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スーパー派遣令嬢は王宮を見限ったようです ~無能上司に『お前はもう不要だ』と言われたので、私は故郷に帰ります~  作者: 晩夏ノ空
おまけ小話

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おまけ⑧【シルク視点】クリスと縁談

クリスティンの相棒、シルク視点。本編終了後のお話です。

 アンガーミュラー領の秋の到来は早い。


 湿原に咲く夏の花々がまばらになってきたと思ったら、もう気の早い木々の葉が色付き始め、半月後には鮮やかな紅葉で湿原や山野が染まる。


 もうすぐ霜も降りるだろう。


 そんな秋のある日、クリスティンと私はハロルドに呼び出された。


「…父上、これは?」


 ハロルドの執務机の上に、明らかに仕事用ではない書類の山が出来ている。

 クリスティンが首を傾げると、ハロルドは勿体ぶった態度でその書類の山をクリスティンの前に押し出した。



「お前に来た縁談の釣書だ」



「……は?」



 クリスティンがぽかんと口を開ける。


 私もちょっと驚いた。クリスに縁談なんて、今まで来た事が無かったのに。


 自慢じゃないが、アンガーミュラー領は辺境の辺境。アンガーミュラー家の人々は社交もまともにしていない。

 だから、クリスティンを嫁に欲しいと言う貴族家も、婿入りしたいという物好きも、居るわけが無かった──今までは。


《王宮で活躍し過ぎたわね、クリス》


 私が呟くと、クリスティンは眉間に手を当てた。


「……面倒な…」

「面倒な、ではない」


 ハロルドが珍しく厳めしい顔で腕組みする。


「せっかくの縁談だ。ここらで相手を見繕うのも悪くないだろう」

「父上、本音は?」

「もういい年なんだから、結婚してくれ。孫に『おじいさま』と呼ばれたいんだ、私は」


 何その理由。


 私が内心で突っ込んでいると、クリスティンが溜息をついた。


「…父上、私が『お父さま』呼びをしないこと、根に持っているでしょう」

《なにそれ》

「昔々、私が『お父さま』と呼んだらそれはそれは幸せそうな顔で立ったまま気絶して真後ろに倒れたので、もう絶対にそう呼びませんと宣言した事があるのですよ」

《そんな事ってある…?》

「実際今も、幼少期の声真似をしただけで気絶し掛けているでしょう?」


 ほら、と目線で示された先、大きく頭を振ってこめかみに手を当てている現当主。


「…はっ! ──い、いや、もうそんな事は無いぞ!」


 説得力が欠片も無い。


《…貴方の願望は分かったけど、それをクリスに要求するのは無茶じゃないの? マーカスの方がまだ有望だと思うわ》


 それっぽい相手が全く居ないクリスティンと違い、マーカスの隣には今、リサが居る。


 新しい魔法道具を思い付くのに長けたリサと改造が得意なマーカスは、魔法道具技術者としてとんでもなく相性が良い。

 そのうち人生のパートナーになるんじゃないか、というのが、私とクリスティンの見立てだ。


「マーカスの方は心配していない」


 ハロルドが首を横に振った。

 要するに、弟に相手が見付かったのに姉が全く動こうとしないのが気になって仕方ないらしい。


 心配性ここに極まれり。余計なお世話だと思うのは、私がクリスティンの相棒だからだろう。


「シルク、お前からも言ってやってくれ。クリスティンの年齢なら、もう子どもが居たっておかしくないだろう?」


 水を向けられ、私は肩を竦めた。


《結婚するかどうかも、子どもを持つかどうかも、本人の問題でしょう? クリスの人生はクリスが決めるものよ》


 確かに、クリスティンくらいの年齢で独身、婚約者も居ないというのは、この国の貴族女性では珍しい。


 だがここは『貴族の常識』が通用しないアンガーミュラー領だ。


 アンガーミュラー家の直系でも生涯独身を貫いた者は結構多いし、何だったら独身のまま当主を務め、甥っ子に跡を継がせた者だって居る。


「私の人生は私が決める、ですか。確かにそうですね」


 クリスティンが微笑んだ。


 一歩前に進み出て、机の上の釣書の束を手に取る。


 ハロルドがパッと表情を輝かせているが──そのままものすごい勢いで書類に目を走らせ、読み終わった書類を机の上にいくつかに分けて置き始めたクリスティンを見て、私は確信する。


