』は、正直かなり大変だった。
昨年の時点で既に『ここ最近では見ないくらいの規模』だったのだが、今年はそれを軽く上回っていたのだ。
瘴魔の発生量は、北の森に集積した瘴気の量に比例する。
そして瘴気の量は、おおよそ3~4年前の王都周辺の治安状態を反映している。
昨年判明したベレスフォード元公爵とその取り巻きによる大規模汚職事件は、6年ほど前から始まった。
その後年々規模が大きくなっていったようだから、昨年より今年の方が瘴気が多かったのも、それを反映していると思えば辻褄が合う。
…これから少なくとも数年は、今年と同程度かそれ以上の瘴気が集まるだろう。
正直頭が痛い。
王都の暗殺者ギルドを丸ごとスカウトしてこちらに連れて来ていたから、まだ何とかなったが…来年はもっと戦力を集めるか、もっと威力が高く攻撃範囲の広い魔法を開発するか──考える事は山積みだ。
「瘴魔の発生量自体を低減する方法はありませんから、より効率の良い狩り方を模索するしかありませんね。次に新しい魔法を使う時は、実戦の前に試し撃ちをしておきましょうか」
《……間違っても屋敷の庭でぶっ放しちゃダメよ、大変な事になるから》
「気を付けます」
どのみち高威力魔法は私一人では使えないので、実際試す時に変な場所でやろうとしたら誰かが止めるだろう、多分。
「──で、メランジ行きの日程ですが…」
私は机の上にスケジュール表と地図を並べ、本題に入る。
「出来れば早めに動きたいとは思っています」
《引っ越し荷物の運搬はどうするの? こっちからメランジへ直行する運送業者は無いはずよね?》
「ええ。ですが、あちらへの滞在期間は1ヶ月から2ヶ月程度ですから、荷物は必要最低限で良いのではないかと」
春にヴィクトリアを訪ねた際、メランジの街の様子も一応見て回っていた。
王都ほどではないが人口も多く、かなり栄えている。
飲食店も多かったから、滞在中の食事は外食で賄えそうだ。
衣類や寝具も、あちらの気候に合わせたものを現地調達した方が早い気がする。
そう説明すると、シルクは一つ頷いた。
《それなら、運送業者の手配は必要無いわね。この間マーカスとリサが試作した『圧縮バッグもどき』でも使わせてもらえば良いんじゃないの?》
「そうですね。耐用試験をしたいと言っていましたから、丁度良いかも知れません」
冒険者御用達の『圧縮バッグ』は、見た目の10倍程度の容量を持ち、重さを10分の1程度に抑えるという夢のようなバッグである。
ただし、作成できるのは基本的に、空間魔法と重力魔法を扱える一定レベル以上の錬金術師だけ。
魔法道具の技術者には、作成は不可能──と、言われていた。
それに敢えて挑んだのが、私の弟、マーカスと、その部下のリサ。
方向性は違うが、どちらも変態的なレベルの魔法道具技術者である。
リサが基礎案を出し、マーカスが魔改造するといういつもの流れで、空間圧縮と重力制御の魔法回路を構築、何故か私のバックパックに追加パーツを仕込んで魔法回路を組み込み、恐らく世界初であろう『魔法道具技術者作の圧縮バッグ・試作1号』を完成させた。
所要期間はおおよそ1週間。
理想形が既に実在するものだったとは言え、相変わらず訳の分からない開発速度だ。
なお空間圧縮と重力制御の複合魔法回路は非常に細かく複雑で、開発したは良いものの、量産は難しいそうだ。残念。
《あっちでの滞在先はヴィクトリアが手配してくれるのよね? 探すにも時間が掛かるだろうし、出発日はそれなりに余裕を持って設定した方が良いわよ》
「そうですね…。こちらの仕事の引継ぎもありますし、父上と母上とマーカスたちにも相談してみましょうか」
《ええ、そうね》
私とシルクは頷き合って部屋を出た。
(もうすぐ、ですね)
浮足立つ心を悟られないよう、私は動作に細心の注意を払いながら歩を進める。
それでも、口の端が少しだけ上向くのは、止めようがなかった。