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スーパー派遣令嬢は王宮を見限ったようです ~無能上司に『お前はもう不要だ』と言われたので、私は故郷に帰ります~  作者: 晩夏ノ空
おまけ小話

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おまけ⑥【ヴィクトル視点】アンガーミュラー領という魔窟(3)

ヴィクトル視点、アンガーミュラー領での日々その③です。

彼視点でのお話はとりあえずここで一区切りです。


 魔力量は化け物級なのに人並み程度の制御能力しかないクリスティン。

 魔力制御能力が恐ろしく高いのに魔力量は普通なマーカス。


 この2人と一緒にミッドナイトオウルのエルダーから学ぶ魔力制御は、王都で教師から教わっていたのとは一線を画すものだった。


《──うむ、かなり慣れて来たのぉ》


 エルダーの感心したような念話に、私は息をブハッと吐き出した。


「…っはあ、はあっ…」


 額から汗が流れる。

 息を止めていたので仕方無いが、表情を取り繕えないくらい苦しい。

 目の前には、薄灰色の特殊な魔石。先程まで、これを握り込んで魔力操作の練習をしていた。


 体内に流れる魔力が少しでも手から漏れたら、この魔石は砕け散る。


 初回は握ろうとした瞬間に魔石が砕けた。

 マーカスが鼻歌混じりに複数の魔石を持ってジャグリングしていたので、油断していた。


 なおクリスティンは、指先で触れた途端に魔石が爆砕し、色々と大変な事になった。

 …どうして治癒魔法の使える使用人が傍についているのか、心の底から理解した瞬間だった。


 その後クリスティンには『絶対触れるな』と魔石への接触禁止令が出され、マーカスと私とで魔石を使った魔力操作の練習を続けている。


 …マーカスは一度も魔石を砕いた事が無いので、実質、私一人で奮闘しているようなものだが。

 それでも何日か挑戦し続け、累計で30個以上の魔石をダメにしたあたりから、段々とコツを掴んで来た。


 私の場合、意識の揺れが魔力の揺れに直結する。


 例えば、強い風が吹いたり、視界の端を何かが横切ったり──少しでも意識がそちらに向かうと、途端に魔力制御がおろそかになるのだ。


 だから息を止め、目を閉じて集中すれば魔石を割らずに済む。


 だが──


「…普段の生活では、この水準の制御は難しいな…」


 渋面で呟くと、傍で見ていたクリスティンが頷いた。


「目を閉じて息を止めながら日常生活を送るのは無理だと思います」


 違う、そうじゃない。


 私は思わず脱力する。


《ふぉっふぉっ。そちらを目指しても良いが、息を止めずとも魔力を制御できるようにする方が現実的じゃのぉ》


 エルダーがテーブルに飛び乗り、こちらを見詰めて来る。


《お前さんはどうやら、周囲の状況に気を取られ過ぎておる》

「!」


 ズバリ指摘され、思わず息を呑んだ。


《多くの者に囲まれて生活しておったのじゃろう? 周囲の些細な変化に気付くよう、感覚が研ぎ澄まされているのじゃろうな》


 ──確かに、その通りだ。


 王族という立場上、状況の変化には敏感でなければならない。

 職務として必要だという一面もあるが、一番は自分の身を守るためだ。


 王族の命を狙う者は、いつの時代にも居る。

 だから食事に毒見役は必須だし、毒物に耐える訓練もしてきた。

 少しでも『いつもと違う』と感じたら警戒するよう、教師から何度も教えられた。


 …アンガーミュラー領に滞在するようになって、毒見無しでの食事に慣れ、すっかり感覚が麻痺していたと思っていたが…私の知覚は鈍っていなかったらしい。


 それが今まさに私の足を引っ張っているのだから、何とも皮肉だが。


《それから──》


 エルダーが金色の目でこちらを見た。


《何となくじゃが…お前さん、自分の『芯』が定まっておらんように感じるのぉ》

「え…」

《自分が何者であるか、どう在りたいか。その辺が曖昧じゃな。だから、魔力が揺れるんじゃよ》

「…」


 背中を冷たい汗が滑り落ちた。


 ──自分が何者であるか。


 その問いの答えを、私は持っていない。エルダーの言う通りだ。


「難しく考える必要は無いと思いますよ」


 クリスティンが気楽な表情で言った。


「自分が何者か、なんて、分かる人間は少数だと思いますし。エルダーが言っているのは、自分にとって譲れない一線とか、価値観とか、そういうものを持っているかって話だと思います」

「譲れない一線…」

「難しいですよね」


 私が眉間にしわを寄せると、マーカスが訳知り顔で頷いた。


「物腰はやたら丁寧なのに冗談みたいに頑固で悪知恵の回る姉上には分からないかも知れませんが」


 突然毒を吐き始めたマーカスに、クリスティンがわざとらしくきらりとした笑顔を向ける。


「マーカス、とても失礼な事を言っていると思いませんか?」

「礼儀正しくて真面目で優秀な姉だ、と誉めてるんですよ」

「…物は言いようだな」


 私は思わず呟いた。


 滞在開始直後はとても驚いたが、これがクリスティンとマーカスの日常会話だ。

 マーカスがとても自然に毒を吐き、クリスティンが笑顔で圧を掛ける。

 傍から見たら冷や汗ものの会話だが、本人たちはそれなりに楽しんでいるらしい。


「ヴィクトル様は、そういう『譲れない部分』、ありますか?」


 クリスティンが何事も無かったかのように話題を戻した。


(…あると言えば、ある)


 ただそれは、私自身、どうしても認められない事だ。口に出すのは憚られる。


 しかし、彼らはわざわざ私に付き合ってくれているのだ。

 これが『識者の眼』の制御に繋がる話題であるなら、避けて通るわけにはいかない。


「……無いと言えば嘘になるが…私はそれよりも、『王族としてあるべき姿』を優先している」


 考えながら答えを返すと、クリスティンが首を傾げた。


「『王族であること』とヴィクトル様の譲れない一線は、両立できないのですか?」

「両立?」

「はい」


 私は目をしばたいた。


 ──両立する方法など無い。


 何故なら、私の中のその価値観を認めてしまえば、『私が女性と結婚する』という選択肢が無くなるからだ。


 王族として、それは致命的だ。


「両立は……難しいな」


 思わず酷薄な笑みを浮かべる。

 が、クリスティンはなおも食い下がって来た。


「では、アンガーミュラー領滞在中のみ、という条件ではいかがです? 今は王族として扱われていませんから、魔力制御に慣れるためにも、まずはご自分の価値観を優先しても良いのではありませんか?」


 確かに私は今、王族として扱われていない。


 学ぶ立場であるのに、上の立場の人間として振る舞うのはおかしいからと、最初に自分で言ったのだ。


 だが──良いのだろうか。


 王族として、王位継承権第1位の人間として。理想の姿を体現するよう求められ、それに応じ続けて来た。

 それが日常だった。


 魔力制御のためとはいえ、築き上げられた『こうであるべき』という価値観を覆すのは、とても怖い。


 だが一方で、心の隅で期待している自分も居る。



 もしかしたら、ここでなら。今だけなら。



 自分の『譲れない一線』と、ちゃんと向き合えるのかも知れない──と。




毒舌マーカス。

なおマーカスはその後ちゃんと大人になったので、毒を吐く事は減りました。多分。

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