 …絶対全部断る気だわ、これ。



「──さて…」


 全ての釣書を見終わったクリスティンが、机の上を見回した。


 出来上がった書類の束は3つ。そのうち一番分厚い束を、ハロルドの方へ押しやる。


「まずこちらですが、お相手は全て文官です。荒事知らずのお坊ちゃん方なので、アンガーミュラー家の当主の配偶者には向きませんね」

「む…」


 ハロルドが眉を顰めて書類をパラパラとめくり、そのまま机の上に戻した。


 アンガーミュラー領では、年に一度『祓いの儀』という戦争さながらの儀式が行われる。

 その先頭に立つのがアンガーミュラー家の人間だ。武器を振るえなくても、最低限、その場に立って戦況を見届け、適切な指示を出せなくてはならない。


 生粋の文官には荷が重いだろう。


「次にこちらですが、お相手は王宮での大規模汚職事件で罪に問われた独身の男性貴族本人、もしくはその兄弟です」


 糾弾した側である私と結婚して、自分や家族の罪を軽くしてもらおうという魂胆が見え見えですね。無駄ですけど。


「……」


 ハロルドが黙って書類を受け取り、そっと『廃棄予定』と書かれた文箱に入れた。


 …王都の貴族は、クリスティンやアンガーミュラー家を甘く見過ぎだと思う。

 アンガーミュラー家が『王宮監視人』のダスティン公爵家だと知れ渡ったはずなのに、どうして犯罪者と結婚してくれると思うのだろう。理解できない。


「最後に──」


 クリスティンは、残る一つを示した。

 こちらは『書類の山』ではなく、1枚だけだ。ハロルドが身を乗り出した。


「これが本命か?」

「…どう思われますか?」


 明言は避け、クリスティンがハロルドに書類を渡す。


 私も机に飛び乗って書類を覗き込むと、そこには見知った名前が書かれていた。


《…ロニ・マーキス…》


 マーキス侯爵家のロニ。クリスティンの幼馴染で、ユリウスの護衛兼側近。

 ユリウスの背後に黙って控えている印象が強い、口数の少ない男だ。


 奴はマーキス侯爵家の跡取りではないし、父親が国王の側近の文官だから、文官仕事にも一定の理解がある。王子の護衛に抜擢される程度には腕も立つ。


 条件だけ見れば、一番の有望株なのは間違いない。


「ロニか! 良いんじゃないか? お前だって、顔も把握していないような相手より、ある程度気心の知れた相手の方が良いだろう?」


 ハロルドは明らかに乗り気だった。


 が。


「──父上、冷静に考えてください」


 クリスティンは冷えた笑みを浮かべた。


「ユリウス殿下が──自分の仕えるべき主人が隣国へ飛ばされたのに、自身は王都に残り、領地持ちの家への婿入りを狙っているのですよ? ()()()()()()退()()()()()()()という魂胆が見え見えです」

「ぬ」


 ぴたり、ハロルドの表情が固まった。


 …やっぱりこうなったか。


《…まあ、ロニとクリスが結婚なんて事になったら、『波風立てずに退職』なんて出来ないでしょうけど。あのアホ王子が知ったら修羅場になるんじゃないの?》

「ぬう…」

「それ以前に、平気で主を見捨てて逃げようとする輩に、アンガーミュラー家当主の配偶者が務まるとも思えませんが」

《まあ無理ね。いざって時に逃げ出すような奴は要らないわ》


 私とクリスティンが交互に言うと、


「…………」


 ハロルドは黙って書類に『不可』の判を押した。



 では私はこれで、とクリスティンが涼しい顔で退出する。


 私は部屋に残り、じっとハロルドの様子を窺っていると、彼はのろのろと椅子に座り──



「…相手が居ない……!!」



 盛大に頭を抱える。


《最初から分かってた事じゃないの。あの子にとっての理想の男性の基準って、『ヴィクトル』よ? 彼に匹敵する貴族男性なんて、早々居るもんじゃないわ》


 私がヴィクトル・ヴァイゼンホルンと過ごした時間はそれほど長くないが、とても優秀な人間だったのは確かだ。


 文武両道、品行方正。

 『本来の自分』らしく振る舞うようになってからはユーモアも加わり、さらに魅力が増した。


 もっとも、だからこそ、クリスティンは初恋を墓まで持って行くと決めてしまったのだが。


「それは分かっているが…」


 ハロルドがまだ諦め切れない顔をしている。


 私は溜息をついて、とっておきの爆弾を投下した。



《…自分で結婚相手を探す素振りもなかったくせに、親が用意した縁談に反発して家出して、王都で侯爵家の娘さん引っ掛けて『こいつ俺の嫁な!』ってある日突然連れて帰って来た()()()()が、偉くなったものね》



「んな…!?!?」



 ハロルドが椅子を蹴立てて立ち上がった。

 口をパクパクさせること数秒、愕然とした表情で、


「な、何故それを!?」

《ケットシーを甘く見るんじゃないわよ》


 私は涼しい顔で受け流す。




 ──知らないわけがない。


 だって、その『親が用意した縁談』、用意したのは本当は『私』だ。


 子どもに手を焼いていた息子夫婦を見かねて、こういう事に()()が口を出すのはどうなのかと悩みつつ、()()()()()()()()()()()()としての伝手を総動員して用意した縁談。


 結局それは無駄になってしまったけれど、ジャスティーンという最愛の相手を見付けたハロルドはとても幸せそうで、良かったと心から思った。



 …()()()の『私』はもう高齢で、クリスティンが生まれた頃には、既に死の床についていた。


 腕に抱く事すらできなかった、『私』の曾孫。


 ()()()()()()()()()()()今、私は彼女の選択を見守り、支え、共に在ろうと決めている。



 どんな道を選ぼうと、それがクリスティンの生きる道だ。



 思うままに、望むままに。



 そう、心から願っている。





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